史郎と霧島母娘㉒
「え、えっと……じゃあ、また後で……」
「ご飯できたら呼ぶからねぇ~っ!!」
ぺこぺこと頭を下げている亜紀と笑顔でぶんぶんと手を振っている直美。
そんな二人が夕食の支度をするために霧島家へと入っていくのを見届けると、俺と両親もまた自宅に入り荷物を下ろした。
「まさか亜紀ちゃんが自分から料理するって言いだすなんてなぁ……」
「本当、変われば変わるものねぇ……あの頃は家事どころか自分の身の回りのことすら疎かにしてたのに……」
亜紀の事を信じると言ってくれた両親だが、やはりどうしても過去の印象が脳裏をちらつくようだ。
もちろんそれは仕方がないことだし、他所の奴らと違い実際にこうしてちゃんとしているところを見てくれているのだからすぐにでも考えを改めてくれるだろうと確信はしている。
「だから言っただろ、今の亜紀は直美の母親としてふさわしい人間になろうと頑張ってるんだって……しかも迷惑をかけたからって俺の分の家事まで色々とやってくれてるし……凄く助けられてるんだからな」
「……へぇ」
「……ほぉ」
それでも俺は亜紀が僅かな間でも誤解されていることにモヤモヤした気持ちを覚えてしまい、つい強めの口調で擁護してしまった。
果たして俺のその態度を見た両親は少し驚いたような顔をしたかと思うと、何やら安堵したような声を漏らした。
「な、なんだよその気の抜けた返事は?」
「ふふ、いや何……昔、あの子が変わった時にお前が一番傷付いていただろ? だから正直なところ、もう少し色々と葛藤染みた想いでも抱いてるんじゃないかと思ってたんだが……」
「あんたは昔っからお人好しな上に我慢強いから、苦しい事でも自分が耐えればって思い詰めることもあったから心配だったのよ……だけどその調子だと大丈夫そうねぇ……まさかそこまではっきりと言うなんて、本当に亜紀ちゃんのことを信じてるのねぇ……」
その安堵した様子と言葉から、何となく両親がわざわざ顔を出した本当の理由が分かった気がした。
(直美ちゃんから事情を聞いて、亜紀が本当に変わったのか確認に来ただけかと思ってたけど……俺や直美ちゃんが無理してないかも気にして様子を見に来てくれたのか……)
かつて俺が亜紀に裏切られて、どれだけ傷付いて苦しんでいたかを知っていたからこそ心配してくれたのだろう。
まさかこの歳で親心とでもいうべき愛情を垣間見ることになるとは思わなかったがために、何だか俺はありがたい様な気恥ずかしい気持ちになってしまう。
「……当たり前だろ……亜紀はかぞ……直美の母親で、俺の幼馴染なんだから……」
「……ふぅん、幼馴染ねぇ」
「……ほぉ、幼馴染かぁ」
思わず照れ隠しにそっぽを向きながら答えたのだが、気が抜けてしまい一瞬亜紀の事をいつも通り家族だと言いそうになってしまう。
しかし流石にこの発言は細かい事情までは把握していないであろう両親には誤解されかねない。
だから慌てて言い直したのだが、それを聞いた両親は何故か今度は怪しげな笑みを浮かべるのだった。
「な、なんだよ?」
「いや別に何も……ただお前も、まともになった亜紀ちゃんも良い歳で……直美ちゃんという鎹もいるのに未だに幼馴染という関係で止まってるのかなぁと……」
「な、何言ってんだ親父っ!?」
「それにアンタ幼馴染だった頃の亜紀ちゃんと結婚するって言ってたわよねぇ? あんなことがあったとはいえ、既に過去のことは割り切ってるみたいだしその上で初恋の子が甲斐甲斐しく尽くしてくれてるってなったら……ねぇ?」
「お、お袋までっ!? な、何が言いたいんだよっ!?」
「要するに、だ……俺達が元気に動けるうちに……」
「孫の顔を見せてもらえるのかいって聞きたいのさ?」
「っ!!?」
(な、ななな何でそんな息があった返答をっ!? ま、まさか親父もお袋も今回顔を出した一番の理由ってそれを聞きたかったからなのかぁっ!? し、しんみりして損したぁっ!?)




