平日の夜⑲
「おじさぁん、おっかえりぃ~」
「ただいま、ほらお弁当買ってきたよ」
「わぁい、ありがとーっ!!」
当たり前のように俺の家にいた直美に帰り道で購入した弁当を手渡す。
するとついでのように鞄も受け取り、俺の後ろについて廊下を歩きだした。
「ど、どうしたの?」
「えぇ~、楽チンチンじゃないぃ?」
「……突っ込まないよ」
「えぇ~、突っ込むものでしょぉ~」
訳の分からないノリに困惑しながら居間に入ると、直美はササっと弁当を机に広げた。
そして鞄を片付けながら、俺が脱ごうとする上着をも受け取りハンガーにかけてくれる。
「お勤めご苦労様ぁ~」
「……何を見たの? そして何を企んでるの?」
「やっだぁ~、直美はただおじさんを労わってあげたいだぁけぇ」
物凄く怪しい。
しかしこれ以上指摘してもはぐらかされるだけだ。
俺は追及をあきらめて机に向かい、直美と並んで食事をすることにした。
「はぁい、おじさんあ~んっ」
「……一人で食べれるよぉ」
「だぁめぇ~、きょぉはおじさんを労わる日なのぉ~」
「だから何で……もがっ!?」
疑問を口にしようとしたところへ箸を突っ込まれた。
何とか強引に咀嚼していると次のおかずが差し出される。
「あ~んっ」
「……あーん、もぐもぐ」
また強引に突っ込まれたらたまらない。
もう抵抗をあきらめて素直に食べることにする。
「どぉ~おいしぃ~?」
「そりゃぁ好物の弁当だし、美味しいけど……」
「もぉ~、おじさんのど・ん・か・ん~……愛情が篭ってより美味しいでしょぉ?」
「ねぇ、だから何を企んでるのさぁ?」
やっぱり気になる。
何か特別な日でもないのにこの対応はおかしい。
「別にいいでしょぉ~、それとも……私の相手するの……嫌?」
不意に笑顔が消えて、ぽつりとつぶやいた直美。
「そ、そんなことないっ!! 凄い嬉しいし楽しいよっ!!」
「ならいぃじゃんっ!! ほらほらぁ、もっと食べて食べてぇ~」
直美は一転して満面の笑みを浮かべて俺の口元にご飯を運び始めた。
俺は今度こそ諦めて最後の一口まで食べ続けた。
「御馳走様……ありがとうね、美味しかったよ」
「そぉ……じゃぁお風呂できてるから入ってねぇ~」
「本当に至れり尽くせりだねぇ……ありがたく入らせてもらうよ……」
「はぁ~い、一名様ごあんなぁ~い」
何故かついてくる直美、脱衣所まで張り付いてくる。
「……脱ぐから出てってよぉ」
「直美が手伝ってあ・げ・る」
「一人で脱げるから……うわっ!?」
「ふ、ふひひ……い、今脱がしてあげるからねぇっ!! 脱ぎ脱ぎしましょうねぇっ!!」
俺に飛び掛かって力づくで服を脱がそうとする直美。
抵抗しようにもシャツの襟首が破れそうになって、あきらめざるを得なかった。
「おお、いい身体してますねぇ~」
「しくしく……ただの中年のおっさんだよぉ……」
「ふふ、意外とお腹プニプニぃ~……あはは、叩いたら良い音なるぅ~っ!!」
直美が太鼓みたいに人のお腹を叩いて遊び始めた。
結構力がこもっててちょっと痛い。
「も、もういいでしょ……ほら、外に出て……」
「まだ下が脱げてないでしょ~……直美が脱がせてあ・げ・る」
「そ、それは本当に勘弁してくださいっ!!」
「ダメぇ~、きょぉはおじさんは直美に労わられなきゃダメな日なのぉ~」
直美がしゃがんで俺のパンツに縋りついた。
降ろされないよう抵抗しながら、俺の顔を見上げる直美と目を合わせた。
笑ってこそいるがその瞳は結構真剣で……見覚えがある気がした。
(今日って……何か……あっ!?)
必死で日付を思い出して……そして直美の目を見て思い出した。
「そっか……今日って……」
十数年前の今日、直美は汚れた姿で飢えに耐えかねて……震える手で俺の服を握ったのだ。
「そんなことどーでもいーからぁ……ほら、直美に身体をゆだねてぇ~」
はぐらかして俺のパンツを引きずり降ろそうとしている直美、健康そうな姿が麗しい。
骨の形状がわかるほどガリガリに痩せていて、病気にもかかっていた……当時からは想像もつかない姿だ。
(よくここまで育ってくれたなぁ……)
何やら妙に愛おしくて、胸が温かくなって……気が付いたら抱きしめて頭を撫でていた。
「お、おじさぁん……今日は私が労わる日なのぉ……」
「いいや、今日は俺が労わる日だよ……よしよし、こんないい子に育って……」
「もぉ……子ども扱いしないでよぉ……馬鹿ぁ……」
身体を捩って抵抗する直美だがどこか弱々しい。
だから俺は思う存分直美を愛でることにした。
「本当に立派に育って……おじさんは嬉しいよ……いい子いい子……」
「うぅ……は、恥ずかしいよぉ……おじさんの馬鹿ぁ……」
「はいはい、いい子いい子……直美ちゃんは世界で一番可愛い良い子……」
「はぅぅっ!? お、おじさんの馬鹿ぁっ!!」




