退職前労働③
「ほんとぉにお願いしますよぉっ!! この通りですからぁっ!!」
「だから俺に頭を下げてどうするの……向こうの人に言いなさい」
「ですけどぉ……お客のほうが雨宮さんを名指しで呼んでるんですよぉ」
(そんなこと言われてもなぁ……)
縁故採用された同僚が俺に頭を下げている。
どうやらトラブル解消に付き合いすぎたせいで、問題を起こした相手から俺を出せと言われているようだ。
「俺はもう辞めるってことを相手に伝えて、君が誠心誠意対応するしかないでしょ」
「そ、それはそうなんすけどぉ……」
「雨宮っ!! いい加減我儘言ってないで手伝ってやれっ!!」
「我儘も何も……そもそも俺は後もう二日しか出社しませんよ?」
「ま、まだお前そんなこと言ってんのかっ!?」
そんなことも何ももう決まったことだ。
今更ながら有給の消化も許されたお陰で、もうすぐ会社に来ることは無くなる。
(労基署とかに駆け込まれたら困るってことだろうが……まあいいや……)
この鬱陶しい上司や同僚の顔を見なくて済むのならそれに越したことはない。
「ここ以外でお前なんかが働ける場所があるわけないだろうがっ!!」
「そうっすよぉ、今なら俺も口利きしますし辞めるの止めましょうよぉ」
「悪いけど残りの仕事を終わらせないといけないから……」
それっきり二人の言葉は無視して、作業を続けることにした。
あと二日でこの会社に来ることは無くなる。
今更こんな二人に関わってやるつもりはない。
(だけど……確かに仕事が決まってないのはきついなぁ……)
不採用通知を思い出すとどうしても落ち込んでしまう。
それでもこんな奴らと関わる仕事を続ける気には全くならない。
(本当に追い詰められてたんだなぁ俺って……)
二人が近くでがなり立てているが、あと二日で終わりだと思えばもう気にせずに仕事ができてしまう。
心に余裕が戻ってきている、全部直美のお陰だ。
やっぱり何かお礼をしてあげたいところだ。
「…………さん、お電話ですよ」
「くっ!! い、今行くっ!!」
上司は電話の応対の為に去って行った。
「くそ、使えねぇあいつ……」
去って行った上司の愚痴をこぼしながら、同僚も移動していった。
ようやく落ち着いて仕事が出来そうだ。
(まあ実は残ってる仕事なんて殆どないんだけどなぁ……)
ストレスが取り除かれて上司やあの同僚の相手を辞めた途端、自分でもびっくりするぐらい作業効率が跳ね上がった。
考えてみれば鬱で頭が働かない状態のなか、しかもめちゃくちゃ横やりを入れられまくりながら仕事をしていたのだ。
皮肉にもその経験が俺の業務処理能力をかなり鍛えてくれたようだ。
(全く嬉しくないけど……まあ次の職場で生かせればいいなぁ……)
俺は残る仕事を丁寧に時間をかけて処理して、定時まで持たせることにした。
(これで、おーわりっと……帰ろ……)
「お、お疲れ様ですぅ……あ、雨宮さんこの後時間とかあります?」
「な……なにかな……?」
さっさと帰ろうとしたところで、入り口に居た女性社員が恐る恐る声をかけてきた。
流石に上司たちと違い、女性が相手だとトラウマが刺激されて上手くスルーすることができない。
「今日その、飲み会があるんですけどぉ……ぜひ雨宮さんにも参加してほしいなぁって……」
「す、すみませんが忙しいので……」
(今更辞めるってのに付き合えるか……さっさと帰って直美ちゃんに会いたいんだよ……)
「ちょ、ちょっとでいいんですけど……駄目ですか?」
「はい、駄目です……さようなら」
「っ!?」
俺に断られるのが予想外だったのか女は露骨に顔を歪めた。
幼馴染を思い出しそうで、とても見ていられない。
震えそうになる身体を抑えながら俺はさっさと会社を後にした。
(な、なんだってんだよ……今更……)
「はぁ……疲れた……」
やはり女性と向かい合って会話するのはきつい。
こればかりは仕事のストレスとは別口の悩みだ。
(ああ……直美ちゃんの声が聞きたい……)
俺は癒されたくて、いつも通り直美へと連絡する。
『おっじさーんっ!! お疲れ様ーっ!! きょぉも、もう終わりーっ!?』
「……うん、終わったよ」
とても嬉しそうな直美の声が聞こえてきた。
それだけで身体の震えは収まって、自然と笑顔になってしまう。
『じゃぁ早く帰っておいでーっ!! 直美待ってるからねーっ!!』
「分かってるよ、すぐ帰……」
「あ、雨宮さんっ!! ま、待ってくださいよぉっ!!」
「っ!?」
後ろから縁故採用された件の同僚が追いかけてきた。
「な、何で飲み会参加しないんすかっ!? 会社のみんなも雨宮さんが来るの楽しみにしてんすよっ!!」
「……そんなわけないでしょ、俺が疎まれてたのは君だって知ってるでしょ」
「い、いやほら今回のことで雨宮さんがめちゃくちゃ仕事処理してたって知ってみんな見直してんすよっ!!」
「大したことしてないよ、ただサービス残業を繰り返してどうにかしてただけだ……」
「同じことしている他の奴ら全然終わってないんですよっ!! だからやっぱり辞めないでほしいんすよぉっ!!」
言われてみると確かに俺以外に定時で帰る人の姿を見なくなった。
それこそ目の前のこいつですら最近は必死に残って仕事をしていた。
(あれ……俺って意外に頑張ってたのか?)
全く実感がない。
「と、とにかく行きましょ飲み会っ!! 女性社員もいっぱい参加するし、酔わせれば何でもし放題っすよっ!!」
「そんなわけないでしょ……とにかく俺他にやることあるから……」
「いや行くべきっすよっ!! どうせ雨宮さん家族もいないじゃないですかっ!! 帰っても暇なだけでしょっ!!」
「……居るよ家族……世界で一番大切な子がね……だから早くその子のところに帰らないと……悪いけど付き合えないよ」
自然と口から言葉が漏れていた。
俺にとって一番大事なのは直美だ。
だからそんな下らないことに付き合って時間を潰す気はない。
「う、嘘だっ!! だ、だって雨宮さん天涯孤独になったから使い潰……っ!!」
同僚がはっと口を押えたがもう遅い。
(それが本音か……多分こいつのコネに関わる上役の……)
「……もういいかな、じゃあね」
思わぬ本音が聞けた。
もう何を遠慮することもない。
俺は同僚を強引に振り切りさっさと帰路へついた。
(本当に腹が立つ会社だよ……全く……あ、通話しっぱなしだった……)
さっきのを全て聞かれていたかもしれない。
恐る恐る携帯に耳をあてた。
「な、直美ちゃん……聞いてた?」
『うん、聞いちゃった……』
「そっかぁ……心配かけてちゃったかな?」
『もぉ辞めるんでしょ……それに帰ってきてくれるんでしょ、私のところに』
「……そうだよ、直美ちゃんのところに俺は帰るから……安心して待っててよ」
俺の言葉に直美はとても嬉しそうに笑い声を返した。
『はぁい……えへへ……直美ね、おじさんのこと大す……』
「あれ、直美ちゃん……どうし……うわぁ、で、電池切れっ!?」
ずっと通話中にしていたせいか、変なタイミングで電話が切れてしまった。
(直美ちゃん何を言おうとしたのか……い、いやそれよりもこれ……絶対怒られるパターンだぁああっ!!)
俺は直美のご機嫌を取る言葉を考えながら、全速力で帰宅するのだった。
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