史郎と霧島母娘⑬
「史郎おじさんおっそぉ~いっ!! どこで油売ってたのぉっ!! 直美ずっと待ってたんだからねぇっ!!」
部屋に戻った俺が窓へと近づく前に、向こうから身を乗り出しながら直美が大声で叫んでくる。
どうやら俺が帰った後、すぐにここへ移動して俺を待ち構えていたようだ。
(ずっと待ってたってついさっきまで一緒に遊んでたでしょうが……)
少しばかり理不尽さを覚えるが、直美の表情は頬を膨らませてこそいるが俺をじっと見つめていて……嬉しさを隠し切れないとばかりに眉や口元が緩んでいた。
そしてそんな直美を見ていると俺も先ほどまでの寂しさが吹き飛んで、むしろ嬉しさが込み上げてくるのだ。
「ごめんごめん……だけど俺だってまっすぐここに向かって来たんだけど……」
「ダッシュすればもう10Fは記録コーシン出来たでしょぉっ!! 可愛い直美の顔が見たかったら最短ルートをこーちくしなさいっ!!」
「帰宅RTAとか馬鹿な真似したくないんだけどぉ……というか直美ちゃんは日常会話にゲーム用語を使い過ぎじゃない?」
「いーの、そのほーがわかりやすいんだからぁっ!! それに史郎おじさんにはつーじるから問題ないっしょ?」
「いやそりゃあまあ分かっちゃうけどさぁ……だけど俺はともかく亜紀は……って亜紀はいないのか?」
直美のふざけた物言いに苦言を漏らしながらも何だかんだでこんな会話も楽しんでいた俺だが、そこで窓の向こうにある直美の部屋に亜紀の姿がないことに気が付いた。
まともに使える寝具が直美の部屋のベッドしかない……という名目でいつも母娘で仲良く同じ部屋で一緒に眠っているはずだ。
当然こうして眠る前に窓越しで会話する際にも亜紀を交えた三人で行うのが普通だったから、少しだけ不思議に思ってしまう。
「むぅぅ……またおかぁさんのこと気にしてぇ……お母さんならまだやることあるって下でなにかさぎょーしてんのぉ……」
「そ、そうなのか……じゃあもっと早く遊びを切り上げて手伝ってやるべきだったかな?」
「うぅん、直美も手伝おーかって聞いたけど大したことじゃないから一人でへーきだって……それにすぐ済むから先にベッドで休みなさいって言われちゃったぁ……」
「直美ちゃんは最近夜更かし気味で朝も辛そうだからねぇ……だけどなんでわざわざこんな時間に……?」
普段と違う亜紀の行動に俺は少しだけ疑問を抱いてしまう。
(仮にも俺と……い、いや俺達三人で過ごせる時間だって言うのにそれを減らしてまでしなきゃいけないこと……なんだろうけど……)
亜紀の顔が見れないことにほんの僅かな寂しさを覚えてしまう俺。
どうやら俺は自分でも思っていた以上に直美と亜紀の三人で過ごす時間を大切に想いすぎているようだ。
「……おかぁあさんのことそんなに気になる?」
「えっ?」
そんな俺にふと直美が今までとは違い、感情を抑えたような声で尋ねて来る。
急な変化に驚きつつ改めて直美の顔を見つめ返すと、今度はその顔にはっきりと不満と……不安がにじみ出ているのが分かった。
「なんかさぁ、最近史郎おじさんとおかーさん妙に仲いいよねぇ……直美の知らない昔の話を懐かしそうにしてるしさぁ……今だって直美とお話してるのにお母さんのこと気に掛けちゃってさぁ……」
「あ……ご、ごめんね直美ちゃん……嫌な思いをさせちゃったかな?」
「別に史郎おじさんとお母さんが仲良くしてるのを見るのは嫌いじゃないけどさぁ……なんてゆーか、二人ばっかりどんどん仲良くなってズルいなぁって思う……私だってずっと史郎おじさんの傍にいたのにさぁ……」
「直美ちゃん……」
寂しさと悔しさが入り混じったような複雑な感情を込めながらそう呟いた直美。
その姿が余りにも儚く思えて、俺は反射的に名前を呼びながら直美に向かい手を伸ばしていた。
果たしてそれを見た直美は、おずおずと自らも手を伸ばして俺の手を取りギュっと握りしめてくるのだった。
「史郎おじさん……直美我儘だからいっちゃうけどさぁ、もっと直美とも仲良くしてよぉ……今まで以上にさぁ……」
「ごめんごめん、分かったよ直美ちゃん……これからはもっと直美ちゃんとも仲良く……」
「それとお母さんのことも独占しないでよね……直美のお母さんなんだから直美以上に親しくしちゃ駄目なのぉ~」
「え……あ、ああそっちもなのね……」
「当たり前でしょぉ……後でおかーさんにも言っとくけど、二人とも仲良くするのは良いけど直美のことが一番で居てほしいのぉ……そぉじゃなきゃ駄目なんだからぁ……」
自らを我儘だと称した直美はそんな本当に自分勝手な……可愛らしいお願いを口にするのだった。




