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史郎と亮とオタク少女な直美ちゃん86

「うぅ……な、なんかすっごく落ち着かなぁい……」


 あれだけご機嫌だった直美だけれど、教習所へと近づくにつれてどんどん元気がなくなって行った。

 そして実際に到着すると不安そうに周りを見回しながら俺の手を取ってギュっと握りしめてきた。

 直美からすれば未知の場所で、しかも年上の男ばかりがいるのだから居心地が悪く感じるのも無理のない話だ。


「大丈夫、俺が傍にいるからね」

「うん……しろぉおじさんがいるから直美大丈夫ぅ……安心できるのぉ……だから付いてきたんだもん……」


 それでも直美は俺が語りかけると健気にも笑顔を見せてくれる。


(俺がいるから苦手な場所でも大丈夫……ってだけじゃないだろうな……多分亜紀のことも……)


 直美とて亜紀の態度の違いが、亮の言う形である可能性そのものは脳裏をかすめていることだろう。

 そしてその場合、実の母親に二度も裏切られることになるのだ……そう考えたらこの場に来るのはかなり勇気が必要だったことだろう。

 それでも来ようとしたのはそれだけ亜紀を信頼しているからでもあるのだろう。


「……二人とも俺のこと忘れてない?」

「あれぇ? 居たの亮おじさん?」

「そう言えば居たな、お前も」

「ひ、酷いぜ二人ともぉっ!?」


 亮の言葉にあえて冷たく言い返すと、向こうはわざとらしく叫び始めた。

 だけどその顔は本気で悲しんでいる様子ではなくて、むしろ俺達の返事を聞いて安堵しているようでもあった。


(あんまり深刻な空気にならないようにしてくれたんだろうな……こういうところ、本当に助かるなぁ……来てくれてよかったよ……)


 俺も直美も亜紀への感情が強すぎて、ついつい深刻になりすぎてしまう。

 しかし下手に肩に力が入り過ぎてミスを犯したらシャレにならないことになる。

 何せ亜紀は自力で解決しようとしているのか、或いは何かの罰ぐらいに思っているのか俺達に自分の身に起きていることを隠そうとしているのだ。


 つまりもし亜紀に俺達の行動を気づかれたら、やっぱり隠そうとして余計に話がこじれるかもしれない。


(だからこそ慎重に行動しないと駄目なんだよなぁ……その為にわざわざ資料請求と見学にに来た振りして目立たないようにしてるんだから……)


 教習所に通う人は多いため、待合室は朝からそれなりに人が待機している。

 そこに受付で貰った資料を手に私服姿で紛れて居れば、そうそう注目を集めることはないはずだった。


(俺も亮も直美ちゃんだって普段着ない……というか俺の家にはない服を着てるし、顔は最悪資料で隠せるからそう簡単にはバレないと思うけど……だけど油断は厳禁だよな……)


「ふふふ、とぉるおじさんもいてくれて直美ちょぉ心強ぉ~い~」

「うぅ……全然心が籠ってるように聞こえないぜぇ……」

「はいはい、わかったわかった……それよりあんま馬鹿な真似して目立つような事すんなっての」


 亮を揶揄いつつも余裕を取り戻した直美は俺から手を離して、また一人で教習所の見学をするように振る舞い始めた。


(考えてみたらさっきみたいに男女でくっついてたら色々と目立って仕方ないよな……亮の奴そこまで考えて……本当に来てくれてよかったよ)


 俺一人ならやはり直美の心を過剰に思いやって密着しつづけて……注目を集めてしまっていたかもしれない。


(いや、でも見学に来た娘の付き添いだと見られればそこまでは……それとも俺と直美ちゃんがくっついていたらカップルに見えたりするのかな……もしそうなら俺は……って歳の差を考えろっての、ありえねぇって……それにそんなこと考えてる場合じゃないだろうが……)


 余計な思考を断ち切ると俺は今後について考え始める。

 もしも亜紀が朝一で来るのならばこのまま待機していればいいけれど、昼過ぎにやってくるとしたらこれは問題だ。

 流石に見学するだけなのにそんな時間までこの場所をうろついていたら怪しいことこの上ないからだ。


 その場合は外に出てバスの出入りするところをどうにかして監視するしかないと思っているが、その詳細を考えようとした……ところで直美が再び俺の腕を引っ張り始めた。


「し、史郎おじさんっ!? き、来たよっ!」

「そ、そうかっ!! どこだっ!?」

「お、おい二人ともそんな興奮すんな……声落として顔隠せ……」


 直美の言葉に慌てて顔を上げようとした俺を今度は亮も少し余裕なさげに直球で諫めて来る。

 しかしこれ以上ないぐらいの正論だったので、俺達は壁際で受付のカウンターが見える位置にある長椅子に占拠するよゆうに腰を下ろした。

 これなら隣に座れる心配も無いし、近くから見られてバレることはないはずだ。


 そう思いながらチラリと資料の隙間から亜紀の方を見ようとして、そこで彼女が少し緊張した様子でキョロキョロと何かを探しているかのように待合室を見回し始めた。


(な、何でっ!? ま、まさか俺達の計画がバレてたのかっ!?)


 動揺しつつ慌てて再度顔を隠すように資料を持ち上げるが、向こうは俺達に気付いていないのか声を掛けてくることはなかった。


「……ふぅぅ、びっくりしたぁ」

「はぁぁ……何でここに来るなりいきなり室内見回してんのよぉ……もぉ……」

「……俺達に気付いているわけじゃないよな……だったら一度ぐらい名前で呼びかけたりきそうだし……だけどあの仕草はまるで誰かを探しているみたいだし……ま、まさかな……」


 何とかバレなかったことで安堵に胸を撫でおろしたところで、亮が何かを怪しむかのようにそんなことを呟き始める。


(誰かを探す……誰か……俺達に内緒で逢引……男……っ)


『私、好きな人ができたからもう近づかないでね』


 一瞬そんな疑惑が生まれるとともに、かつて亜紀に言われた言葉がフラッシュバックした。

 途端に俺の胸はざわめき、当時感じた全身の血液が凍り付いたような苦しみを思い出しそうになる。


(……無いっ!! 絶対に無いっ!! 亜紀は変わったんだっ!! あの時とは違うっ!! それを間近で見て来た俺が……大切な女性のことを信じなくてどうするっ!! 何より俺が弱気になってたら、こんな俺を頼ってくれてる直美ちゃんまで不安にしちまうだろうがっ!! しっかりしろ史郎っ!! 過去のことなんか忘れろっ!! 今度こそ亜紀と……直美ちゃんのあの笑顔を守り抜くんだろっ!!)


 しかしすぐに頭をふってその不埒な考えを吹き飛ばし、改めてバレないよう資料の淵からそっと片目だけで亜紀の様子を観察した。

 すると亜紀は探していた相手を見つけられなかったようで一人のまま……安堵したように息を吐きながら受付に向かっていった。

 実際にその顔にはほんの僅かだが笑みが戻っていて、亜紀が探していた相手はむしろ会いたくない存在であるとはっきり語っているようであった。


(そうだよな、亜紀……やっぱりお前は俺達に心配を掛けたくなくて一人で問題を抱え込んでただけなんだよな……)


「……はぁぁ」

「ふぅぅ……」

「……悪い、二人とも……やっぱり俺が浅はか過ぎたみたいだな……済まん、変なこと言って不安をあおるような真似して……」


 それを理解した俺と直美もまた反射的に安堵の息を吐いてしまう中で、亮もまた亜紀が裏切っていないと理解したようで申し訳なさそうに俺達に頭を下げてきた。


「……いや、お前は俺達を心配してくれてあえてああいう厳しいこと言ってただけだろ……気にしてないって……」

「だけど何度も霧島さんを疑うような真似して……最低だな俺は……連れて帰ってきた責任とか勝手に感じてたから……って言ったら言い訳になるな……後で霧島さんに謝るよ……」

「亮……お前はさぁ、本当に色々と……」

「二人とも、そんなこと今はどぉでもいいでしょぉ……大事なのはここからなんだからね……」


 本当に申し訳なさそうに首を垂れる亮に何か声を掛けようとしたが、そこで直美の深刻そうな言葉にはっとする。


(そ、そうだ肝心なのはここから……亜紀がどんな問題に直面しているのかと、それをどう解決するかだ……そのために来たのに、何を安堵してるんだ俺はっ!?)


 本来の目的を忘れそうになっていた自分を叱咤しつつ、改めて俺達は亜紀の教習所での活躍を見守ることにするのだった。


(だけど来てすぐに誰かを探して……そいつが居なかったら安堵したってことは、多分教習所に通っている奴が何かちょっかいを出してるってことなのか……そりゃあ亜紀は俺達と同世代だけど普通に美人だしモテても不思議はないけど……だけどそれだけであんなに曇るわけないしなぁ……一体どうなってるんだ?)

次話で最後ですが、少し時間が掛るかもしれません。

申しわけありません。

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― 新着の感想 ―
[一言] 教官ではなく生徒だったのかなあ。教習所選びの際に多少無理をしても少し遠くにしておくべきだったかねえ。 あと一話。どういう結論になるか、お待ちします。
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