平日の夜③
『雨宮さん、そこに居ないでくれます?』
『あの人暗いよねぇ』
『目も合わせられないでオドオドしてて……気持ち悪ぅ』
「……くそっ」
腹立たしい気持ちを抑えながら家に帰り着く。
(どうせ俺は女性恐怖症だよ……っ)
どうしても女と対面すると幼馴染を思い出してしまう。
だから上手く対応できず、しどろもどろになって嫌われる。
陰口を叩かれて露骨に見下されて、余計に女が苦手にあっていく。
(どいつもこいつも……女なんかクソだっ!!)
鍵を挿して回しドアを開こうとして、何故か鍵がかかったままで開かない。
苛立ちばかりが増していく。
俺は乱暴にもう一度鍵を捻り、ドアを開いた。
「じゃじゃーんっ!! おじさんおっかえりーっ!!」
「な、何だなんだっ!?」
中に入った俺をクラッカーの紙吹雪と騒音が襲い掛かった。
何事かと目を凝らすとパーティ用の三角帽子をかぶった直美が悪戯成功とばかりに笑っている。
非常時に備えて鍵を渡してあるからそれを使って中で待ち構えていたのだろう。
「ほらぁ、入って入ってぇ……」
「あ、あの直美ちゃん俺今日は……」
「わかってるってぇ~ほらぁどうだっ!!」
「どうだって……っ!?」
居間に連れ込まれた俺は、机の上に置かれた丸い誕生日ケーキを見つけた。
(あ……そうだ、今日は俺の誕生日……)
蝋燭も俺の年齢分だけ突き立てられていて、傍らにはライターも準備されている。
「お誕生日、おっめでとーっ!!」
「……これ、買ってきてくれたの?」
「てづくりだよぉ……なぁんちゃって、食べたいから買ってきちゃったぁ」
自分でも忘れていた誕生日を祝う準備をしてくれた直美。
先ほどまで荒れていた心があっという間に温かいものに包まれる。
「ほらほらぁ、早く火つけて消して食べよぉ~」
「……そうだね」
「あららぁ~おじさん泣くほど嬉しかったぁ~じゃあ直美お小遣いほしいなぁ~」
「泣いてなんかないって……大体誕生日なんだから俺が貰う側でしょ」
軽く目の周りを袖で拭って、俺は蝋燭に火をつけた。
直美が部屋の明かりを消して室内を蝋燭の炎だけが照らしている。
「はっぴぃばぁすでぇぇえええとぉよぉぉおお」
「顔を下から照らしても……怖いというか鼻の穴が目立ってるよ」
「ちょ、ちょちょっ!? お、おじさん乙女にそういうこと言わないっ!!」
少しだけ恥ずかしそうにしている直美をまっすぐ見つめて微笑みを返しながら、俺はろうそくの火を消した。
「いぇええいっ!! 誕生日おめでとぉおおっ!! 幾つになったぁ?」
「うぅ……三十台ギリ前半ですぅ」
「魔法使いになれたぁ?」
「うぅ……何故か使えませぇん」
さっきのお返しとばかりに弄られる。
さらに直美はケーキを八割がた持って行ってしまう。
「ううん、おいしぃーっ!!」
「ねえ、俺の誕生日だよねぇ……なんか扱いが雑ぅ……本当にケーキ食べたかっただけなんじゃ……」
「最初にそーいったじゃ~んっ!! でもプレゼントかぁ……じゃあおじさんの分を口移しで食べさせてあ・げ・ちゃ・う」
「うぅ……どう考えても俺の分のケーキを食べたいだけだぁ」
本当は誕生日ケーキを買って祝ってもらえただけで十分すぎるプレゼントだった。
心の中で俺は直美に礼を言うのだった。
「んんぅ……美味しーっ!! あ、しまったぁ……おじさんに食べさせる分だったの忘れて飲み込んじゃったぁ……てへっ」
「うぅ……包み紙でも舐めてるよぉ……ああ、甘くておいしいなぁ……うぅ……」