史郎と霧島親子㊳
「私個人としてはお母さんに会いたい……会って謝って……出来れば親子としてやり直したいと思うの」
「そうか……」
申し訳なさを滲ませながら答えた亜紀の言葉は、ある意味では予想できているものであった。
既に改心してかつての自分がどれだけ愚かであったか悔いている亜紀にとって、あの時に最も迷惑をかけてしまった母親に謝罪も出来ないままでいられるわけがない。
しかしそこまで言ったところで亜紀は少し困ったような様子でそっと俺の家の一階当たりへと視線を投げかけた。
恐らくそこでは今頃直美が俺の母親の手伝いをしているはずだ。
「だけどね、それがあの子にとって辛い事だとしたら……あの子にとって私のお母さんは……私が居る時でも酷かったし……」
「確かに……」
思い返してみても亜紀が居なくなった後の直美への仕打ちは虐待に近いものだった。
本人は亜紀のような不良にしないために厳しくしていると檻に着けて口にしていたが、憂さ晴らしの面もあったのではないかと思う程だ。
(そうなんだよなぁ……霧島のおばさんは亜紀からしてみれば被害者だけど、直美からしたら加害者と言ってもいい間柄なんだよなぁ……)
だからこそ亜紀は自分はともかく直美が嫌に思わないかが心配なのだろう。
特に親子関係のストレスもあって入院しているわけなのに、もしも亜紀と上手くやれると病院に判断されたらそれこそいずれは自宅療養とかいう話にもなりかねない。
(もちろんそうなったら亜紀と一緒に住んでる直美もひとつ屋根の下で暮らすことになるわけだもんな……それは慎重にならざるを得ないよなぁ……)
少し前に直美と話した内容を思い出す。
亜紀が戻ってきた際に直美がどう感じたのかについて。
『あのね……本当はあの時……すっごく嫌だった……』
『何で戻ってきたんだろうって……何をするつもりなんだろうとか……も、もしかして史郎おじさんに引き取られてお別れしなきゃいけないのかなとか……また裏切られるのかなとか……よ、よく覚えてないけどあの人みたいにまた虐待されるのかなとか……自分でもよく分かんないけどそう言う嫌な事ばっかりこと頭の中でグルグルしてて……だから正確には嫌って言うより怖かった、のかなぁ?』
(虐待については小さかったからよく覚えていないって言ってたけど……怖かったっていうのはやっぱりトラウマになってるのかもなぁ……)
「だから……正直、まだ凄く迷ってる……どうしたらいいんだろうって……直美を苦しめてまでって言う気持ちもあるけど、このままお母さんを放っておきたくないって言うのも……どっちも正直な気持ちだから……」
「そっか……そうだよなぁ……難しいよなぁこればっかりは……」
「うん……直美に聞いてみればいいんだろうけど、あの子は優しすぎるから……こんな私をもう一度受け入れてくれたぐらいだから……きっと内心凄く嫌でも無理して良いよって言ってくれちゃいそうで……ねぇ、史郎はどう思う?」
本当にどうしていいか悩んでいるのだろう……亜紀は困ったように改めて俺を見つめてくる。
(個人的には……本当に俺個人の我儘を言えば……直美と亜紀に比べれば亜紀の母親はそこまでじゃない……何より今の関係が幸せすぎるから崩したくはないとすら思ってしまうけど……)
しかし俺にとって一番大切なのは幸せそうに笑う二人と共に寄り添って生きていくことなのだ。
その為にもこの問題を適当に済ませたりやり過ごすわけにはいかない…… だからこそこんな浅ましい欲望はすぐに振り切ると少し考えながら口を開いた。
「そうだなぁ……俺は……」