史郎と霧島母娘㊳
「……そっか……お母さんが……」
「ああ……事情が事情だからあの場では言い辛くて……」
「…………」
窓越しに顔を合わせながら亜紀へと先ほどの電話の内容を告げる俺。
心の病院に入院中である自分の母親が家族に面会を求めていることを聞かされた亜紀は、何とも言えない顔で俯いて黙り込んでしまう。
(そりゃあ色々と思うところはあるよなぁ……)
ある意味で亜紀の母親があそこまでおかしくなったのは、学生時代の亜紀が無責任に遊び歩いてストレスを与えていたせいでもある。
改心して当時のことが苦い記憶となっている今となっては、幾ら後悔してもし足りないぐらい亜紀の心を苦しめていることは想像に難くない。
「大丈夫か亜紀……?」
「……うん、私は大丈夫……それより史郎ごめんね、また私のことで悩ませちゃってたんだね……本当に迷惑ばっかり掛けてゴメン……」
「そんなことないって……何度も言うけど俺は亜紀に物凄く助けられてるし、亜紀と直美ちゃんが傍にいてくれる今が物凄く幸せだからこんな事迷惑だなんて思わないよ……」
申し訳なさそうに頭を下げる亜紀に心の底からの想いを告げる。
実際のところ、俺は自らを囲む今の環境に物凄く満足しているのだ。
だから逆に当時の亜紀の振る舞いを含めても、厄介ごとどころか今に繋がっているのだから前向きに受け止めたいとすら思っている。
「でも……ううん、史郎がそう言ってくれるなら信じる……そう決めたから……ありがとう史郎……」
「亜紀……ああ、信じてくれ俺を……俺も亜紀と直美ちゃんのことは信頼してるから……だからもうどんな悩みも一人で背負わないで一緒に考えて行きたいんだ」
まっすぐ見つめながら告げた俺の言葉を聞いて、亜紀はようやく顔をあげるとほんの僅かに顔をほころばせてくれた。
まずはそれだけで十分だった……この話を聞いた亜紀がそれでも笑えるのだと分かり、心底安堵してしまう。
(前だったら……いや今でも下手したら物凄く落ち込んで自分を責めて立ち直れないぐらい落ち込むかもしれないってそれだけが不安だった……けどこの調子なら大丈夫そうだな?)
「……ねぇ、史郎は面会について……ううん、それだけじゃなくて今後私たちはお母さんとどうやって関わっていくべきだと思う?」
「俺は……亜紀と直美ちゃんのやりたいことを全力で支えてあげたいよ……それがどんな決定であっても、二人が笑っていられるような未来に繋がるように力になりたい……それだけだよ」
改めてこの問題に取り掛かろうというのか亜紀の問いかけに、俺は再び素直な意見を述べる。
(あくまでもこれは霧島家の問題だ……もちろん二人の家族に成りたい俺としても絶対に関わっていくつもりだけど、あくまでも補佐に徹するべきだ)
血の繋がった家族と……一度は縁が崩れて仲違いした相手との関係を当時は外から眺めることしかできなかった俺が直接介入するわけにはいかないだろう。
だからこそ二人がどんな選択をしても悔いたり傷付いたりしないよう支えるのが俺の役目だと思う。
「……ありがとう史郎……凄く頼もしいよ」
俺の返事を聞いた亜紀は、今度こそはっきりと嬉しそうな笑みを浮かべるとぺこりと小さく頭を下げてきた。
「気にするなって、俺がそうしたくてやってるだけなんだからさ……それより亜紀こそどうするべきだと考えてるんだ?」
「……私は…………」
そんな亜紀に今度は逆に俺の方から問いかけると、亜紀は少しだけ目を閉じて何事か考えたかと思うとゆっくりと目を開けながら口を動かし始めるのだった。




