退職前労働②
「雨宮さぁん……これどぉしましょぉ?」
「さぁ? 俺もう辞めるから関われないよ……相手に悪いだろ?」
「そ、それはそうっすけどぉ……はぁ、弱ったなぁ……」
縁故採用されて甘やされていた同僚が悲鳴を上げている。
俺がやっていた仕事を他の奴が引き受けるようになったために、こいつの尻拭いをする余裕のある奴が居なくなったのだ。
(だからってもう辞める俺が謝りに行ったら逆効果だからなぁ……)
流石にそれぐらいの判断はできるようで、そいつは困ったように社内をうろついている。
「雨宮っ!! お前あれぐらい引き受けてやれば……」
「辞める俺が行ったらそれこそ誠意がないって思われますよ……」
「お前まだ辞めるなんて言ってんのかっ!?」
「言ってるも何も、もう退職届は受理されてますからねぇ」
上司は未だにプライドがあるのか下手に出ることもなく、高圧的に接してくる。
しかしここで俺が辞めたら、こいつは非常に困るようで何かにつけて辞職を止めるよう口にするのだ。
何せこいつの部下になってから仕事を辞めた奴は俺で二桁に達するのだから、流石に会社から非難の目で見られ始めたようだ。
(まあ今まで対策しなかった時点で会社自体もくそだけどな……)
もう何も気にせずに俺は自分の仕事だけを終わらせてしまうことにした。
しばらくは近くで騒いでいた上司も、無視されていると分かると苛立ちを隠そうともせずに立ち去って行った。
(これで……おーわりっとぉ)
退社時間になると同時に仕事を切り上げ、さっさと帰宅し始める。
「お疲れ様ですぅ、雨宮さん」
「……お疲れ」
今更ながらに俺に挨拶する女性社員達……恐らく上司にでも何か言われたのだろう。
(本当に……俺はこんなやつらに怯えていたんだなぁ……)
会社を振り返ってため息をつく。
こんな余裕もかつては持てなかった……直美のお陰だ。
(今だって家で直美ちゃんが待っていてくれるから……こんなにも気が楽なんだろうなぁ……)
もしも直美が居なかったら俺は今でもここにしがみ付こうとして、遠くない未来に自殺していただろう。
よしんば何かの間違いで退職届を出しても周りの目に怯えて撤回してしまっていたかもしれない。
『ちゃんと帰ってきてよぉ……私待ってるからね……』
だけど俺には直美が付いている……だからもう耐えられる。
(早く会いたいなぁ……ああ、電話して声ぐらい聞かないと……)
俺は携帯を取り出して直美に連絡した。
しかし全然出ない、不思議に思っているとURL付きのメッセージが返ってきた。
『今から帰り? 配信中だからナァミのかれぇ~なプレーを見て癒されながら帰ってくるのだ~』
(よくやるなぁ……直美ちゃん目立つの好きなのかなぁ……)
変なことを教えてしまった気がする。
しかしどうせなので言われた通りに直美のプレイでも眺めながら帰ることにした。
一応今から帰るとだけ返信して、イヤホンを挿して早速URLに記載されたページへと飛んだ。
『……らぁっ!! ナァミに勝てると思うなぁっ!!』
いつものFPSをやりながら、自慢げに叫ぶ直美。
そんな直美の声を聞いているだけで頬が緩みそうになる。
『よっしゃぁっ!! みんな見たぁっ!? ナァミのかれぇなプレェっ!!』
(気が付いたらランクが上がって金色になってる……意外に上達したなぁ……)
コメントもそれなりに称賛が出るようになってきた。
『ふっふぅん、このちょーしでどんどん行っちゃうんだからぁっ!!』
『ちょっとナァミちゃん……お願いだから前ですぎないでよぉ……ヨッカ大変なんだよぉ……』
(あれこの声……チームプレイしてるのか?)
聞きなれない可愛らしい女の子の声にちょっとドキッとした。
『これでいいのぉっ!! それに普段たっくさん愚痴聞いてあげてるんだからこのゲームではナァミをフォローすんのぉっ!!』
『よく言うよぉ……ナァミちゃんだってヨッカによくおじさんのこと愚痴ってるでしょ?』
会話の内容からしてどうやら二人はリアルでの友達らしい。
(俺の愚痴……やっぱりなんか迷惑してんのかなぁ……)
『ちょ、ちょっと止めてっ!! これおじさんも聞いてるかのーせぇあるんだからぁっ!!』
『あ、そうなんだぁ……おじさん、ナァミちゃんねぇ学校でどうしたらおじさんと結こ……』
『あぁああああああっ!! ヨッカのお兄さん見てるぅううっ!? ヨッカは学校でお兄さんの盗さ……』
『にゃぁあああっ!! おじさぁんっ!! ナァミちゃんは学校でおじさんの話ばっかり……』
『やめぇええええっ!! ヨッカだって学校で兄貴の話しかしてな……』
悲鳴を上げて互いの言葉を遮り合っている。
とても喧しいが、どこか楽しそうだ。
(俺と結こ……ま、まさかな……)
よくわからなかったが悪い内容ではなさそうだ。
それだけで嬉しくて、俺は安堵しながらコメントを打ち込んだ。
『ナァミちゃん……ゲーム実況続けたら?』
『ヨッカぁ……ゲーム実況続けようよぉ……』
もう一人誰かのコメントが重なったが、気づかれることもなく流されていった。
『……いい加減続きをしないのかい?』
(あら、もう一人いたんだ……)
端正で魅力的な女性の声が聞こえた。
『うぅ……分かったよミィル……覚えてろぉヨッカぁ……』
『そっちこそ明日覚悟しておいてねぇナァミちゃん……』
『やれやれ……』
(仲良し三人組って感じなんだなぁ……)
直美の友好関係を垣間見れた気がした。
そして普通に軽口を叩ける友達がいる事実が嬉しかった。
(子供の時は……家に友達を呼ぶこともできないって……よく泣いてたもんなぁ……)
俺は泣き止むまで抱っこしてあげることしかできなかった。
そんな直美がネットを介してとはいえ、友達と遊んでいる姿を見て俺は温かい気持ちになるのだった。
『よぉしマッチしたぁ……やるぞぉっ!!』
『うぅ……またタンク役がいないぃいいっ!?』
『私が何とかするから好きなのを使えばいいさ』
『さっすがぁミィル格好いい~、今度おじさんと戦ってみてよぉ』
(何言ってんだか……ってこのミィルって子、ランカーじゃねぇかぁっ!?)
『ふふ、構わないよ』
『よぉし、聞いてるおじさんっ!! 今度戦って負けたら罰ゲームだかんねぇ~っ!!』
(ひぃいいいいっ!? 直美ちゃんの人脈どうなってんのぉおおっ!?)




