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史郎と亮とオタク少女な直美ちゃん87

「……お母さ……あの人、すっごく頑張ってない?」

「ああ……実技と実技の間に可能な限り学科を詰め込んでるみたいだ……」

「……本当に変わったなぁ霧島さん……あんなに勉強嫌いだったのに……」


 三人で怪しまれないよう交互に亜紀を陰ながら見守り続けている俺達。

 そんな俺達の視線に気づくことなく、亜紀は真剣に教習所の課題をこなしていった。


(できるだけ早く終わらせようと真面目に頑張ってるんだなぁ……しかも教習所の職員からも対応良さそうだし……だけど何か待合室にいる人たちの態度……というより視線が……)


 真面目に頑張っている亜紀を見守っているうちにわかったのは、教習所の人達はともかくそこに通っている人達……特に男性から妙に視線を妙に集めてしまっているということだった。

 しかもその視線は何と言うか、露骨に亜紀の身体へと注がれているように見えてしまう。


(そりゃあ亜紀は確かに美人だから意識する男がいても不思議じゃないけど……今は質素な服を着ててちゃんと身体の線も出ないよう覆い隠してるのにこれは幾ら何でも……このせいで居心地の悪さを感じて苦しんでいたのか?)


 傍から見ている俺ですら気付くだから当の本人に分からないはずがない。

 しかし亜紀はそんなこと全く気にもしていないとばかりに、免許の取得に集中しているようであった。


「……」

「大丈夫、直美ちゃん……」

「……うん……私は大丈夫だけど……」


 元々その手の視線に敏感で……トラウマになりかけている直美も気づいているようで少しばかり口数が少なくなってくる。

 それでも直美は平気だと言い切ると、むしろそんな視線に晒され続けている亜紀のことを心配そうに見つめていた。


「確かに妙だとは思うけど霧島さんは平然としてるし、多分別の理由なんだろうなぁ……だけどこの調子じゃ今日中に原因を突き止めるのは難しそうだな……多分今やってる実技が終われば帰っちゃうだろうし……」

「それはそうなんだけど……何とか今日中に大体の原因を突き止めておきたいところなんだよなぁ……」


 亮の言葉に同意しつつも、俺は少しだけ焦りそうになる。

 もしも今日に限って亜紀の身にトラブルが起こらなかった場合は、また今度日を改めてここに来なければならなくなってしまう。

 しかし近いうちにそう何度も有給が取れるとは限らず、また生徒ではない俺達が何度も顔を出していたら間違いなく怪しまれる。


 だからと言って時間をおいて……などとしていたら、その間中ずっと亜紀に辛い思いをさせる羽目になる。


(当然そうなると直美ちゃんも苦しんだまま……あの二人にそんな辛い思いをさせるぐらいなら、いっその事……っ)


 最悪は仕事よりも二人のことを優先しようと内心で決意しながらも亜紀を見守り続ける。

 それでも結局は何も起こらないまま、亜紀は全ての行程を終えたようで最後に次の予約をしてから教習所を後にした。

 後は外にある停留所でバスを待って帰るだけだろう。


「どぉするのぉ史郎おじさぁん?」

「ひょっとしてバスの中で何かがって可能性もある……だからギリギリまでついて行って、それでも何もなかったら……」

「……バレるの覚悟で乗り込む、か?」

「ああ……」


 亮の言葉に頷いて見せると、向こうは既に想定できていたようで神妙な顔で俺を見つめて来る。


「なら、そん時は俺が乗り込むよ……お前らと違って俺なら霧島さんにバレてもまだ言い訳できるからな……あの子の関連だって言えば納得するだろうし……」

「……済まんが頼む」


 俺もそれしかないと思っていたので素直に頭を下げる。


(俺や直美ちゃんがここに来てるの見たら間違いなく亜紀を気にして様子を見に来たって思われるからな……その点、亮ならまだあの後輩の子に言われて見に来たと言えばそこまで警戒されないはず……)


 原因が見つかる前に亜紀にバレて警戒されたら全てがお終いだ。

 それを亮も分かってくれていたようだ。


(てっきりここに来ればすぐに原因を突き止められると思ってたからなぁ……亮が来てくれなかったらヤバかったかもな……)


「二人とも何してるのぉっ!! お母……と、とにかく行っちゃうってばぁっ!!」

「あっ!? ご、ごめんっ!!」

「い、急ごうっ!!」


 そんな風に顔を合わせていた俺達の手を直美が強引に引き始めた。

 見れば既に亜紀は教習所を出てしまっていて、バスの着くタイミング次第では本当に見失いかねない。

 だから慌てて直美に引かれるまま揃って亜紀の後を追いかけて外に出た……ところで急に立ち止まった直美の背中にぶつかりそうになる。


「ど、どうしたの直美ちゃ……っ!?」

「し、史郎おじさん……あ、あれ……っ!!」

「え……っ!?」


 立ち止まった直美に問いかけようとしたが、彼女は青ざめた顔で俺を見ると力なく曲がり角の先を指さした。

 その尋常ではない様子に驚くが、言われるままにそっと顔を出して覗き込んでみて……一瞬、心臓が止まりそうなほどの衝撃を受けた。


「……っ!!」

「……っ!!」


 ちょうどバスの停留所へ向かう途中、そこで今から教習所に向かうであろう男の一人に亜紀は手を繋がれていてどこかに行こうとしていたのだ。

 それを見てかつてのトラウマが蘇る……よりも亜紀が嫌そうな顔をしていることに気付き、その方が遥かに胸に来た俺はその時点で駆け出していた。


「何してんだお前っ!!」

「はっ!? な、なんだお前……って雨宮のガキかっ!?」

「し、史郎っ!? 何でここに……っ!?」


 そして強引に二人の間に割って入り、亜紀の手首をつかんでいる男の手を振り払いそのまま亜紀を背中に庇って睨みつけてやる。

 急に現れた俺に亜紀は驚いたような顔をしながらも、どこか安堵した様子で自然に俺の肩に手を乗せて寄り添ってくる。

 それに対して俺達より年上であろう壮年の男は俺を見て一瞬怯んだものの、すぐに気を取り直して見下すような視線を向けて来る。


(誰だか知らないがこいつが俺の……俺達の亜紀を苦しめていた元凶か……だけどこの顔どこかで……あっ!?)


 言いぐさからしてもまるで俺を知っている様子の男だが、少し顔を見つめていて思い出す。

 名前こそ知らないが、こいつは俺の家の近所に住んでいる男だということに。


「亜紀が何か苦しんでる様子だったから気になって……それよりこいつだな、お前を苦しめてた奴は……一体こいつがお前に何をしてるんだ?」

「あ……そ、それは……」

「な、何言ってんだか知らないが俺は別に何もしてないぞっ!! 勝手に決めつけるなっ!! 全く本当にお前らはどうしようもない連中だなっ!! お似合いだよっ!! じゃあなっ!!」

「あぁっ!? 何勝手に逃げようとしてんだっ!?」


 俺の言葉を聞いても亜紀は困ったように俯くばかりで、何も答えられないでいる。

 それをいいことに男は完全にこちらを馬鹿にするような言葉を吐いてその場を立ち去ろうとした。

 しかしその態度といい、亜紀が言葉にこそ詰まっているが否定していないことでこいつが元凶だと確信した俺は逃すまいとその肩を掴む。


「は、離せっ!! お前らみたいな屑に関わってる暇はないんだよっ!!」

「だったら何で亜紀の手を掴んでたんだっ!? ごまかそうとしてんじゃねぇよっ!!」

「そ、それは……こ、この女の方から誘ってきやがったんだよっ!! 俺はむしろ被害者だっ!!」

「ふざけんなっ!! そんな言い訳が通ると思って……っ」

「し、史郎……もういいから……ほ、ほらそんなに叫んでたら目立っちゃうよ……」


 俺の追及を必死になってごまかそうとして亜紀に責任を押し付けようとしてくる男。

 それもまた腹が立ち怒りのままに叫ぼうとして……亜紀が弱々しく服を摘まみ引っ張ってくる。

 何故止めるのかと驚きながら振り返ってみると、亜紀は申し訳なさそうに首を横に振って見せた。


「亜紀……どうして……」

「ごめんね史郎、心配させちゃって……こんなことまでしてくれて……だけどこれ以上騒いで大事にしたくないの……お願い……」

「ははっ!! だとさっ!! そいつはどっちが悪いか分かってるんだよっ!! だから大事にしたくないんだとよっ!! たく、迷惑な奴らだっ!!」

「っ!!?」

「……っ」


 亜紀の言葉を受けて調子に乗った男が更にこちらを馬鹿にするように吐き捨てた。

 しかしそれでも亜紀は何を言い返すこともなく、ただ何かを堪えるかのように黙り込んで俯くばかりだった。


(い、一体どうしたんだ亜紀っ!? 絶対にこいつから絡んできて迷惑をかけてるに違いないのにっ!! 何で庇うような真似を……っ)


 今の亜紀がどんな人間か知っている俺は男の戯言など欠片も信じていないが、だからこそ余計に亜紀が何を考えているのかがわからなくて困惑して何も言えなくなってしまう。


「はは……じゃあなっ!! もう勘違いして変なちょっかい出してくるなよっ!!」

「っ!?」


 果たしてそんな俺達を見て男はせせら笑いながら、強引に俺の手を振り切ってその場を立ち去ろうとする。


(くっ!! このまま行かせたら駄目だっ!! この場でどうにかしないと……多分もう次はないっ!!)


 つい亜紀のピンチを見て証拠を掴む前に飛び出してしまったが、これで有耶無耶に終わらされたら非常に不味いことになる。

 恐らく今後、亜紀は俺達に迷惑をかけないためにも平気な風を装うだろうし男とのトラブルを隠そうとするだろう。

 そして男の方もこの態度からして俺には気づかれないよう立ち回るかもしれない……そうなったら最悪だ。


(どうして俺は何も考えずに飛び出したりしたんだっ!? ただでさえ色々と負い目を感じている亜紀のことだから、俺達に迷惑をかけないために隠そうとしても不思議じゃなかったのにっ!! 何で俺だけ飛び出し……っ!?)


 自分の短絡的な行動を悔やんでいたところで、ふいに二つのことに気付いた。

 そのうちの一つを確認しようと顔を上げて周りを見回したところで、遠巻きにだが俺達に注目している人波が出来上がっていた。

 そしてその中に紛れるようにして心配そうにこちらを見つめている直美と……そんな直美が飛び出さないよう抑えながらも意味深にこちらへと頷きかけて来る亮の姿が映る。


(……あいつは本当に頼りになる奴だなぁ、じゃあこっちは良いとして後は亜紀の方だけどこれも多分……)


 亮達の行動を確認した俺は、今度は亜紀に向き直りもう一つ思いついたことを尋ねてみることにした。


「亜紀……お前はあいつに何かされて苦しんでるんだろ?」

「そ、それは……だけど……」

「だから勝手に俺を悪人扱いするなってのっ!! 全く、これだからお前らは屑だってんだよっ!!」


 立ち去ろうとしていた男だが俺の言葉を聞くと言い返さずにはいられないのか、わざわざ足を止めて露骨にこちらを侮蔑する言葉を掛けて来る。

 しかしむしろ好都合だと判断した俺は、あえて何も言い返さず亜紀に向き直ったまま言葉を続ける。


「そして亜紀、お前がこんな奴に好き放題言わせて……苦しい思いを我慢してまで隠そうとしてるのは……そうしないと俺達に迷惑が掛かるようなことをしてやるとでも脅されてるからなんだろ?」

「っ!?」


 果たしてソレを聞いた途端に亜紀の顔色が変わり……少しだけ躊躇しながらも最後にはこくりと力なく頷いて見せた。


(やっぱりかぁ……考えてみれば当たり前の話だったよなぁ……ここまでして亜紀が俺達に隠し事をしようとするなんて、それこそ自分の為なわけがない……何か俺達に関する弱みでも握られてそれで……くそっ!!!)


 大体の事情が分かったところで余計に男に対する怒りがこみあげて来る。

 それこそ今すぐにでも殴り倒してやりたいぐらいに……だけどそんな真似をしても何にもならない。

 だから無言で睨みつけるだけで済ませておいたが、向こうは俺に威圧されたのか亜紀の様子を見てヤバいと判断したのか慌てた様子で後ずさりながら言い訳を始める。


「な、な、なにを言ってっ!? い、言いがかりだっ!? お前ら二人してグルになって俺を嵌めようとしてるなっ!?」

「そんな言葉でごまかされるかっ!! 実際にさっきはお前の方からお前はさっき嫌がる亜紀の手を掴んで何処かへ連れて行こうとしてたじゃねぇかっ!! それなのに被害者ぶってるんじゃねぇよっ!!」

「ぐっ!? だ、だからそれはそいつから誘ってきて……その女がすぐに男を誘う売女なのは有名……っ!?」

「テメェっ!! 今なんて……っ!?」

「だ、駄目史郎っ!! 暴力は駄目っ!!」


 更に男が口にした言葉を聞いて、今度こそ頭に来た俺は思わず殴り掛かりそうになってしまう。

 しかし咄嗟に亜紀が止めて来て、おかげで何とか途中で踏みとどまることができた。


(あ、危なかった……亜紀が止めてくれなきゃ手が出てた……流石に直接暴力を振るったりしたらこっちが悪い事になっちまうからな……腹立たしいが落ち着くんだ俺……)


「は……ははっ!! そいつはどっちが悪いかわかってるみたいだぜっ!! これに懲りたらもう二度と難癖付けてくんなよっ!!」


 そんな俺達を見て男は何を勘違いしたのか、またしてもこちらに責任を擦り付けて逃げ出そうとする。


「だから逃げようとするんじゃねえよっ!! 話はまだ終わってねぇのに何ですぐ立ち去ろうとするんだっ!!」

「もう終わってるだろっ!! お前の独り相撲だよっ!! 全く、どうせその女に誑かされて利用されてるんだろうけどいい加減目を覚ましたらどうだっ!!」

「あぁっ!? 俺は騙されてなんかいねぇよっ!! 亜紀はそんなことできる奴じゃないっ!! それは傍で見て来た俺が一番よく知ってるんだよっ!!」

「あ……し、史郎……」


 男の言葉にはっきりと啖呵を切ってやると、それを聞いて亜紀はどこか感極まったような声を洩らした。


「な、なにを適当なことを……お前だってそいつが昔何をしてたか知って……」

「過去なんか関係ないっ!! 俺は今の亜紀を信じるって言ってんだよっ!! 何も知らないくせに亜紀を悪く言ってんじゃねぇよっ!!」

「くっ……は、話しにならねぇな……と、とにかく俺はそいつに誘われただけの犠牲者だってぇのっ!! そっちこそ何も知らずに……証拠もなく俺を悪人扱いして……」

「証拠ならあるぜっ!!」


 それでもまだ男は亜紀のせいにしようとするが、そこに至ってついに亮が割って入ってくる。

 見ればその隣には亜紀と同い年ぐらいの、それでいて可愛らしい女性がにこやかに笑いながらこちらを見つめていた。


(流石亮だ……やっぱり俺が時間を稼いでいる間に動いてくれてたんだな……だけど直美ちゃんはどこに……?)


 軽く周りを見回したが何故か直美の姿はどこにも見えなかった。

 しかし亮が平然としている様子からして、恐らく何か頼み事でもして一時的にこの場を離れて貰っているのだと判断した。


「なっ!? だ、誰だお前はっ!? 関係ないのに入って来るなよっ!? そ、それに証拠ってそんなものあるはずが……っ」

「あるんだよなぁ、関係も証拠も……まあ正確には証言だけどな……頼んでいいかな?」

「はい、任せてください……尤も私でなくても教習所に通っている方なら誰でも知っているぐらい有名ですけどね……あちらの男性がそちらの女性にセクハラ染みた嫌がらせをしていることは……」

「お、俺は別にそんな……い、言いがかりだっ!!」


 教習所に通っているであろう第三者からの証言を聞いてなお男は見苦しく言い逃れようとするが、証言してくれている女性は呆れたように見つめ返すばかりだった。


「言いがかりも何もないですよ……実際に貴方はそちらの女性にちょっかいを掛けて相手にされなかったものだから他の通っている生徒たちに彼女の悪い噂を広めたじゃないですか……何なら他の方々に聞いてもいいですよ?」

「ぐっ!?」


 流石にここまで言われて……実際に周りを囲む人達の何人か、特に数少ない女性たちが頷いているのを見て男は顔色を変え始めた。


「言っとくがこれは名誉棄損罪を満たしている立派な犯罪だぜ、人の多いところで本人が特定できる状況で人の名誉を棄損してるんだからな……お前、その意味が分かってるのか?」

「な、何を言ってやがるっ!! 名誉棄損もくそもあるかよっ!! 俺は本当のことしか言ってねぇっ!! こいつが節操なく男遊びしてたのは事実じゃねぇかっ!!」

「本当かどうかはどうせ水掛け論になるから何も言わないが、刑法上ではあくまでも本人の名誉を棄損したかどうかで判断される……つまり仮にそれが事実でもデマでも、人の前で広めた時点でお前は犯罪者なんだよ……何なら警察を呼んで白黒つけてやってもいいぜ」

「なっ!? け、警察って……じょ、冗談だろっ!?」


 更に亮の淡々とした説明に男はついにビビり始めたのか、不安そうに視線をさ迷わせ始める。


「それはもちろん霧島さん次第だけどな、親告罪だし……だけど他に脅しもしてるとなるとこれは脅迫罪も追加されるからな、あんたが前科があるかは知らないが凶悪だと判断されて執行猶予無しで実刑を打たれる可能性もあるぞ?」

「じ、実刑って……い、いや脅迫なんか俺は……お、お前も何か言え……じゃなくて言ってやってください霧島……さん……」

「……っ」


 どこまでが本当かはわからないが亮の冷淡な言葉に、男はどんどん余裕を失っていきついに亜紀へ縋るような視線を投げかけ始めた。

 恐らくは先ほど親告罪だと聞いて、当の被害者である亜紀を黙らせれば何とかなると思っているのだろう。


(多分これも脅しのつもりなんだろうな……自分を庇わないとどうなるかって……この期に及んでどこまで……屑はお前の方じゃないかっ!!)


 腹立たしい事限りないが、せっかく亮がここまで冷静に詰めてくれているのに俺が怒って何もかも滅茶苦茶にするわけにはいかない。

 だからこそ、むしろ最後の一押しをするべく俺は困ったようにこちらを見つめて来る亜紀に向き直り……微笑みかけた。


「亜紀、俺は……俺達はお前を信じてる……絶対にもう俺達を裏切ったりしないって……そしてそんなお前が大切で、苦しそうにしていたら耐えられないんだ……お前がどんな脅しを受けてるかは知らないが、もしも俺達を信じるなら辛いこともちゃんと教えてくれ……一人で抱え込まないで皆で協力して乗り越えよう……それが家族だろ?」

「っ!?」


 優しく心の底からの想いを告げてあげると、亜紀ははっと目元を潤ませたかと思うと俯いてしまい……そのまま力なく俺にもたれ掛かる。

 そして涙を零しながらぽつりぽつりと、ようやく何があったのかを語り始めてくれた。


「……こ、この人……わ、私が言うこと聞かないなら教習所だけじゃなくてネットにも……そしたら私だけじゃなくて史郎とあの子まで……だ、だから私どうしていいか……私のせいで二人にまで迷惑をかけたらって……」

「わかったよ、亜紀……ごめんな、こんな辛い思いをさせて……もう大丈夫だから……おい、何か言うことはないか?」

「ぅ……」


(そういうことか……自分の過去に犯した愚行がネットにまで広まったりしたら町内だけじゃなくて職場や学校にも……そしたら一緒に住んでる俺……は男だからともかく直美ちゃんがどんな目で見られることか……おまけに問題が問題だから俺達にも相談しづらいってこともあっただろうし、どうしていいかわからなくなるよなぁ……くそっ!! 亜紀の弱みに付け込みやがってっ!!)


 泣いている亜紀を優しく抱きしめながら、改めて男を睨みつけてやると血の気の引いた顔で言葉に詰まってしまう。


「決まりだな……散々言い訳もしてたぐらいだし反省の余地もなさそうだ……普通に警察に突き出すか?」

「ま、待ってくれっ!! わ、分かった俺が悪かったっ!! だから警察だけは止めてくれっ!! もしこんなことで教習所を首に成ったりしたら俺はっ!! め、免許を再取得しないと仕事首にされちまうんだよっ!! 生活できなくなっちまうっ!!」

「何もわかってねぇじゃねぇかっ!! 謝罪するどころか自分の都合ばっかり口にしやがってっ!! 亜紀をこんなに苦しめておいてふざけんなっ!!」


 挙句の果てに男は形だけ頭を下げながら保身ばかり口にしてくる始末で、逆に俺は余計にこの男を許せなくなって怒鳴りつけてしまう。


「まあまあ、気持ちはわかるけど落ち着けよ史郎……こいつをどうするか、それを決めるのは霧島さんと……ここの職員の方だろ?」

「そ、それは……そうだけど……っ」

「わ、私は……私も大事にはしたくないから……ご、ご近所に住む人とトラブル起こしたら史郎だって大変だろうし……も、もう二度と関わらないならそれで……」


 亮の言葉を聞いて反応した亜紀は、俺の事も気にしてかそんな控えめな答えを洩らした。


(俺のことなんか気にしなくていいのに……だけど確かに過去に亜紀が行った愚行自体は事実だからなぁ……あんまり大騒ぎになったら厄介なのも……くそっ!! 本当はもっと罰を与えてやりたいのにっ!!)


「わ、わかったっ!! じゃないわかりましたっ!! も、もう二度と関わらないからこの話はこれで終わりに……」

「そうだなぁ……霧島さんがそう言うなら俺達の方は終わりだな……直美ちゃん、戻ってるかい?」


 果たして男もその寛大な処置にすぐ顔を上げてこびへつらうような笑みすら浮かべてそんなことを言い出す。

 それを見て苛立ちを押さえられない俺に対して亮はにこやかに笑いつつ、俺達を囲むように出来ている人波に声を掛けた。

 するとその中に紛れていた直美が……こちらはスーツ姿の女性を連れて顔を出してきた。


「う、うん……ちゃんと職員の人を連れて来て一緒に見てもらってたよ……」

「ええ、最後の方のやり取りは確認させていただきました……そして大体の事情も分かりました……そちらの方はこの後に教習を受ける予定のようですがその前に一度、話し合いをする必要がありそうですね」

「あっ!? なぁっ!?」


 どうやら直美が連れて来た女性は教習所の職員のようで、厳しい眼差しで男を睨みつけてそう言いつけた。

 まさか職員に見られているとは思わなかったらしい男は驚愕の余り、言葉にならない声を洩らすばかりだった。


「と、亮……お前直美ちゃんにこんな指示まで出してたのか……」

「まあ、なんだ……話し合いの内容次第じゃ直美ちゃんに聞かせたくないような話になるかもしれないし……それに今後霧島さんが確実に安心して教習所に通えるようにするには職員の人にも気にかけてもらうのが一番だと思ってな……だけど生徒同士の個人的な諍いとして処理されたら困るから親身になってくれそうな女性を連れてきてくれって頼んでおいたんだよ……」

「……お前は本当に……頼りになる奴だなぁ……」


 頭に来て反射的に動いてしまった俺とは違い、冷静に状況を見て証人を探し出しつつ今後のことまで考えて職員まで抱え込む方法を考えていた亮を俺は改めて尊敬してしまう。


「何言ってんだか、史郎が飛び出したのはそれだけ霧島さんが大切だったってだけのことだ……もしもこれが霧島さんじゃなくて俺が同棲してるあの子だったら多分立場は逆になってたよ……それにちゃんと史郎が俺の意図をくみ取って手を出したりしないで時間を稼いでくれたからこそだからな……胸張っていいと思うぜ」

「そ、そうかなぁ……俺なんか何も出来てないような……」

「ううん、そんなことないよ……史郎が割って入ってくれて……凄く嬉しかった……頼もしかった……だけどごめんね……また私のせいで迷惑かけて……」


 後ろから俺の背中に寄り添いつつそう口にする亜紀だが、その声も身体も震えているように感じた。


「そんな事無いって……それにさっき言っただろ、俺達は家族なんだからそんなこと気にしなくていいんだ……」

「そ、そうだよ……私達は家族なんだから迷惑かけあっていいのぉ……遠慮なく言ってくれていいの……こんなこと一人で抱え込まないでよぉ……」


 そんな亜紀を慰めるように声を掛けていると、そこに直美も近づいてきて……こちらも泣き出しそうな顔をしながら亜紀へ抱き着くのだった。


「……出来れば霧島様からも詳しい話を聞きたいところでしたが、今日のところは一旦帰宅して落ち着かれてはどうでしょうか?」

「そうだな、そうしろよ史郎……とりあえず親友として俺がここに残ってわかってる限りの話はしておくからさ……」

「よくわからないけど私も証言ぐらいならしますよぉ~……どうせこの後、教習がありますからぁ~」

「そうか……じゃあ悪いけど後頼みます……帰ろう亜紀、直美ちゃん……俺達の家にさ……」


 こちらを気遣いそう言ってくれる職員の人と亮、そして証言してくれた女性の言葉に甘えて俺達は三人で帰宅し始めるのだった。

ごめんなさい、この話で終わらせるつもりでしたが上手くまとまりませんでした。

もう一話だけ続きます……そしてその後にエピローグを何話か投稿します。

楽しんでくださってる皆さま、遅くなって申し訳ありませんでした。

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[一言] お疲れ様です。 やっぱり、一話で片付けるのにはちょっと重かったですよね。 でも、敵が一人で良かったかな。環境的に何人もいても不思議じゃなかったろうし。それも、単に自分が有利な時だけマウント取…
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