史郎と亮とオタク少女な直美ちゃん88
教習所の職員の方が口添えしてくれたおかげで、俺達は三人揃って送迎バスに乗って帰ることができた。
「……」
「……」
「……」
しかし車内でも、そして停留所で降りて自宅に向かい三人並んで歩き出している今も誰一人言葉を発することはなかった。
(な、なんか空気が重いような……一応トラブル自体は解決できたはずだけど最後の最後で二人とも感情が昂っちゃったみたいだから落ち着こうとしてるのかな……俺も似たようなもんだし……ああ、俺は勢いとは言え何を言ってたんだか……)
二人はともかく俺が何も言えないでいるのは、先ほど亜紀に向かって言ってしまった自分の発言を思い返してしまうからだった。
(直美ちゃんと亜紀は母娘だけど俺はただ近所に住んでるだけの……まあ今は同居みたいになっちゃってるけど……家族だなんて偉そうに言える立場じゃなかったのに……)
内心ではそうなれたらいいとは思っていたがために、あの場面でつい本音を漏らしてしまったようだ。
果たしてあれを聞いていたであろう二人がどんな気持ちでいるのかと思うと何やらとても気恥ずかしくて仕方がなかった。
だからというわけでもないが、同じく黙り込んでいる二人に対してどう接すればいいのか判断が付かない。
(まさか嫌がられてはいないと思うけど……せめて誰かが会話のきっかけを作ってくれればなぁ……)
「……」
「……」
「……」
そんな俺の思いも虚しく結局誰も口を開かないまま家が見えて来た……ところで、横を歩いていた亜紀の姿がないことに気が付いた。
どうやら足を止めていたようで、振り返ってみると少し離れたところに亜紀が立ち尽くしながらこちらを神妙な顔で見つめていた。
「亜紀……どうしたんだ?」
「……ねえ二人とも……私このまま一緒に帰っても……いいのかな?」
「ふぇ? き、急に何言ってるの?」
亜紀の唐突な行動と言葉に、俺も直美も問い返すことしかできない。
しかし亜紀の方はどこか困ったような顔でぽつりぽつりと話し始めた。
「二人ともさ、今日は学校と仕事をわざわざ休んでまで私の様子見に来てくれたんだよね……私のために……」
「そ、それはそうだけど……むしろ俺達がしたいからしただけだから気にしなくていいんだぞ」
「そうだよおか……と、とにかく直美的にも休めて万々歳だしぃ……」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど……それに実際に助けてくれたときは凄く嬉しかった……特に史郎が家族だって言ってくれた時は……私、あんな状況なのに幸せって思っちゃったぐらい……だけど……」
「亜紀……?」
亜紀は申し訳なさそうにしながらフルフルと力なく首を左右に振ってみせる。
「……私が幾ら改心したって馬鹿なことをした過去そのものは消せないから……多分この先もこんなことあるかもしれない……だからこそ自分の力だけで解決して乗り越えようって……そうじゃなきゃ二人と一緒にいる資格なんかないって……なのに私結局何もできないまま……」
「だ、だからそんなこと気にしなくていいんだって……俺達は、そのもう家族みたいなもので……」
「ありがとう史郎……だけど、ううんだからこそ不安なの……こんな調子でずっと史郎達に迷惑をかけ続けるんじゃないかって……助け合うどころか一方的にお荷物になっちゃうんじゃないかって……何より私なんかを家族として受け入れちゃったりしたら私の悪評に史郎たちまで巻き込まれちゃう……ほら、今だって……」
「……っ」
そこで丁度、うちの近所に住んでいるはずの主婦とすれ違った。
果たしてそいつは亜紀と俺達に気付くと、露骨に嫌そうな顔になり距離を取ると視線を合わせないようにして早足に通り過ぎていった。
「……こんなの大したことじゃないって……そもそも今に始まった話じゃないし……」
「そ、そぉだよぉ……ま、前からこんな感じだったし……」
「ううん、こういうふうに避けられるようになったのって私が馬鹿なことしてお母さんが……貴方からすれば祖母になるあの人がおかしくなってからだもの……だからやっぱり私のせいなの……しかも今の人は女性だったからまだいいけどこれが男だとさっきの男みたいに下劣な……ごめんね、貴方はそう言う物凄く気にしてるのに……」
「ふぇっ!? な、何でっ!?」
それでも亜紀を庇おうとする俺達だったが、次いで彼女が口にした言葉に驚いてしまう。
(き、気づいてたのかっ!? 直美ちゃんが人の目を気にしてて、特に男の下種染みた視線に怯えてることにっ!? だけど俺は元より直美ちゃんだって亜紀に知られたくなくて隠してたはずなのにどうしてっ!?)
「ふふ、多分私を気遣って隠してたんだよね……私が気に病まなくていいように……だけどね、戻って来てからずっと貴方のこと見てたからかな……何かわかっちゃったんだ……細かい態度の違いとか仕草とかで……」
「あぅぅ……」
どこか誇らしげに、だけど儚い微笑みを浮かべる亜紀の言葉に俺は今更ながらに亜紀の観察眼を見誤っていたことに気が付いた。
(そう言えば前にババ抜きか何かで遊んだ時、亜紀は直美ちゃんや多分亮ですら知らないであろう俺の癖を見抜いてた……何より俺達だって亜紀の様子が変なことに気付いていたじゃないか……同じぐらい真剣に俺達を見ていた亜紀が違和感に気付かないはずなかったんだ……っ)
その事実はそれだけ亜紀が直美に向き合っていたということで……また当時の亜紀が何だかんだで俺のことも癖を見抜けるほど関心を寄せてくれていたことを意味している。
だから本来ならば喜ばしい事のはずなのに俺はむしろ胸を痛めてしまう。
(自分のせいで最愛の娘が苦しんでいるだなんて、今の亜紀からしたら一番堪えがたい事だろうに……それでも直美ちゃんや俺が隠そうとしてるから気づかないふりをして……何で気付けなかったんだ俺は……ちゃんと亜紀を見ていたはずなのにっ!!)
亜紀が胸を痛めていることに気付けなかった自分の鈍さが情けなかった。
「だから本当はもっと早く……あんなことしてた私が戻ってきて、挙句に史郎の家にお世話になってるだなんて噂が広まったら余計に周囲の目が厳しくなるはずだからその前に家を出たほうがって……だけど私、本当に二人の事大好きで離れたくなくて……だから二人の優しさに甘えて……迷惑を掛けないぐらい立派になればいいって自分に言い聞かせて……だけどやっぱり駄目だった……ごめんなさい……」
「亜紀……っ」
改めて亜紀は心底申し訳なさそうに頭を下げ始める。
(そうか、亜紀が今回の問題を一人で解決しようとしていたのは……多分自分の犯した過去の所業を清算しようと……それも俺達を巻き込まずに……それぐらい出来なければ一緒にいる資格はないと思い詰めてたのもあったのか……っ)
「本当にごめんなさい史郎……家族とまで言ってくれて凄く……本当に嬉しかった……そうなれたらいいなって、この三人で家族としてずっと暮らしていけたらいいなって思ってたからその言葉を聞けて私、凄く幸せだった……だけど私、貴方達の事本当に大好きだから……愛してるから辛い思いをさせたくないし余計な苦しみを味わってほしくもないの……だから……」
「……確かに直美はあんたのせーで散々苦労したし、苦しみもしたし……すっごく辛かったよ」
「な、直美ちゃんっ!?」
苦しそうに語る亜紀に何も言えないでいた俺をよそに、急に直美はため息をついたかと思うとぽつりとまるで肯定するような言葉を洩らし始める。
驚いて名前を呼ぶ俺を他所に亜紀はむしろやっぱりと言わんばかりの顔で……その目には涙を浮かべつつ直美と向き合う。
「うん、それも全部私のせい……私が馬鹿だったから貴方は……だから私は……」
「だけどそんぐらいしょぉがないでしょぉ……あんたが馬鹿なことして直美や史郎おじさんが変な目で見られるのも……まあ無いと思うけどその逆で直美や史郎おじさんのせいであんたが変な目で見られることだってあるかもしれないんだし……仕方ないじゃん……史郎おじさんが言ってた通り、私達は……家族、なんだからぁ……」
「えっ!?」
しかし続く言葉に俺も亜紀も驚いてしまう。
そんな俺達を見て直美はどこか気恥ずかしそうにそっぽを向いてしまう。
「何よぉ……直美何も変なこと言ってないでしょぉ……」
「あ……で、でも私……私が家族だと……」
「家族だとも何も無いでしょぉ……私達は実際に血の繋がってる母娘なんだから…………お母さん……」
「っ!!?」
顔を背けたまま直美は、だけど後ろからでもわかるほど首から耳まで恥ずかしさに赤く染めながら……それでも親しみを込めて亜紀のことを母だと呼んだ。
果たして即座にその言葉の意味を理解した亜紀は声に詰まったかと思うと、すぐに顔をほころばせて涙を零し始める。
「あ、貴方今……」
「あんたじゃなくて直美、でしょ……お、お母さん……」
「あ……な、直美……直美ぃっ!!」
「えっ!? あっ!?」
更なる直美の言葉に亜紀は再度驚きながらも、すぐに泣き笑いしながら直美に駆け寄り抱きしめた。
「直美……直美ぃ……」
「ちょ……や、止めてよぉお外でこんな……は、恥ずかしいってばぁ…………お母さん……お母さぁん……」
そんな亜紀の抱擁に最初こそ困ったような声を出していた直美だが、最後には甘えるような声を出して亜紀に身体を預けるのだった。
「……まあその、そう言うことだから……一緒に帰ろうよ……家族としてさ、俺達の家に……」
「あっ!? そ、そうそぉ……もう帰ろうよ、お母さん……」
「……うんっ!!」
俺もまた二人の元に近づき手を伸ばし、しっかりと大切な家族二人と手を繋ぎ……改めて帰路を歩き始めた。
そんな俺達の顔にはもう苦しみや辛さなど残ってなくて、ただただ幸せそうな笑顔が浮かんでいるのだった。
(結局俺は殆ど何も出来なかったな……いや、俺の仕事はここからだ……この愛おしい二人の幸せを守っていくことこそ、大黒柱としての俺の役目なんだっ!!)
「……とっころでぇ史郎おじさぁん……唯一血の繋がってない史郎おじさんが家族に加わわるってことは直美と結婚するってことでいーんだよねぇ?」
「えぇっ!? きゅ、急に何を言い出すの直美ちゃんっ!?」
「だってそーいうことじゃぁんっ!! それとも何、直美じゃ不満ってことぉっ!? やっぱりお母さんと結婚する気ってことなのぉっ!?」
「えぇっ!? わ、私なんかじゃ史郎には釣り合わないよぉっ!! も、もちろんそうなったら最高だけど……ううん、史郎には直美を幸せにしてもらわないと……」
「あ、亜紀まで何を言い出すのぉっ!?
「むむむぅ、二人のその態度まんざらでもなさそうなぁ……だけど私にも脈がありそうな……あっ!? ま、まさかこれは幻の母娘丼ルートぉっ!? 直美攻略チャート省略しすぎてハーレムルート入っちゃったのぉっ!?」
「は、母娘ど……っ!?」
「な、直美ちゃんお外で変なこと言わないのぉっ!!」
(ああ、どうしてこういう思考になるのこの子はぁっ!? やっぱり俺が甘やかしてオタク少女に育てちゃったせいなのかぁっ!? 俺の馬鹿ぁっ!!)
この後、のんびりとエピローグと後日談を投稿するつもりです。
遅くなって申し訳ありませんでした。




