史郎と霧島母娘⑤
「うぅ……雨宮課長ぉ……酷いんですぉ亮さんたらぁ……」
「……そっか、それは大変だねぇ……だけど俺、午後から取引先に行かないといけないから早く昼ご飯食べて出ないと……」
昼休みに休憩室で食事をとっていたところ、いつも通り後輩の子が泣きついてきた。
亮とこの子が同棲してからもう半年以上が経過しているが、最近は毎日のようにこうして悩みがあると相談を持ち掛けてくるのだ。
しかし俺はこの件に関して首を突っ込む気はもう欠片も無かった。
(勘弁してくれぇ……お前らのイチャつきに俺を巻き込まないでくれよぉ……)
「す、少しぐらいいいじゃないですかぁっ!! 聞いてくださいよぉ、亮さんたらまた内緒で求職サイトにアクセスして仕事を探してたんですよぉっ!!」
「……いいことじゃないの」
「ぜんっぜんっ!! 全く良くありませんよぉっ!! あんな格好良くて素敵で何でもできて最高の人が外に出たら他の女性が放っておかないじゃないですかぁっ!! しかもあの人はお人好しだから変な女の罠に簡単にかかって騙されて……ああっ!! 駄目よ、亮さんっ!! 貴方を守れるのは私だけなのっ!! 私達の家から一歩でも出たら危険なのっ!! どうしてわかってくれないのっ!!」
「……ああ、ご飯美味しいなぁ……もぐもぐ……うぅ……」
俺の言葉に即座に反論した彼女は、そのまま気持ちが昂ったのか身体をくねらせながら何か世迷言を叫び始めた。
尤もどうせこうなることは今までの経験で理解していた俺はもう取り乱すこともなく視線を反らして食事に専念しようとするが、何故か途中で涙が零れ落ちそうになる。
(ま、まさかここまでこの子がヤバい子だとは思わなかったよぉ……あの亮がモテると思い込んでる辺り、もう正常な判断力も失ってるみたいだし……その割には仕事面じゃ絶好調だから会社も見て見ぬふりしてるしさぁ……これも亮を囲い込み養い続けようという愛情のパワーなのかぁ……はぁ……)
はっきり言ってもう俺では彼女を止めることは不可能だ……それが可能なのはそれこそ亮の言葉だけだろう。
そして同時に亮が彼女の暴走を止めることができないことも、俺は痛いほど理解してしまっていた。
ポケットに入れてある携帯を取り出してみると、やはり今日も亮からメッセージが送られてきている。
『なあ史郎、例の話彼女にしてくれたか? 専業主婦になって欲しいって話だ……あんな魅惑的でありながらも可愛げのあるあんな女性が外に居たら変な男が寄って来ちまうっ!! 頼むよ史郎っ!! 俺はあの子だけは失いたくないんだっ!! だから働くのは俺に任せるように言ってくれっ!! 顔を見たらついイチャイチャしちゃってそういう話できないんだよっ!! お前だけが頼りなんだっ!!』
(……どうしてこうなったぁ)
同棲した当初こそ亮はまだ冷静だったが、彼女がドンドン入れ込んでいったように亮もまた日を追うごとに彼女の魅力に惹かれていった。
そして何がきっかけなのかはわからないが、彼女との婚約を俺達に伝えた途端に……この様だった。
「雨宮課長っ!? 聞いてますかっ!! だから亮さんに雨宮課長からもお家の外は危険だと言って聞かせて……」
「……俺が言う前にまず君たち二人で話し合ったほうが……」
「わかってますよっ!! だけど亮さんのあの甘くて蕩ける様な笑顔を見てたらもう何もかもどうでもよくなってそのまま自然とキスからベッドに雪崩れ込……」
「ああ、わかったからもういいから……考えておくからもう勘弁してくださいぃ……」
亮と同じ様なことをほざくバカップルの片割れに、もう付き合いきれなくなった俺はいつものようにそう言ってお茶を濁してこの場を乗り切ろうとするのだった。
(ああ、もぉ……こんなのバカップルのイチャつきプレイの一環みたいなもんじゃねぇか……そんなことに俺を巻き込まないでくれぇ……ぐすん……)




