有給①
『じゃあ早速で悪いけど、明日の午前中に……』
「……はい、どうかよろしくお願いいたします……ふぅ……」
電話を切って安堵とも興奮ともつかないため息をつく。
「もぉ、おじさんったらお人好しすぎぃっ!! なぁんで今更会社の電話なんかに出るのさぁっ!!」
「いや俺の職場じゃなくて取引先から……」
「だぁから、おじさんはもう辞めたのっ!! ゆーきゅぅ中だってそんな電話出る必要ないのぉっ!!」
ようやく有給の消化に移り、自宅で直美と過ごしていたところで会社の取引先から直通で電話がかかってきたのだ。
どうやらあの縁故採用された同僚がトラブルの解消を俺に押し付けようと電話番号を教えたようだ。
(個人情報を何だと思ってやがんだ……ある意味助かったけどな……)
「しかも相手の会社に行く約束までしちゃってぇっ!! そんなことしなくていーのにぃっ!!」
「いや違うんだよ……なんかね、うちで働かないかって」
「……ほぇ?」
予想外のことだったようでとてもおまぬけな顔をさらす直美だが、正直俺も同じ気持ちだ。
「俺の仕事ぶりは良く知ってるから辞めるならぜひうちに来てほしいって……それで細かい条件とかあるから直接会って話そうって言われたんだよ」
「そ、それって……ヘッドショットってやつっ!?」
「ヘッドハンティングね……ヘッドショットされたら死んじゃうでしょ……」
「そんな細かいことどーでもいいのぉっ!! お、おじさん凄いじゃんっ!! やったねっ!!」
ようやく状況を飲み込んだらしい直美が我が事のように喜んでいる。
「まだ正式に決まったわけじゃないけど……でも助かったよ」
ちょうど出した履歴書が年齢のせいか全部返ってきたところだ。
渡りに船とはこのことだろう。
「ちゃんと見てくれてる人が居たんだねぇ、流石おじさんだぁっ!! 凄い凄いっ!!」
直美の言う通り、俺なんかを必要としてくれる人が居た事実が嬉しい。
だからよほど酷い条件でない限りお願いしようと思う。
(まああの会社より酷い場所なんてそうそうないだろうけど……)
「よぉし……じゃぁお祝いにきょぉは前に買ったお酒飲んでぱーっとやろぉっ!!」
「えぇ……直美ちゃん、確かまだ未成ね……」
「嫌だなぁお客さぁん、ナオナオはもう二十歳なんですよぉ~」
よくわからないノリをしながら冷蔵庫へと向かった直美、まるで自分のことのように喜んでくれているのがわかる。
俺自身もまだ正式に決まったわけではないというのに肩の荷が下りたような気さえしてしまう。
(これでまた直美ちゃんにお小遣いをあげられる……よかったなぁ……)
「持ってきたよぉ……じゃあ、おじさんの新たな門出にかんぱーいっ!!」
「気が早いなぁ……まあ、乾杯」
アルコールが入った缶をぶつけあって、口につける。
「にっがぁ~~いっ!! なにこれぇ~~っ!!」
「お酒だからねぇ……直美ちゃんひょっとして飲むの初めて?」
「だ、だって飲む機会なんかなかったしぃ……うえぇ……こ、これのどこが美味しいのぉ?」
「さぁ……俺もそこまで好きなほうじゃないし……」
言いながらもごくごくと飲み干していく俺。
余りお酒は好きではないが、無駄に飲み会で飲まされていただけあってそこそこ強くなった。
だからこれぐらいなら一気飲みしたところで平気なのだ。
「うぅ……ど、どうしてそんなにごくごく飲めるのぉ……おかしいよぉ……」
「慣れただけだよ……ほら、飲んであげるからこっちに渡して……」
「こ、子ども扱いしないでってばぁ……これぐらい直美だって飲めるんだからねっ!!」
ムキになってお酒に取り組む直美だが、その様子は子供が意地を張っているようにしか見えなかった。
「やれやれ……無理しないでよ」
「む、無理じゃない……にっがぁああっ!!」
「……可愛いなぁ、直美ちゃんは」
「だ、だから子ども扱い……っ!?」
直美の態度がとても可愛くて、何より久しぶりに俺が優位に立てている気がしたので頭を撫でてあげることにした。
「いい子いい子、直美ちゃんは本当にいい子だなぁ」
「は、はぅぅ……お、おじさぁん……ば、馬鹿ぁ……」
「可愛い可愛い、世界で一番可愛い直美ちゃん……」
「にゃ、にゃぁああああっ!?」
顔を真っ赤にして悲鳴を上げる直美を抱きかかえて、俺は一日中愛で続けるのだった。
「本当に直美ちゃんはいい子だなぁ……よしよし、おじさんは幸せだぁ~」
「うぅぅ……お、おじさん絶対酔っぱらってるでしょぉっ!?」
「そんなことないってばぁ……あはは、直美ちゃんは可愛いなぁ~」
「あぅぅ……も、もう絶対おじさんとはお酒飲まないもんっ!!」




