史郎と霧島母娘㉝
まさかこのタイミングで亜紀の父親の話題が出ると思わなかった。
「……ああ、一応振り込まれてるよ……たまに遅れがちだけど……ね、直美ちゃん?」
「……ふん」
親父の質問に動揺しつつも何とか返事をしながら、実際に口座を管理している直美へと話を振った。
しかし直美は露骨に嫌そうな顔をしてぷいっとそっぽを向いてしまう。
「高校卒業するまでだって偉そうに時期まで区切っておいて遅れがちだなんて……困った人ねぇ相変わらず……亜紀ちゃんが戻って来たことも知らないんじゃないのかい?」
「むぅ……あんな奴の事どぉでもいいもん……嫌なお話しないでよぉ……」
「え、ええと……十中八九知らないと思います……そもそも私が高校入学する頃から殆ど家に寄りつかなくなってましたし……下手したら私が出て行ったことも知らないんじゃ……」
「いや、一応その前に直美の養育費関連と……祖母のことで少し話し合う機会があったから……史郎から聞いていないか?」
代わりに亜紀が寂しそうに口を挟んでくるが、そこで今度は亜紀の母親についての話題まで出てきてしまう。
少しドキッとするが、そんな俺の前で亜紀は小さく首を縦に振って見せた。
「す、少しは……その、お母さんがおかしくなって入院したことも聞いては……私が直美を置いて行ったせいで……私のせいで二人とも大変な想いをさせて……はぁ……ごめんね直美ぃ……私がもっとしっかりしてたら……」
「あぁもぉ……だからこの話嫌だっていったのにぃ……何度も言うけど直美はいまこぉしてお母さんといっしょに居られて幸せなんだからもういいのぉっ!!」
「で、でも……」
「でもも何もないのぉっ!! この話はもぉ終わりなのぉっ!! お母さんも変に謝るの厳禁っ!!」
話の中で自分の愚行を思い出してしまったのか亜紀が申し訳なさそうに直美へと頭を下げようとする。
そんな亜紀の言葉を聞いた直美は大声で叫びだし、強引にこの話題を打ち切ってしまった。
(直美ちゃん……てっきり祖父母の事を嫌ってるから不機嫌そうにしてるのかと思ったら、亜紀が変に気負わないか心配してたのか……)
居間の会話でお互いにお互いを思い合っていることを再確認できて、それ自体は胸が温かくなるほど嬉しかった。
しかし同時に俺は一つだけ疑問を抱いてしまう。
(でもじゃあ亜紀の事を抜きにして考えたら……直美ちゃんは自分の祖父母のことをどう思ってるんだろう?)
適当に養育費だけを振り込み顔を見せようともしない祖父に、記憶にない頃とは言え虐待染みた真似をしていた祖母。
普通に考えたら絶対に良い印象を抱いているとは思えないが、本当のところは本人でなければ分からない。
(いや、直美ちゃんだけじゃない……亜紀にしても自分の両親をどう思っているのか……後でそれとなく聞いてみないと……)
そこのところをまずははっきりさせようと思う。
その上で、亜紀の母親の件をどう伝えるか……考えて行こう。
「直美……うん、わかったもう言わないから……ありがとうね?」
「も、もぉぉ……そ、それより暗いお話はもう止めにしていい加減にお遊びしようよぉ~っ!!」
「そうねぇ……貴方達が良いって言うなら私達は口を挟まないけど……ねぇ史郎?」
「え……あ、ああ……」
そんな俺の考えを他所に直美はトランプを切り混ぜながら、今度こそ遊ぼうと皆を居間に呼び寄せてくる。
流石にこの流れを無視して……何より直美自身が祖父母の話題を打ち切ったのに、もう一度切り出すことはできなかった。
(……何とか後で、亜紀の居ない所でそれとなく聞いてみよう……逆に亜紀には直美ちゃんの居ない所で素直な気持ちを……特に祖母をどう思っているのか……全てはその答え次第だ……)




