史郎と霧島母娘㊱
「電話のことは後でちゃんと話すよ……だけどその前にちょっと聞きたいことがあるんだけど、良いかな?」
「え……そ、そりゃあまあ……史郎おじさんが知りたいことなら直美はいつだって何だって話しちゃうけどぉ……なぁに?」
俺を尋問するぐらいのつもりでいたらしい直美は、逆に問いかけられて訝しそうにこちらを見つめ返してくる。
(さて、なんて切り出そうか……?)
まさかここでいきなり亜紀の両親の話を切り出そうものなら流石に直美でも電話との関連に気づいてしまうだろう。
だから少し回りくどく行こうと軽く考えてから口を開いた。
「えっとね……何というか……直美ちゃんは亜紀が戻ってきたとき嬉しかった?」
「はぇっ? な、何で今更……そ、そんなのわざわざ聞かなくたって史郎おじさんも分かってるでしょ……」
果たして俺の意図が掴めなかったのか、直美は戸惑いながらも素直な気持ちを口にするのが恥ずかしいのか言葉を濁してしまう。
もちろん今の直美は亜紀が戻ってきてくれて喜んでいることは分かっている。
「ああ、ごめん……分かり辛い言い方しちゃったね……あのね、俺が聞きたいのは戻ってきたばっかりの時……初めて顔を合わせた時の事なんだよ……」
「え……?」
改めて説明し直すと直美は再び俺の方を困惑気味に見つめて来る。
「出会ってから、色々と交流して……亜紀がちゃんと反省してるって分かって、その上で母親をやり直そうと頑張って……それを理解したからこそ直美ちゃんは亜紀を受け入れられるようになったわけでしょ?」
「あ……そ、それはまあ……」
「そうなってくれて俺も凄く嬉しいし、今こうして二人が一緒に楽しそうに暮らしてるのを見て……そこに俺も関われるのが幸せなんだけどさ……ただその前に、再会した直後の向こうがこっちをどう思ってるか分からなかった時に直美ちゃんがどんな気持ちだったのか知りたいんだ」
「それは…………」
ようやく俺の質問を理解した直美だが視線をさ迷わせたかと思うと、うつむいて黙り込んでしまう。
「な、直美ちゃん……?」
「…………それって、絶対に聞かなきゃいけない……大事な事なの?」
そしてぼそりとうつむいたまま、弱々しい声で尋ねて来る直美。
「……うん、聞いておきたいんだ……亮がさ直美ちゃんの為にって一人で動いて、ある意味勝手に亜紀を連れ戻してきたわけだけど……結果的にはともかく一時的には直美ちゃん塞ぎ込んじゃってたでしょ?」
「…………」
直美は無言のままだが、こくりと僅かに首を縦に振って見せた。
そんな直美の頭を子供の頃あやしていたように優しく撫でてあげながら言葉を続ける。
「俺もね、直美ちゃんと亜紀の為になると思ったら多分似たようなことしちゃうと思うんだ……だけどそんなことして当の本人を悲しませてたり苦しい思いをさせたら本末転倒じゃないか……俺が守りたいのは二人の幸せなのに……だからこそ、一人で勝手に暴走しないように色々と聞いておきたいって思ったんだ」
「…………」
これは俺の本心なのだが、やはり顔を上げない直美を見ていると何か間違えてしまったような気持ちになってくる。
(泣かせたくないし苦しめたくない……だから当時は仲違いしていた亜紀の例を参考に聞こうと思ったんだけど……この質問で直美ちゃんが悲しんでたらやっぱり本末転倒じゃないか……馬鹿だな俺は……)
「……ごめんね直美ちゃん、言いたくないなら言わなくてもいいからね」
「……ううん、だいじょぉぶだよぉ……ただちょっと……いやいいや、直美は史郎おじさんのこと信じてるからっ!!」
しかしそこで直美はパッと顔を上げると……ほんの少し潤んでいた瞳を軽く擦り、まっすぐ真剣な顔つきで頷いてくるのだった。
「そっか……ありがとう直美ちゃん……だけど本当に無理しなくていいからね?」
「へぇきだよ……それより何だっけ……おかーさんが戻ってきた時、顔を見た時にどう思ったかだっけ?」
「うん……事前に打ち合わせも何もなくて突然だったから心構えも何もできなかっただろうし……どんな感じだったの?」
「あー……えっと……お母さんには内緒にしてよ?」
「わかってる……絶対に言わないから……二人だけの内緒だよ」
「……にひひ、史郎おじさんと二人だけの秘密ぅ~」
二人だけの内緒話と聞いた直美はようやく僅かに笑みを戻したかと思うと、俺の首にぶら下がる様に抱き着いてきて……そのままそっと耳に口を近づけてきた。
「あのね……本当はあの時……すっごく嫌だった……」
「……そっかぁ」
「何で戻ってきたんだろうって……何をするつもりなんだろうとか……も、もしかして史郎おじさんに引き取られてお別れしなきゃいけないのかなとか……また裏切られるのかなとか……よ、よく覚えてないけどあの人みたいにまた虐待されるのかなとか……自分でもよく分かんないけどそう言う嫌な事ばっかりこと頭の中でグルグルしてて……だから正確には嫌って言うより怖かった、のかなぁ?」
正直に告げてきた直美の言葉は衝撃的ではあるが、ある意味で納得のいくものではあった。
突然自分を捨てた母親が戻ってきたりすれば、環境の変化も合わせて怯えるのも無理のない話だ。
「だ、だけど今は全然違うからねっ!! むしろ今は帰ってきてくれなかったらとか、もし出てっちゃったらと思ったら……そっちの方がずっと怖いし嫌なんだからねっ!! それに直美だってお母さんと史郎おじさんがが悲しんだり苦しんだりするのは見たくないのっ!! だから絶対……ぜぇったいに言っちゃ駄目なんだからねっ!!」
「わかってるってば……約束するからさ……」
「や、約束だけじゃ駄目ぇ……指切りもぉ~」
首から手を離した直美が子供のように小指を差し出してくる。
そんな直美にはっきりと頷き返しながら、俺もまた小指を差し出して絡めるのだった。
(だけどそうか……やっぱり育児放棄してた家族が戻ってきたら苦しむよなぁ……だとすると亜紀の両親に関しても似たような物だろうし……亜紀と二人で何とかするべきかなぁ?)
「嘘ついたら史郎おじさんの童貞もぉ~らい、指きっ……」
「そ、それは駄目ぇっ!! 指きっちゃ駄目ぇっ!!」
(な、何て恐ろしい条件を持ち込むんだこの子はっ!? 全然子供っぽくないじゃないかっ!! 全く油断も隙もないっ!! そ、それに仮にも成人男性を童貞って決めつけないでほしい……合ってるけどさぁ……ぐすん……)




