史郎と霧島母娘⑯
「むぅぅぅ……」
「そんなに睨まないでよ直美ちゃん……そ、それよりほら早く家を出ないと遅刻しちゃうから……」
「そうよ直美……ほら機嫌直して気を付けて行って来なさいって……」
家を出る支度を済ませて玄関に集まった俺達だが、直美は未だに不機嫌さを露わにしながら俺と亜紀を訝し気に睨みつけている。
朝方に俺の部屋で亜紀と密着していたところを目撃したからずっとこの調子なのだ。
(こ、困ったなぁ……まだ誤解がとけないのか……)
どうやら直美は俺が自分の部屋で窓から見えない角度のベッドの上で亜紀と何かしていたのではないかと疑っているようだった。
もちろん誤解でしかないので俺も亜紀も否定はしているのだが……
「……二人揃って話を逸らそうとするのがまた妖しぃ……ほんとぉに変なことしてないのぉ?」
「だから誤解だってばぁ……な、なあ……亜紀……」
「私たちが貴方に隠し事するわけないでしょぉ……ね、ねぇ……史郎……」
「むぅぅっ!! や、やっぱりあやしぃいいっ!!」
あんな風になってしまった記憶も新しいせいで、どうしても亜紀を見ると顔が赤くなってしまう。
そしてそれは亜紀の方も同じなようで、つい掛け合いがぎこちなくなってしまい……それがまた直美を疑心に陥らせるようだ。
(直美ちゃんが変に疑うもんだから逆に意識しちゃうよ……それでまた亜紀を意識してぎこちなくなって、それを見て直美ちゃんがまた膨れて……ああ、悪循環すぎるぅ……)
こんなことをしている間にも時間はどんどん過ぎていき、はっきり言ってもう直美は走らないと学校には間に合わないだろう。
俺の方はまだギリギリ大丈夫だけれど、電車を一本でも乗り損ねたらその時点でアウトだ。
「うぅ……と、とにかく時間がないから続きはまた後でにして……」
「そ、そうよ直美……あんまり遅くなるとお友達が心配しちゃうだろうし帰って来てから……」
「うみゅみゅぅぅぅ……約束だかんねっ!! がっこぉ終わったら即帰って二人のべんめー聞かせて貰うんだからっ!! それでもし直美を納得させられなかったら諦めて認めて直美ともベッドの上で大人の保健体育を……」
俺達の言葉を聞いて携帯を取り出して時間を確認した直美は、物凄く悔しそうにしながらもようやく家を出ることに同意してくれた。
その際に余計なことまで口走りそうになっているが、その前に俺は直美の手を取って強引に引っ張りながらドアに手を掛けた。
「そういうのはいいからっ!! じゃ、じゃあ行ってくる……な?」
「もぉ、直美ったら玄関先で何てこと……う、うん……気を付けて行ってきて……ね?」
そして外へ出てドアが閉まる前に亜紀の方へと振り返り……目があった途端にお互い気恥ずかしくなってしまい、顔を反らし変な発音で挨拶してしまうのだった。
「あぁあああっ!! 何その意味深なやり取りぃっ!! やっぱりもっとせつめぇを……っ!?」
「い、意味深でも何でもないからっ!! 直美ちゃんが勝手に深読みしてるだけだってばぁっ!! ほら行くよっ!!」
「もぉぉぉぉっ!! 史郎おじさんとおかーさんの馬鹿ぁあああっ!!」
『ただいま電話に出ることができません。電子音の後にお名前とご用件をお話しください』
『あら? やっぱり朝は忙しいのかい? まあいいわ、後でメッセージ送っておくけど私とお父さんで今日そっちに顔出すからね? 久しぶりに暇が出来たから明日と明後日の土日ぐらいそっちに泊ってあんたらの様子でも見ておこうかと思ってね……直美ちゃんは元気にしてるかい? また猫かわいがりして甘やかし過ぎてないかい? まあ可愛い子だからあんたが甘やかしたくなる気もわかるけど……まさか懐いているのを良い事に変なことして……ってそんな度胸あるわけないかあんたに……とにかく夕方には着くと思うから出かけたりしないで直美ちゃんと一緒に待ってなさいよ』




