史郎と霧島母娘⑭
「後さ後さぁ……まだ眠くないし少し遊び足りないから何かネットゲームでも……」
「お待たせ……って直美まだお布団に入ってなかったの?」
直美のお願いに頷いて見せたところで、向こうはご機嫌を治したのか甘える様な声で俺に更なる要求を突きつけようとする。
しかしそのタイミングでちょうど亜紀が入ってきて、窓枠に縋りついている俺達に気づくと呆れたような声を漏らした。
「史郎も直美が可愛くて構っちゃいたくなる気持ちは分かるけど、明日も会えるんだからあんまり夜更かしさせるのもするのもどうかとおもうよ?」
「うぅ……す、すみません……」
軽く咎める様に呟きながら今度は俺を見つめて来る亜紀。
その言葉が余りにも正論過ぎて俺は情けなくも視線から逃れるように、頭を下げることしかできなかった。
それに対して直美は違うとばかりに首を横に振りながら、いかにも自分は悪くないとばかりに胸を張って口を開いた。
「直美はお母さんが来るのを待っててあげただけぇ~、お母さんも史郎おじさんが眠る前にお話したいだろうなぁと思ってぇ……」
「それは……まあその通りだけどさ……」
「そ、そっか……じ、実は俺も亜紀と話がしたかったからこうして直美ちゃんとお話して待ってたんだよ」
「……もぉ、二人とも調子いいんだからぁ」
直美の言い訳に亜紀が反応を示したのを見て、咄嗟に俺も顔を上げて便乗してしまう。
尤もこれ自体は嘘偽りのない俺の本心でもある……だから訝し気に見つめて来る亜紀の視線を今度は正面から受け止めることができた。
おかげでか亜紀はやはり呆れたように呟きつつも、その顔には自然と笑顔が浮かび上がってくる。
「本当だって、やっぱり一日を終える前には直美ちゃんと亜紀の……大切な家族の顔を見てお休みって言いたかったから……」
「……ふふふ、それなら仕方ないね……本当は私もこうして眠る前に史郎と顔を合わせられて嬉しかったし……お休みって言いたかったから……」
「でしょでしょぉ~、だからしょぉがなく直美が頑張って史郎おじさんが眠らないようこぉしてお話に付き合ってあげてたのだぁ~」
「はいはい、ありがとありがと……じゃあ私も来たことだし先に史郎とお話してた直美はもうお布団に入ってていいからね? 私も史郎と少しお話したらすぐ明かり消してお布団に入るから……」
「駄目ぇ~、そぉやってすぐ直美をおいて史郎おじさんと二人で仲良くしよぉとするんだからぁ……直美もお話に混ざるのぉ~っ!!」
そう言って直美は亜紀の腕にしがみ付きながら俺の方を見つめてくる。
そんな子供の様な直美を亜紀は困ったように……それでいて愛おしそうに見つめるばかりで、どうしても振り払えないようだった。
「……もぉ、困った子なんだからぁ」
「直美良い子だもぉん……ねぇ史郎おじさん?」
「あはは……まあちょっと我儘だけど、良い子ではあるねぇ」
「なにそのいーかたぁ……もっと素直に褒めてくれてもいーじゃん……ぶぅ」
直美に問いかけられた俺は一応肯定してあげたのだが、どうも言い方が気に入らなかったようだ。
直美は亜紀の腕こそ離さなかったが、露骨にむくれながらそっぽを向いてしまう。
「実際に我儘言ってるんだから仕方ないでしょ直美……それより史郎にちゃんとお休みって言ったの?」
「むぅぅ……まだ寝ないもぉん……お母さんとのお話が終わってほんとぉに眠る直前まで言わないもぉん」
「やれやれ……このままじゃまた寝坊しちゃいそう……だからゴメンね史郎、今日のところは挨拶だけで……名残惜しいけど……」
申し訳なさそうに呟く亜紀……先ほど俺がお話したいと言っていたからこそ、早く終わらせることに罪悪感を抱いてしまっているのだろう。
「そうだね、明日もあることだし……どうせまたそっちにお邪魔するし、何よりお話ならこうして窓越しにいつでもできるもんな……」
「うん、いつでもこうやって窓越しに声を掛けてくれていいからね? 私も何かあったらここから史郎を呼ぶから……昔みたいに……」
そんな亜紀に気にしないよう告げると向こうも納得したように頷いて……顔を上げたところでお互いの目と目が合った。
途端に俺の脳裏に過去の光景がフラッシュバックしてきた。
(ああ、そうだ……そう言えば子供の頃もこうして何かあるたびに亜紀と窓越しに呼び合ってたっけ……)
「……ふふ、ちょっと思い出しちゃった……確かあの頃もこうしてほとんど毎日のように眠る前にお話してたよね?」
「……そうだったなぁ、確かにあの頃も眠る前にこんな風に会話してたよなぁ」
「へぇぇ……ここがお母さんの部屋だったって言うから直美達みたいにお話はしてると思ってたけど眠る前の挨拶もしてたんだぁ……ふぅん、眠る前に……一体どんな会話してたのかなぁ?」
そこでそっぽを向きながらも俺達の会話を聞いていた直美が興味深そうな様子でこちらに向き直り話に加わってくる。
「どんな会話って……まあ大したことじゃなかったよ」
「うん、当時の私が色々とだらしなかったから明日の持ち物とか宿題とか……要するに忘れ物しないように注意してくれたぐらいだよねぇ」
「嘘だぁ……だって史郎おじさんとお母さんは高校までな仲良しだったんでしょぉ? そんなお互いお年頃になってすぐ傍に魅力的な同い年の異性がいたってぇのに真夜中にする会話がそれなのぉ……ほんとぉはもっと色気のあるお話とかしてたんじゃないのぉ?」
「何を疑ってるのか、それとも心配してるのか知らないけど……安心しなさい直美、本当にそういう話はなかったんだから……史郎は物凄く真面目でバスタオル姿の私を前にしても冷静に対処するぐらい理知的だったんだから……」
「えぇ……史郎おじさん、そんな思春期真っ盛りの頃からそーしょくけぇまっしぐらだったのぉ……それともまさか枯れて……」
「そんなわけないでしょうがぁ……あのねぇ今更だから言うけど正直色々と思うところは……」
「えっ!? そ、そうなんだ……ぜ、全然知らなかったぁ……え、えっとそれっていつから意識し始めて……」
「おぉぉ、お互いに気づいていなかった新事実ぅ~……それでそれで続きはぁ~……」
結局そんな風に話が盛り上がってしまい、またしても俺達は夜更かしする羽目になってしまうのだった。




