史郎と霧島母娘①
物凄く間が空いてしまって申し訳ありません。
亜紀の問題が解決してから数カ月が経過した。
あの男はもうちょっかいを出してくることも無くなり、亜紀はようやく落ち着いて教習所に通えるようになった。
また怪我の功名というべきか、この件が直美と亜紀の母娘仲も改善させてくれて直美も今まで以上に楽しそうな日々を過ごすようになっている。
まさに良いこと尽くめとも言えるこの状況……しかし俺は素直に喜びきれない複雑な心境を抱えていた。
何故ならあの日を契機に、俺の身の回りの生活環境は一変してしまったから……。
「ふぁぁ……おは……はぁぁ……」
今日もまた一人で目覚めた俺は、反射的に挨拶を口にしようとして……誰もいない室内を見回したところでため息をついてしまう。
(ああ、そうだ……もうあの二人は……)
少し前までの……本来あるべき形に戻っただけだというのに、俺はどうしても寂しさを覚えてしまう。
だからまるで救いを求めるように俺は開けっぱなしになっている窓へと近づいて隣の家を覗き込もうとする。
「直美ぃっ!! いい加減に起きなさぁああいっ!!」
「にゃぁあっ!?」
「っ!?」
しかしそのタイミングで亜紀が叫ぶ声と直美の悲鳴じみた声が聞こえて来て、思わず身をすくめてしまった。
「もぉっ!! これで何度目だと思ってるのっ!? 本当に遅刻しちゃうわよっ!!」
「だ、だってぇぇ……お母さぁん……直美まだ眠……ふぁぁぁ……」
「だからあれほど早く寝なさいって言ったじゃないのっ!! ほら、しゃきっとするっ!!」
「ふぁぁぁい……んにゃ……ねむ……くぅ……はぅっ!? も、毛布とっちゃやぁあっ!!」
「……ふふ」
向こうも窓が開けっぱなしの為、二人のやり取りがはっきりと聞こえてくる。
そしてそれが一般家庭によくありそうな母と娘の掛け合いすぎて……俺は自然と頬が緩んでしまう。
(よかったね直美ちゃん……良かったな亜紀……二人とも幸せそうで何よりだ……やっぱりこうして別れて暮らして正解だよな……寂しいけど……)
あの事件の後、ようやく親子として互いを認めあることができた直美と亜紀は少しして霧島家へと戻り二人で生活するようになった。
それには様々な事情が絡んでのことだったが、せっかく仲直りしたのだから今まで失ってきた母娘の時間を少しでも取り戻してほしいというのが一番の理由だった。
だからこそこんな当たり前の親子のやり取りができるようになってくれたことが嬉しくて、俺は声を掛けることも忘れて二人のやり取りに聞き入ってしまう。
「毛布被ってたらまた寝ちゃうでしょぉ……はぁ、全くもぉ……こんなんじゃまた史郎に情けない顔見られちゃうわよぉ? もっと魅力的な女の子になりたいから早起きして身支度整えるようにするって言いだしたのは貴方でしょぉ?」
「んにゃぁぁ……それはそうだけどぉ……ふぁぁぁ……」
「ほらほら、そんなおっきな欠伸してないで早く下降りなさいって……私は史郎を起こしてから……」
「あぁ~、またそぉして抜け駆けしようとしてぇ~……史郎おじさんは後でお電話して呼ぶのぉ~……それより直美、寝起きで力でないのぉ……お母さぁん、抱っこして下まで連れて行ってぇ~」
「……もぉ……本当に甘えん坊なんだから……」
甘えたような直美の声に対して亜紀が言葉とは裏腹に、とても嬉しそうな声を洩らした。
思わず気づかれないよう窓からそっと向こうを覗き込むと、照れくさそうに笑いながら手を伸ばす直美を幸せそうに微笑みながら抱き上げようとする亜紀の姿が映る。
(……ああ、なんか……いいなぁ)
もうそれだけで俺は先ほどまでの寂しさも何もかも吹き飛んで、目の前の光景に涙すら込み上げそうなほどの喜びを覚えるのだった。
「……うっ!? な、直美ぃ……あんたまた太ったぁ? お、重くて持ち上がんないんだけどぉ……」
「にゃぁあっ!? お、重くないもぉんっ!! せぇちょぉきだからこれが普通だもんっ!!」
「う、嘘だぁ……ほら腕も脚もお腹もプニプニじゃないのぉ……私が同い年の時だってここまでじゃ……少しは運動しないとおデブ一直線よ……」
「な、直美おデブじゃないもぉんっ!? お母さんの馬鹿ぁっ!! そんなこと言うお母さんキラァイっ!!」




