史郎と霧島母娘④
「史郎おじさん早く早くぅ~、あんまりノロノロしてたら直美遅刻しちゃうよぉ~」
「わ、分かったから引っ張らないでってば……」
自分の支度が終わった途端に、直美は俺の手を引いて強引に外へ連れ出そうとしてくる。
(べ、別に俺は仕事まで余裕あるんだけど……一緒に出ないと膨れるからなぁ……)
「直美ぃ、貴方が寝坊助だからこーなっちゃってるんでしょぉ……それに史郎はまだ時間に余裕があるんだから……」
「むぅ……そぉいっておかーさん、史郎おじさんを独占してイチャつく気だなぁっ!! なんどもゆーけど横取りも抜け駆け禁止なのぉっ!! 史郎おじさんの攻略ルートは直美が前から手を掛けてたんだからぁっ!!」
そう言って俺の手を取りながら頬を膨らませて亜紀を睨みつける直美。
正直怖いというより可愛いのだけれど、ここで微笑んだりすると更に不機嫌になってしまう。
だから俺も亜紀も真面目な顔をするようにしているが、気を抜くと口元が緩みそうになってしまう。
「はいはい、わかってるってば……それより急がないと本当に遅刻しちゃうわよ?」
「そ、そうだよ直美ちゃん……後、お願いだから勝手に人を攻略しようとしないで……」
「もぉぉ……ほんとぉにわかってるのかなぁ……まあいいや、じゃあ行ってくるねお母さんっ!!」
露骨に話を逸らされて直美は一瞬不満そうにしたが、すぐに笑顔になって亜紀に大きく手を振って見せた。
本当に無邪気な子供のようにコロコロと表情を変える直美……だけどそれはそれだけ精神的にリラックスできている証拠なのだろう。
(これだけ色んな顔を見せるようになったのに、もう悲しんだり苦しんだりは全然してない……やっぱりそれだけ母親である亜紀を受け入れられて、共に居られて安心できてるんだろうな……)
俺や亮だけしかいなかったときも良く笑ってはいたけれど、精神的に安定していたとは言い難い。
そう考えると自分たちの至らなさが申し訳ない様な……それでいて後からきてあっさりと直美の信頼を勝ち取った亜紀にちょっとだけ嫉妬染みた感情を抱きそうになる。
(……俺も人のこと言えないなぁ……直美ちゃんも多分、後から来た亜紀が俺と自分と同じぐらい親し気に接しているのを見るとどうしても気になっちゃうんだろうなぁ)
尤も実際には俺と亜紀は幼馴染で昔っからの知り合いだから、むしろ直美の方が後から来た存在になるのだが……多分それもあって直美は必要以上に俺達が二人きりになるのを警戒しているのだろう。
「気を付けて行ってらっしゃい直美、それに史郎も……行ってらっしゃい」
「……ああ、行ってくるよ亜紀」
笑顔で手を振ってくれる実の娘を前に、亜紀もまた幸せそうに微笑みながら小さく手を振りながら俺の方にも視線を向けて来る。
そんな彼女の姿は俺の記憶にある……かつて愛していた女性の姿とそっくりだった。
俺の好きだった亜紀は学生時代に全くの別人になってしまい、もう二度とこんな顔を見ることはないと思っていた。
だからというわけではないが、こうして亜紀がまた俺の傍で俺の大好きな顔で見送ってくれていることに正直困惑と……嬉しさを覚えてしまう。
(だけどこの笑顔は直美ちゃんに向けられたものなんだろうなぁ……多分俺のことは嫌いではないにしても……いや、それ以前に俺の気持ちはどこにあるのか確かめないとなぁ……)
俺の好きな笑顔を浮かべる亜紀だけれど、同時にその顔は過去の彼女だけでなくて……今まさに俺の隣で手を引いている直美とも重なって見えるのだった。
それは二人がよく似ているからなのか……それとも別の理由なのか、自分でもわからなかった。
(近いうちに答えを出さないとなぁ……直美ちゃんが学生を卒業して大人になって……また俺と一緒に暮らすって言いだす前に……)




