有給④
「おっじさぁ~ん、早く早くぅ~」
「ちょ、ちょっと待って……うぅ……人目が気になるぅ……」
「もぉ、女の子より支度が遅くてどぉするのぉっ!!」
「だ、だっておじさんこういうところ初めてだから……」
呆れたように俺を見つめる直美、その身体はいつもより大胆に露出している。
胸と小股だけしか隠せない、派手な模様のビキニ水着しか身に着けていないためだ。
健康的な肌にあちこち出っ張る魅惑的な身体、それでいてはっきりとくびれている見事なスタイルがとても眩しい。
(俺も身体鍛えておけばよかったなぁ……)
俺もまたトランクスタイプの水着しか着ていないせいで、とても露出が多くプニプニしたお腹が目立って仕方がない。
何とか直美の協力の下でムダ毛だけは処理したが焼け石に水だろう。
(ま、まさかこんなところに行きたがるなんて……予想外だよぉ……)
先日、直美に無理やり勉強させたところとても不機嫌になってしまった。
仕方ないのでご褒美に好きな場所へ付き合ってあげると言った結果がこれだった。
最初は断ろうと思ったが、ラブホテルとの二択を突き付けられては受け入れるしかなかったのだ。
「ほらほらぁ~、早く行こうよぉ~」
「ひ、引っ張らないでってばぁ……」
「い~から、さっさと泳ぐのぉ~」
怖気づく俺を引っ張って、直美は真っ直ぐにプールを目指す。
夏の屋外市営プールはなかなかの盛況さを見せていて、意外に若者や家族連れも多い。
「ひゃっほぉ~……あぁ冷たくてきもちぃ~」
「ふぅ……ああ、確かに悪くないねぇ……」
直美に連れられるまま流水プールに入り、冷たい水の感触に癒される。
「おじさぁん、競争しよぉ~」
「人も多いし止めておこうよ、疲れちゃうし……」
「もぉ、せっかくお金払ってまで遊びに来たんだから疲れるまで遊ばなきゃ損だよぉ~」
「そう言っても数百円だし……こうして流されてるだけで充分楽しいよ」
泳ぐことなどいつ以来だろうか。
意外と面白いが、同時に身体のあちこちに少しずつ疲れがたまっていくのがわかる。
(若い時は何も感じなかったけど……年取ったなぁ……)
「えいえぇいっ!!」
「ちょっ!? な、直美ちゃん水掛けないでっ!?」
後ろから追いかけてくる直美が俺に水をかけて遊び始めた。
容赦なく顔に水が跳ねて、目や鼻に入りそうになる。
これは適わんと逃げ出した俺だが、直美もまた後を追いかけてくる。
「まぁてぇ~、逃がさないぞぉ~」
「うぐぐ……は、速い……」
「あははっ!! つぅかまえたぁ~」
「うわぁっ!?」
運動能力で直美に敵うはずもなく、俺はあっさりと追い付かれて後ろから飛びつかれた。
水着越しに直美の胸が押し当てられ、また露出している肌と肌が密着する。
冷たいプールの中で直美と触れ合う場所だけが温かくて……とても興奮する。
「よぉし、おじさんこのままダッシュぅっ!!」
「な、直美ちゃんっ!? は、離れてっ!?」
「駄目ぇ~、このまま直美をおんぶして泳ぐのだぁ~」
しっかりと俺を抱きしめる直美、どうやら離れる気はないらしい。
仕方ないので要望に従い、直美を負ぶったまま泳ぎ始める。
「ああん、直美しがみ付くのたいへぇん……おじさぁん、直美の下半身を支えてぇ~」
「っ!?」
「ほらほらぁ、早くぅ~」
言っている間に直美の両足が俺の身体の前に回り込んで締め上げてくる。
どうやら絶対に下りないつもりらしい。
(下半身を支えるって……ああもう、どうにでもなれっ!!)
俺はやけくそ気味に両手で直美の脚の付け根へとあてがった。
浮力で軽減されながらも、確かに直美の体重と温もりが両手にのしかかる。
そして手のひらから、直美の張りのある肉体の感触が伝わってきた。
(柔らかいのに……弾力があって……すごく触り心地がいい……揉みたくなる……)
「どぉ、おじさん……女学生の身体の触りご・こ・ち」
「……直美ちゃんの身体だからねぇ、気持ちいいに決まってるでしょ」
「やぁっと素直になったねぇ……いつだって触っていいんだからね」
「ああ、嬉しいなぁ……とってもとっても嬉しいなぁ……」
冗談めかして言ってやる……じゃないと俺も本気にしてしまいそうだから。
「その代わりぃ……これからは直美もおじさんの身体触り放題なのだぁっ!!」
「ちょ、ちょっと何を……む、胸を触らないでぇっ!?」
「あはは、結構揉み応えいいねぇ~……けど直美の胸はもっといい感触なんだよぉ~今度触ってごらん」
「わ、わかったから……つ、摘ままないでっ!?」
直美が俺の身体のあちこちに手を伸ばして弄ってくる。
抵抗しようにも背中に張り付かれていてはどうしようもない。
俺は成す術もなく、直美に全身を弄ばれるのだった。
「はぁ……はぁ……つ、疲れたぁ……」
「あはははっ!! ああ、楽しかったぁっ!!」
息が切れてしまい、プールから上がって休憩することにした俺。
ようやく満足したのか俺から離れた直美も水から上がって休んでいる。
「全く、こっちは溺れるかと思ったよ……」
「体力ないんだからぁ……てぇきてきに運どーしないと駄目だよぉ~、もっともぉっとお腹タプタプになっちゃうんだからねぇ~」
「そ、そう言われると何も言い返せないなぁ」
「ほらねぇ……よぉし、これから毎日プールでおよごぉ~」
「勘弁して……ふぅ……」
改めて息を整えながら、俺は何気なく周りを見回した。
(……やっぱり見られてるよなぁ)
こうしてみるとやはり皆がチラチラと俺たちへと視線を向けているのがわかる。
男性陣は直美を見つめて、女性陣は俺を訝しそうに見ている気がする。
(化粧を落としてても……直美ちゃん美人だからなぁ……)
すっぴんでも可愛らしく、スタイルも良い直美は注目の的になっているようだ。
それに対して俺はそんな子と一緒にいるのが似つかわしくないおっさんだから、警戒されているのだろう。
「よぉし、もうひと泳ぎしよぉ~」
「……おじさんはもう少し休むよ」
「えぇ~、一緒に泳ごぉよ~」
「そんな体力ないんだけどなぁ……わかったよぉ」
直美におねだりされて断れるはずもない。
俺は残る体力を振り絞って、一緒にプールに入るべく立ち上がった。
「早く早くぅ~」
「走ったら危ないってのに……やれやれ……」
一足先に走って行った直美を追いかけようとしたとき、ふいに一人の男が接近してきた。
「霧島さんっすよねぇ?」
「んん?」
直美の同い年ぐらいの男は、軽薄そうな外見と口調をしている。
余り柄の良い相手ではない気がする……かつて幼馴染と仲良くしていた男共に似た雰囲気だ。
そう思っただけでトラウマが刺激されて、俺の身体は固まってしまう。
「いやぁ化粧落ちてるから一瞬誰かと思ったわぁ」
「……あんたこそ誰だっけ?」
「いやだなぁ、クラスメイトの顔も覚えてないんすかぁ?」
「きょぉみ無いしぃ……んでなんか用?」
「いやぁ、せっかくあったんだから仲良くしましょうよぉ?」
俺の目の前でクラスメイトらしい男は直美の身体を見回しながら、馴れ馴れしく直美の肩を抱こうとした。
明らかに嫌そうにしながらその手を弾く直美。
「お断りぃ~、直美はあんたなんかと付き合ってる暇ないのぉ~」
「こんなところに一人で来てる時点で暇っしょぉ、いいからあっち行こうってぇ」
「……俺の連れに何か用か?」
直美が嫌がっていると思ったら、自然と身体が動いていた。
俺は何とか男との間に入って背中に直美を庇う。
「あん? おっさん誰だよ?」
男が睨みつけてくる、幼馴染を奪って行った男と……俺を嘲笑っていた男と重なって見える。
かつての記憶が蘇り、身体が震えそうになる。
「お、おじさん……」
だけど直美の声が聞こえたら……か細く不安そうなその声が聞こえたらもう何もかも飛んでいた。
正面から男を睨み返す。
「直美ちゃんが嫌がってるのがわからないのか」
「はぁっ!? あんたには関係ねぇだろっ!!」
「関係あるもんねぇ~、だってこの人……直美の彼氏だもぉん」
「っ!?」
直美の発言に男も、そして俺も驚いてしまう。
しかし俺が横目で見ると、直美はとても嬉しそうに笑って俺に頷いたのだ。
この笑顔を拒絶することなどできるはずがない。
(……覚悟決めよう)
俺は恐怖とも興奮ともつかぬ胸の高まりを感じながら、目の前の男がやろうとしていたように直美の肩に腕を回した。
直美はそれを抵抗なく受け入れ、俺の肩に頭を預けた。
「俺の直美に変なちょっかい出さないでくれ」
「な……っ」
はっきり言ってやると、男は目に見えて固まった。
「……失礼するよ」
「じゃぁねぇ~」
その隙に俺たちはさっさとその場を離れていった。
「……ふぅ」
「……ありがとうおじさん」
「ごめんね、あんなことしかできなくて……情けなかったでしょ……」
もっと早く間に入ってあげればよかった。
言い方にしてももっと強く言ったほうが心強かっただろう。
だけど直美は首を横に振ってくれた。
「ううん、そんなことないよ……直美とっても嬉しかったぁ……」
未だに肩を抱いたままの俺の腕を取り、軽く頬ずりする直美。
冷静になってくると、とても恥ずかしいことをしてしまった気がした。
男の姿も見えなくなったし、もう辞めてもいいだろう。
「……直美ちゃん、そろそろ離れよっか」
「やだぁ……このままがいいのぉ~」
「えぇ……は、恥ずかしくない?」
「ぜぇんぜん……おじさんは直美と一緒にいるの嫌なのぉ?」
「嫌なわけないけど……物凄く見られてるから……」
市営プールでカップルのように肩を抱いて歩いているのだ。
目立って仕方がない。
「もぉ、しょーが無いなぁ……じゃぁ人目のないお家に帰ってから続きをしよぉ~」
「つ、続きって……というかもう泳がなくていいの?」
「うん……やっぱり直美、おじさんと二人きりで遊びたいなぁって……」
「……おじさんは直美ちゃんと居られればどこでもいいけどね」
「そ、そっかぁ……えへへ……直美なんだかとっても楽しいなぁ……幸せぇ」
本当にいい笑顔を浮かべる直美。
(この子の為なら……この子の笑顔を守るためなら……何でもやろう)
俺は改めてそう決意を固めるのだった。




