平日の夜⑳
「ただい……どうしたの?」
「ふっふっふ、待ってたぞぉおじさんっ!!」
帰ってきた俺を廊下で仁王立ちしている直美が出迎えた。
顔には不敵な笑みが浮かんでいて……嫌な予感しかしない。
「昨日たっくさん直美を虐めたおじさんにリベンジするのだぁっ!!」
「えぇ……俺なりに可愛がったつもりなのになぁ……」
「子ども扱いするなって言ってるでしょっ!! とっても恥ずかしくて眠れなかったんだからねっ!!」
「おじさんだって、お風呂に乱入されかけてドキドキだったよ……それで何を企んでるの?」
「ふっふ~ん、前のリベンジもかねて……これで勝負だぁっ!!」
直美が前に遊んだカードゲームのデッキを突き付けてくる。
保護シートが付いていない所を見ると、俺が組んだデッキではないらしい。
「どうしたのそれ?」
「直美なりにいっしょうけんめーべんきょーして作ったさいきょーのデッキなのだぁっ!!」
「……本気で言ってるの?」
「ふっふーん、絶対に勝てちゃうんだからねっ!! ほら、おじさんもさいきょーのデッキで掛かってきなさいっ!!」
自信満々に豊満な胸を張っている。
(素人が頑張っても勝てるとは思えないんだけどなぁ……)
しかしここまで自信満々なのだ。
何か考えがある気がする。
「まあ、別にいいけど……勝負してどうするの?」
「直美が勝ったら何でも一つ言うこと聞いてもらうんだからねっ!!」
「おじさんが勝ったら?」
「仕方ないから特別価格の千円で直美がエッチしてどーてぇ卒業させてあげるよ……どう、やる気になったぁ?」
(仕事帰りで疲れてるんだけどなぁ……というか、どっちになっても直美ちゃんが得するんじゃないかなぁ……)
勝っても負けてもいいからこんなに得意げなのだろう。
「……おじさんが勝ったらこっちの言うこと聞いてもらうからね?」
「えぇ~、あんまりハードなプレイはヤダよ?」
「そうじゃなくてぇ……とにかく、さっさと勝負を済ませてご飯食べさせてね……」
「イェーイっ!! そう来なくちゃっ!!」
俺は直美を連れて自室に向かうと、床に散らばるカードを押しのけてデッキを取り出した。
「……使い終わったら片付けてよ」
「もぉ後でね……ほら、デッキ混ぜるよ」
お互いにデッキをカットして返す。
「よぉし、勝負だっ!!」
「デュエ……勝負」
「今何を言おうとしたの?」
「……どっちが先行?」
「直美に決まってるでしょっ!! レディファーストぉっ!!」
珍しく英語を間違えずに使用した直美は、ほくそ笑みながらカードを出した。
「まずぅ……この図書館ちゃんを表向きで出すでしょ~」
「っ!?」
攻撃力が0の戦闘員を攻撃態勢で出した直美。
すさまじく嫌な予感がする。
(ば、馬鹿な……こ、これって確か有名なワンキルデッキのキーカード……い、いや偶然だよな……)
「じゃあつぎぃ……この壺を使ってぇ二枚引いてぇ……」
「ちょっ!? な、直美ちゃんそれ禁止カードだからぁっ!!」
使うだけで手札が増えるという、単純に強すぎるために使用禁止になったカードだ。
「えぇ~直美よくわかんなぁ~い……そんなことルールブックに書いてなかったよぉ~」
「そ、それはそうだけどぉ……さ、流石にずるいよっ!?」
「もぉ、直美は初心者なんだよっ!! それぐらいハンデでいいでしょっ!!」
言い切って直美はプレイを続行させる。
「次にぃ、施しを使ってぇ三枚引いて二枚を……」
「それも禁止カードぉおおおおおっ!!」
「うるさいなぁおじさんはぁ……そんで次に成金使ってぇ一枚引いてぇ……おじさんはライフ増やしていいよぉ」
「あぁ……な、直美ちゃん……ど、どこでそのデッキをぉ……」
「さぁねぇ……三回魔法使ったから図書館ちゃんで一枚引いてぇ、さらに壺と施しと成金を……」
どんどん直美の手札が増えていく。
こうなったら止まらない。
気が付いたら直美はデッキの全てのカードを手札に加えていた。
「これが最後のいちま~い……それでこの五枚が手札に揃ったらぁ直美の勝ちだぁっ!! わぁーいっ!!」
「ぐはぁっ!?」
決められたキーカードを手札に揃えることで強制勝利することができる特殊ルールが発動した。
俺は文字通り何もできずに敗北した。
(ヴェ、ヴェーラーを……手札で使えるカードさえ引けていればぁあああっ!!)
どうやら先行を譲った俺が馬鹿だったようだ。
まさか禁止カードをてんこ盛りしてまで勝利を求めてくるとは予想外だった。
「さぁて、わかってるよねぇ……おじさぁん……」
「くぅぅ……こ、これはズルい……というかどこで知ったのそのデッキっ!?」
「ふふん、直美の友達にすっごい頭のいい子が居てねぇ……こーいうサブカルチャーも物凄く詳しいんだよぉ」
全く余計なことをしてくれたもんだ。
何だかんだでゲームで負けたのも地味にショックだ。
おまけに……罰ゲームがやばい。
「な、直美ちゃん……も、もう一回だけ……もう一回だけチャンスをくださいませんかっ!?」
「駄目ぇ~、どぉ~せ次はサイドとかいうので対策カードたいりょーにいれるつもりでしょぉ?」
「ぐぐぅ……な、何故そこまでぇ……」
「直美は何でもおみとーしなのぉ……ふっふっふ……ついにおじさんの秘密の花園を暴く時が来たのだぁ……じゅるり……」
目を輝かせ両手をワキワキ動かしながら、不敵に笑い俺に迫る直美。
このままでは俺の貞操が危ない。
不安半分、そして期待半分な気持ちで俺は近づく直美と向き合った。
「な、直美ちゃ……うわぁっ!?」
「ふっふっふ……わわぁっ!?」
床に散らばっていたカードに足が滑ったようで、俺に迫っていた直美が思いっきりダイブしてきた。
互いの頭と頭がぶつかって、直接脳に鐘がなるような衝撃が伝わった。
目の前がチカチカする。
「い……いったぁいっ!!」
「だ、だから片付けようって……痛ぅ……」
「あうぅ……すっごく痛いぃっ!! おじさん濡れタオルぅ~っ!!」
「分かったよぉ……うぅ……本当に痛いぃ……」
ふらふらと下に降りて二人分濡れタオルを準備し、互いに痛む場所へあてがうのだった。
もうとてもエッチなことをする気分ではない。
俺は安堵とも失望とも判別ができないため息を漏らすのだった。
「うぅ……きょぉの分のお願いは今度きーてもらうんだからねぇっ!!」
「お願いなら濡れタオルを持ってきてあげたでしょ?」
「はぁっ!? な、何それぇっ!? インチキだぁっ!!」
「じゃあもう一回勝負するかい?」
「ぐっ……お、おじさん意外に負けたこと根に持ってるでしょぉっ!?」
(そんなことはないが……とりあえず手札から使えるPSYにGとヴェーラーとうさぎをフル積みしておこう……)




