史郎と霧島母娘⑪
「よぉし、直美がジャンプマスターだぁっ!!」
「だ、駄目だからね直美ちゃん……すぐ激戦区に即降りしないでちゃんと他のプレイヤーの動きを……あぁぁっ!?」
「わ、わわわっ!? め、目の前に敵が……ぶ、武器はどこぉっ!?」
直美の髪の毛が乾いたところで、いつも通り三人で遊び始めた俺達。
元々は直美と亜紀が母娘としての仲を少しでも取り戻しやすくするために始めたことだったが、今では俺達にとって大切な団らんの時間……というか習慣になってしまっている。
(だけどやっぱりこれも……なぁんか懐かしいよなぁ……)
「はぅぅっ!? し、史郎ぉ……やられちゃったぁ……」
「まだダウン状態で復活させれるから、敵の位置をピン指しながら止め指されないようにシールド張って耐えててよ、助けに行くから。直美ちゃん、準備できたら一緒に行くよ」
「おっけぇ~、こっちはマフマフとフラトラゲットできたから基本負けないよぉ~」
ゲームに慣れていない亜紀は相変わらずあっさりやられて涙声で俺に助けを求めて来る。
そんな亜紀を手馴れている直美と一緒に助けにいこうとするが、この状態が妙に昔を……俺と亮と亜紀の三人で遊んでいた頃を思い出させるのだ。
(あの時もゲームが得意じゃない亜紀はすぐにやられて俺達が助けようとしてたよなぁ……)
ただあの頃とは決定的に違う点がある。
それは亜紀の表情だ。
「早く早く……あぁっ!? や、やられちゃったよぉっ!!」
かつてはあっさりやられても大して気にした様子もなかったのに、今はどこか悔しそうに画面を見つめている。
それはつまり、俺達とやっているゲームに亜紀も関心を持っているという証拠だ。
(昔の俺はそんなこと気づきもしないで自分の好きなゲームに付き合わせてばっかりだったもんなぁ……そりゃあ呆れられても無理ないよなぁ……)
「あっちゃぁ、箱になっちゃったかぁ……まあビーコンだけ回収して後で復活させるから、ちょっとだけ待って……うおっ!? じょ、序盤なのにスナイパーがいるぅっ!? しかもこの精度……スコープ付きかよぉっ!?」
「うわぁ、めんどぉい……だけど一人が遠くの高台から打ってるってことはこっちのほぉは手薄のはず……ちゃちゃっと接近してきた奴ら倒してたいせーを立て直……げっ!? し、史郎おじさんもう一部隊来てるぅっ!?」
「なぁっ!? だ、だから激戦区に即降りは駄目だって……うおっ!? ちょ、ちょっと俺この物陰から動けないっ!! 直美ちゃんフォロー出来ないっ!?」
そんなことを考えながらゲームをしていたからか、気が付いたら俺達は前後を別々の敵パーティ同士に挟まれてしまっていた。
このままでは全滅まったなしなので、一旦引いて体勢を立て直す必要があるのだがスナイパーとその仲間と思しき奴らが俺を注視していてちょっと覗き込むだけでも銃弾が撃ち込まれてしまう状況だ。
これでは動くに動けない……だから直美に援護をお願いしたが、ミニマップに表示されている仲間のアイコンが凄まじい速度で遠ざかっていくのに気が付いた。
「流石に無理ぃ~っ!! ごめんね、二人のとぉといぎせーは忘れないからっ!!」
「ちょぉっ!? み、見捨てないで……げげっ!? こ、このタイミングでスキャン……て、てか位置的にまた別の部隊かこれっ!?」
「し、史郎頑張ってぇっ!! そして早く私のビーコン拾ってぇっ!! じゃ、じゃないとタイムリミットがぁぁっ!?」
「そ、そんなこと言われて……くぅっ!!」
「おぉ~、さっすがしろぉおじさん……あっという間に二人もダウンさせてるぅ~……まあ現実はひじょぉなんだけどねぇ~」
直美が全力で逃げ出したタイミングで更に別の敵パーティが特殊能力でもって一人孤立している俺の位置を看破して突っ込んできた。
仕方なく手持ちのショットガンを頭に叩き込むことで、反撃を喰らいながらも何とか二人は倒すことができた。
しかしそこで三人目までやってきて、おまけに戦闘音を聞きつけた他の奴らも漁夫の利を狙おうと遠くから攻撃を仕掛けて来る。
こうなるともうどうしようもなく、俺のキャラもあっさりと止めまで刺されてしまうのだった。
「だ、駄目かぁ……まあ仕方ないけどなぁ……直美ちゃん、可能なら助けに来て……駄目なら隠れて順位上げしていいけど……」
「うぅん……いちおー様子は見に行くけど期待しないでよぉ……」
「うぅ……どっちにしても私はもう復活できない……あぅぅ……結局何もしないまま負けちゃったよぉ……」
操作する必要のなくなった携帯ゲーム機を置いてため息をつく亜紀……俺もまたしばらく操作できないコントローラーをおくと、ゲーム画面に集中して切る直美をチラリと見た後で亜紀に向き合った。
「まあ今回は仕方ないよ、直美ちゃんがあんな激戦区に降りたから……だけどやっぱり亜紀はFPS、というかこういう対戦するゲームは苦手か?」
「そりゃあそうだよぉ、史郎達と違ってそこまでやり込んでないし……ゲーム自体そこまで好きじゃなかったからねぇ……」
亜紀もまた軽く肩を解しながら俺の方を見つめて……かつては言わなかった本音をはっきりと伝えてくれる。
「そっかぁ……そうだよなぁ……何でもっと早く気づいてやれなかったのかなぁ……」
「昔のこと? それは無理もないよ……私も史郎のご機嫌取ろうと隠してた面もあるし、何より二人とも……まだ幼かったから……」
「それはまあ……だけどなぁ俺は……」
亜紀の言葉に当時を思い返しつつ、そっと直美の方へと視線を向ける。
「抜き足差し足……よぉし、気づかれてない気づかれてない……」
真剣な顔でゲームをやっている直美……その様子はやはりどこか幼く感じられた。
当時学生だった頃の俺は自分を大人の仲間入りしていると思っていたけれど、やはり第三者の目から見ると今の直美と大して変わりなかったのだろう。
そしてそれは亜紀も同じだ……結局は若すぎてすぐ傍にいたはずの相手のことに意識を払うこともできていなかったのだ。
(だけど当時の俺は亜紀のことが好きで……大好きで……なのにそんな愛する女性のことをちゃんと見てあげられていなかったなんて……どうしようもない奴だなぁ俺は……)
幼馴染で何も言わなくても全てわかり得ている関係だと思い込んで、ちゃんと好きな人を正面から見ようとしていなかったことに今更ながらに気づかされてしまう。
「だけど俺は……何?」
「……いや情けないなぁって……一度でいいから亜紀に何をしたいか聞けばよかっただけなのに……」
「ふふふ、史郎は真面目だなぁ……私が馬鹿だっただけなのにそんなに気にしてくれて……だけどまあ、あの頃はああなっちゃったけどそのおかげで今があるから……ね?」
そう言って亜紀もまたゲームに熱中している直美へ視線を移し、幸せそうに微笑むのだ。
(そうだよなぁ……確かにあの時、俺か亜紀のどっちかがしっかりしていたら多分二人ともあんな苦しい思いはしなくて済んだかもしれない……だけどその代わりに直美ちゃんと出会えたって言うなら……それだけですべて許せる気がするよ……)
「そうだな……だけど亜紀、これからはやりたい事とか嫌なことがあったらちゃんと言ってくれ……俺もちゃんと聞くし、素直に答えるから……」
「ありがとう史郎……でも大丈夫、私今は二人とやるゲーム好きだから……あの時もゲームをやってる史郎を見るのは好きだったけど、今は二人と一緒に遊べることが楽しくて仕方ないの……それにローテーションで何をして遊ぶか決めるようにしてくれてるじゃない……それで十分だよ」
「まあ基本的に直美ちゃんがやりたいことになっちゃうんだけどなぁ……やっぱりちょっと甘すぎるかなぁ……」
「だって可愛くて仕方ないんだもの……本当に可愛いし綺麗だしスタイルも……ちょっと肉付きが良い方が男子受けするだろうし……はぁぁ……私の娘って世界で一番可愛くない?」
「はは……俺も同じようなこと考えたことあるよ……お互い親バカだなぁ……うぉっ!?」
「史郎おじさんっ!! 後ろでおかーさんとイチャついてないでせんとぉ再開だよぉっ!! おかーさんは私を膝の上に座らせて後ろで観戦しておべんきょぉすることぉっ!!」
「ふふふ、了解です……顔が真っ赤な私たちの大切なお姫様」




