表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

298/319

史郎と霧島母娘⑱

「もしもし、ちょうど今電車を降りたところだけど……亜紀は駅のどの辺にいるんだ?」

『え、えっと改札機の傍で待って……あっ!? 史郎こっちこっちっ!!』

 いつも出勤に使っている駅で降りた俺は電話を片手に改札まで来ると、周りをぐるりと見回して亜紀を探す。

 すると目立たない隅の方で俺と同じく電話を片手にこちらへと手を振っている亜紀と思わしい女性が居ることに気が付いた。

 ただその顔には普段は着けていない伊達眼鏡とマスクが装着されていて髪型もいつもとは違いポニーテールのように後ろで結わえられている。


 おかげで印象がかなり違って見えるために遠目では流石に亜紀だと断言することはできなかったが……むしろそれが狙いの変装なのだから成果は上々と言えるだろう。

 尤も近づいて目元を意識して見ればまぎれもなく亜紀本人だと分かってしまうが、少なくともすれ違うだけの人達にバレる心配はなさそうだ。


「ただいま亜紀……待たせちゃったかな?」

「お帰りなさい史郎……うん、ちょっとだけね……史郎のおじ様たちが早く着いたり行き違ったりしたら困るから早めに出て待ってたの」

「そうか、その可能性も確かにあったよな……悪いな亜紀、こんな人目のある場所で待たせたりして……辛くないか?」

「ううん、平気……ちゃんと変装しているから近所の人達とすれ違っても変に注目されたりしなかったし……大体、身から出た錆というか自業自得だから……」


 そう言って亜紀はマスク越しに儚く微笑んでみせた。

 その様子からは無理をしているようには見えなかったけれど、俺は自らの配慮不足を心中で申し訳なく思ってしまう。


(幾ら亜紀からの提案だったとはいえ人の多い駅で待ち合わせする必要はなかったよなぁ……亜紀の過去に関連する問題は俺達の中では解決したも同然だけど、周囲からの評価とか視線は……こればっかりはそうそう変わらないもんなぁ……)


 ずっと傍にいた俺達は過去の亜紀と今の亜紀は全く違う人間だともう理解できている。

 しかし逆に殆ど付き合いのない……というか過去のことで避けられている近所の人たちなどは、未だに昔の噂話の印象で亜紀を露骨に見下していた。

 そして亜紀の娘である直美もその弊害を受けていたしそんな二人と共に居る俺も同じく近所の人達から避けられているままだった。


(別に周りからどう見られてようと俺たち自身は今の関係に納得してるし、亜紀と一緒に居られて幸せだからどうでもいいと思ってたけど……まさかこんな形で問題になるとはなぁ……)


 直美の前で俺の両親と騒動を起こさないためにも、先に事情を説明しておこうと思って亜紀に駅まで来てもらったのだ。

 しかし亜紀一人で出迎えても俺の両親は相手にもしない可能性が高い……どころか近所の人達と同じ反応をしかねない。

 だからこそ俺もまた仕事を早く切り上げて亜紀と合流しようと、駅を待ち合わせの場所にしたのだった。


(幾ら変装してるからって絶対にバレないってわけじゃない……だから気にしてないとは言ってもどうしても周囲を意識して萎縮しちゃうはずだ……実際にこんな隅にいたことだし……本当に俺は配慮が足らない男だ……)


「本当に大丈夫か? 何なら親父たちに連絡して別の場所で待ち合わせても……」

「ありがとう史郎、気遣ってくれて……だけど本当に大丈夫だから……それに今は史郎が傍にいてくれるから、もう周りの事なんか全然気にならないの……だから平気……ただ一緒にいる史郎が辛い思いをしたら嫌だなぁとは思うけど……」

「それは無いよ亜紀……俺だって亜紀が傍にいてくれて、こうして笑っててくれるならもう何も気にならないって」

「……そっか……ふふふ、そっかぁ……史郎も同じ……えへへ、何となくわかってたことだけどそうやって言葉にされると凄く嬉しいなぁ……」


 亜紀が辛い思いをしていないか気遣い改めて尋ねてみたが、返ってきた答えは予想外にも俺への想いを感じられる内容だった。

 その言葉が素直に嬉しく思えたからこそ俺もまた亜紀に自分の正直な本音を告げる。

 すると亜紀は今度こそ心底幸せそうな……かつて俺が好きだった頃を思い出せる素敵な笑顔を浮かべてくれた。


 マスク越しだというのにそれがはっきりと伝わってきた俺は、ドクンと胸が高鳴るのをはっきりと感じ取っていた。


(やっぱり亜紀は……こういうふうに笑っている時が一番……って今はそんなこと考えてる場合じゃないよな、気を引き締めないと……だけどこの笑顔やっぱりどこかで……そうだ直美ちゃんもこんな風に笑……っ!?)


「あ……史郎携帯なってるよ? おじ様たち着いたんじゃない?」

「い、いいや流石にまだ早いと思うけど……でもそろそろ心構えはしといたほうがいいだろうな……ってこれ……直美ちゃんからだ」

「あららぁ……あの子には泊りがけで来る史郎のおじ様たちのために私が買い物行くから、その間に史郎の家を片付けておくように言っておいたんだけどなぁ……」

「そ、そうなのか……掃除も買い物も凄く気が利いてて助かるけど……直美ちゃんはよくOKしたよなぁ……それに買い物は……」

「買い物なら本当は史郎から連絡貰ったお昼のうちに買っておいたから問題ないはず……だけどどうしたのかなぁ直美は……すっごく面倒くさそうにしてたからなぁ……とにかく出て見てよ?」

「あ、ああ……そうだなぁ……も、もしも……っ!?」

『し、史郎おじさぁあああん早く帰ってきてぇええっ!! お母さんにお掃除頼まれたんだけどつい史郎おじさんのベッドの下とか探してたら漫画を読む手が止まらなくなっちゃったのぉおおっ!! このままじゃ怒られちゃうよぉおおっ!! 可愛い直美を早く助けにきてぇえっ!! そして直美の代わりにおそぉじを……』

「……ありがとうね直美ちゃん俺の両親の為に掃除してくれて……きっと親父たちも直美ちゃんがお掃除してくれたって聞いたら感激してお小遣いくれるかもしれないねぇ……だから出来るところまででいいから一人でやりきろうねぇ~」

『そ、そんなぁああっ!! し、史郎おじさんのはくじょぉものぉおおおおっ!!』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] しようもない要件であった…/w もうしばらくは、一人で留守番してもらわないといけないねえ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ