史郎と霧島母娘⑥
「ただいまぁ……はぁぁ……」
仕事が終わり今日もまた違う意味で疲れ切ってしまった俺。
(うぅ……仕事自体よりあの子と亮の愚痴を聞かされてる精神的疲労がヤバい……帰り道でもずっとだもんなぁ……)
肉体的な疲労よりも精神的な負担に苦しみながらも何とか自宅へと帰り着いた俺は、最後の力を振り絞って自室までたどり着いた。
すぐにベッドへ倒れ込もうとした俺だが、その前に毛布がこんもりと膨れ上がっていることに気が付いた。
「……直美ちゃん?」
「…………」
すぐにその正体を看破した俺は声を掛けるけれど、わざとらしいまでに何の反応も返ってこない。
仕方なく近づいて毛布を捲り上げようとするけれど、内側から握りしめられているのか完全に捲ることはできなかった。
それでも張りのあるちょっと肉付きの良すぎて触り心地の良さそうな太ももが……ちょっとお洒落なレース入りのパンツと共に白日の下に曝け出された。
「ちょぉっ!? な、直美ちゃんなんでこんな格好でっ!? と、というかこのぱ、パン……っ!?」
「……っ!?」
まさかこんなはしたない格好をしているとは思わなかったために思わず動揺して声が大きくなってしまう。
それを受けて直美もまた流石に恥ずかしいのか何なのか、僅かに身体を震わせたけれど結局何を言い返すことも無かった。
(な、何を考えて……いや亜紀が来る前は結構こんなだらしない格好してたけど、最近はお洒落に気を配る様になってたのに……し、しかしいつの間にこんな破廉恥な下着を切る様に……うぅ……)
かつての直美は自分で洋服を狩ったりしなかったために、基本的に俺達がネット通販で購入した子供用だったり飾り気のない下着しか持ってなくて……それどころかたまぁに面倒くさいとかで俺用のトランクスを穿いていたぐらいだった。
そんな彼女がこんな凝った見た目をした下着を身に着けているところは、何故か妙に俺の胸を高鳴らせた。
(こ、このドキドキは……お洒落に気を遣うようになった喜びとか感激だよな……そ、そうに決まってる……だ、だけど何だってこんな格好でしかも人のベッドで寝てるのさぁっ!!)
「な、直美ちゃんってばっ!! 起きてるんでしょっ!!」
「……うぅ……こ、声が大きいってばぁ……それじゃあお母さんに気づかれ……」
「お、お帰り史郎っ!! 帰ってたんだねっ!!」
「あ、ああただいま亜紀……」
「や、ヤバ……っ!!」
もう一度大声で話しかけたところ、ようやく直美は返事をしたがそこで俺の叫び声に気づいたらしい亜紀が隣の窓から顔を出してきた。
しかしそこで直美は慌てだすと、亜紀から隠れるように再び毛布に包まってしまう。
「気づかなくてごめんね、ちょっと直美を探してて……というかそっちに隠れてたりしない?」
「……っ!!」
「え、えっとぉ……な、何かあったの?」
亜紀の言葉を聞いて反射的にベッドの方を見ると、毛布が露骨に震えていた。
だからここにいると言い辛くて、あえて答えないで尋ね返してみた。
すると亜紀はちょっと困ったような顔をしたかと思うと、恥ずかしそうに視線を反らしつつもチラチラ俺を見つめながら呟いた。
「うぅ……あ、あのねちょっと……というか物凄く言いづらいんだけどぉ……あの子、私が試作で作ったお洋服来てどっか行っちゃったのよぉ……」
「えっ? し、試作でお洋服って……ど、どういうこと?」
思わぬ返事に尋ね返すと、亜紀はモジモジと両手の指を合わせながら続きを話してくれる。
「だ、だからね……ほら、私って教習所に通いながら家事をしてるわけだけど最近慣れてきたから時間に余裕ができてきて……どうせならその時間を活かして何か出来ないかなぁって思ってたら教習所で仲良くなったあの子が裁縫を勧めてくれて……」
「……そう言えば亜紀は家庭科だけは成績よかったもんなぁ」
「う、うん……あの子も……中学校時代一緒にいた時のこと覚えててくれたみたいで……それで勧めてくれたの……」
しんみりと呟いた亜紀の言葉に、俺もかつてを思い返して懐かしい思いにとらわれてしまう。
(確かにミシンとか使い方上手かったもんなぁ……だけど授業以外でやろうとしなかったから完全に忘れてたなぁ……あの子はよく覚えててくれたよ、亜紀のことにも早い段階で気づいてたみたいだし……)
教習所で亜紀がセクハラされていると証言してくれた女性……彼女はなんとかつて中学時代に俺や亜紀と同じ学校に通っていた同級生だったのだ。
しかも当時余り友達の居なかった亜紀とそれなりに付き合いのあった子のようで高校進学で別の学校に行ってからは疎遠になってしまったが、向こうも友達の少ない方だったためにずっと亜紀のことを気にかけていたのだという。
だから早い段階で教習所に通っている亜紀に気づいて話しかけるタイミングを見計らっていてくれて、セクハラに関しても近々動こうと証拠を集めようとしていたらしい。
(こっちは全く気付かなかったのになぁ……まあ当時のあの子は眼鏡っ子だったのに今はコンタクトだったから印象が違ったのかもしれないけど……)
そんなわけであのセクハラ事件をきっかけに亜紀はあの子と今度はちゃんとしたお友達としてお付き合いし始めているようで、そんな彼女の言葉に影響をされて裁縫を始めたようだ。
「そっかぁ……それで実際に何か作ってみたってわけか……」
「う、うん……というか実は恥ずかしいから内緒にしてたけど数日前からちょくちょく……ついでにフリマアプリも教えてくれたから完成した奴を試しに出してみようとしたんだけど、その際に試着した写真が欲しいから直美に協力してもらおうとしたんだけど……何かのゲームに出て来る衣装に似てるとかで史郎に見せるんだって脱いでくれないどころかそのままどっかに行っちゃって……まさかお外にはいってないと思うんだけど……」
「そ、そうなんだ……だけどじゃあどうして……?」
「…………」
亜紀の言葉を聞いてむしろ何で直美が下着姿で隠れているのか逆に不思議になりそんなことを呟いてしまう。
するとそこで毛布の中から無言で手が伸びて来て……俺の部屋にあるクローゼットを指し示した。
果たしてそこを開けてみると中には純白のドレス風の衣装が掛けられていたが、微かに汚れが付いている上にフリルの一部が破けていた。
(ああ、そういうことかぁ……)
恐らくこれを着てテンションが上がったままに行動していたがためにこうなってしまい、叱られるのが怖くて逃げ回っているのだろう。
服を脱いでいるのはこれ以上汚したり壊したりしないための配慮なのだろうけれど……余りにも子供っぽい行動に俺は呆れるどころか一蹴回って微笑ましさを覚えてしまうのだった。
「ど、どうしたの史郎? 急にクローゼットなんか開けて……」
「いやちょっと待ってて……直美ちゃん、一緒に謝ってあげるから……出ておいで……」
「……はぁい……おかぁさん、ごめんなさぁい」
「や、やっぱりそこに居たのね……ってな、何でそんな格好してるのっ!? ま、まさか史郎と……だ、駄目よその年でっ!! せめてちゃんとゴムは……」
「ち、違うからっ!! そうじゃないからぁっ!!」




