史郎と霧島母娘㉕
「じゃあまた明日ねおじちゃんおばちゃんっ!! おまけに史郎おじさんもっ!!」
「お、俺はおまけかぁ……ま、まあいいやお休みね二人とも……」
「お休み二人とも……直美は帰ったら夜更かししないで早く寝なさいよ?」
「ちゃ、ちゃんと寝かせますから……お休みなさいおじ様おば様……史郎もまた明日、ね?」
霧島家の前で手を振っている直美と亜紀にこちらもまた自宅の前で手を振り返す。
遊びも一段落したところで、旅疲れから両親がそろそろ休みたいと言いだしたので早めに解散となったのだ。
尤も直美は最後まで遊び足りないと不満そうにしていたが、両親が明日は一緒にお出かけして直美の好きな物を買ってあげると約束するとこの通りご機嫌な様子で亜紀と共に帰っていく始末だった。
(やっぱり俺の両親の方が直美ちゃんに甘い……直美ちゃんも猫被って甘えまくりだし……困ったもんだ……まあでも亜紀の事で問題にならなくて良かったなぁ)
ああして直美が笑っていてくれて、隣では亜紀も微笑みを浮かべている。
結局あの二人のそんな姿を見ていたら、他の問題何かどうでもよくなってしまう。
そんな大切な二人が家に入るまで見守ってから、俺は両親と共に自分の家へと戻った。
「ふぅ……直美は本当に元気ねぇ……それにあんなに幸せそうに笑えるようになって……良かったわね史郎?」
「……ああ、お袋たちもそう思うだろ? それもこれも亜紀が戻ってきてくれたおかげだよ……俺一人じゃとても……」
「そうみたいだなぁ……料理も上手いし洗い物も手慣れた様子だったし……本当にあの子は変わったんだなぁ」
「そうねぇ……それに史郎、あんたも凄く幸せそうだし……これならもう私たちが心配する必要はなさそうね……」
直美に付き合って疲れたのか俺の両親は軽くため息をつきながらも、どこか安堵した様子で俺をじっと見つめてきた。
そして更に亜紀を認める様な言葉まで呟いていて、その様子を見て俺もまた安堵に胸を撫でおろした。
(よかった……やっぱり俺の両親は今の亜紀を認めてくれるみたいだ……これならもう何も心配はいらないかな?)
「そうだなぁ……じゃあやっぱりあの話はもう必要ないかな母さん?」
「うぅん、でもまあ一応史郎には話しておいた方が良いと思うわよ? 選択肢は多い方が良いでしょうし……」
「な、なんだよそれ? まだ何かあるのか?」
しかし次いで二人が交わした含みを持たせた会話が気になり、俺は少しだけ身構えてながら尋ねてしまう。
「いや、大したことじゃないさ……ただ俺達も前からお前たちの環境には気にかけててなぁ……」
「ほら、前の直美は周りの人の目を気にしているところがあったじゃない?」
「……ああ、色々あったから……だけどもうある程度吹っ切れてるみたいだから別に……」
「だけど近所の人の評判とかはそうそう変わらないだろうし、近くを出歩いたり買い物するのだって大変なんじゃないか?」
「そ、それはまあ……」
確かに両親の言う通りこの街に住む人たちが俺達に向ける目は未だに厳しいままだ。
だから亜紀はわざわざ隣町まで買い物に行っているほどであり、また今日だって実際に駅に来るために変装染みた真似をしなければならなかったのだから。
「だからあんた達さえ良ければいっその事、直美が高校を卒業するのを頃合いにここの家を処分して皆で私たちの居る田舎に引っ越したらどうかと思ってたんだけど……」
「えっ!? こ、この家を処分っ!?」
「ああ、俺達も家自体には思い入れはあるがどうせ隣人トラブルのせいでうちも近所から良い目で見られているとは言い難いからな……だから直美が一応社会に出られる年齢になって保護者の許可無しで動いても良いようになったら皆で田舎に行くのも悪くないと思ってたんだが……」
「そ、そんなこと考えたのか……だ、だけど……」
ようやく両親が言いたいことが分かった俺だが、余りにも寝耳に水な提案過ぎて困惑を隠せなかった。
(こ、この家を処分……小さい頃から過ごしてきて亜紀や直美ちゃんとの思い出がいっぱいあるこの場所を離れるなんてそんな……だけど確かに苦労はしている、というか亜紀にさせちゃってるのも事実だし……で、でもだからって……)
「まあ落ち着け史郎、別に強制しようってわけじゃない……ただそういう方法もあるんだがって話だ……」
「そうよ、こうして会いに来たらあんたら思ってたよりずっと楽しそうに暮らしてるみたいじゃないの……だから忘れてくれてもいいわよ」
「あ、ああ……わかった……いや、でも少し考えておくよ……」
そんな俺に両親は気にしなくていいと言ってくれる。
しかし直美や亜紀、それに俺自身も含めた三人の将来を思えばこの提案を軽く流して忘れることは出来そうになかった。
(そりゃあ俺達は今のままでも幸せだけど……周りから偏見の目で見られない場所に越したほうが亜紀や直美は物理的にも精神的にも楽になるんじゃないのか? もしそうだとすれば俺は……あの二人とさえ一緒にいられればどこでだって俺は……)




