史郎と亮とオタク少女な直美ちゃん85
「にひひぃ~、約束だからねぇ史郎おじさぁ~ん」
「うぅ……わ、わかったから……早く行こうね」
結局後輩の子に連絡して適当な私服を貸してもらい着替えた直美はニヤニヤと笑いながら俺の腕を引いてくる。
(うぅ……ま、まさかあの格好が全部駆け引きだったなんてぇ……いやでも考えてみれば人の目が気になる直美ちゃんがあんな姿で外に出れるわけないんだけどさぁ……は、嵌められたぁ……)
どうしてもあの恰好でお外に出てほしくなかった俺は、むきになる直美に必死になって頼み込み……ご機嫌を取る様につい何でもお願いを聞いてあげるからと言ってしまったのだ。
すると直美は一転して笑顔になると素直にはぁいと返事をして、ササっと着替えてきてしまったのだ。
「うぅん……直美ちゃんもこんな高度な交渉ができるぐらい成長したんだねぇ……」
「ふっふぅんっ!! 直美は史郎おじさんの攻略チャートを確実に埋めて行ってるんだからぁっ!!」
堂々と胸を張る直美を亮は当事者でないからか、どこか微笑ましそうに見つめていた。
しかし俺としては本気で直美に攻略されかかっている気がして……しかもなんか王手をかけられたような気持ちになってしまう。
(ま、まさか本当に直美ちゃんに攻略されかけるなんて……い、いやきっと可愛い直美ちゃんのことだからささやかなお願いのはずだ……新作のゲームが欲しいとか、美味しい物が食べたいとか……そうに決まってるさ……)
「えへへ~、何して貰っちゃおぅかなぁ~……いっその事、亮おじさんを射止めたあの人にアドバイスを……」
「ちょぉっ!? な、直美ちゃ……っ!?」
「だ、駄目だ駄目だっ!! 直美ちゃんみたいな子供があんな真似しちゃぜぇったいに駄目だったらぁっ!!」
そんな甘いことを考えていた俺の前で直美がとんでもないことを呟き、思わず反射的に言い返しそうになったがその前に亮がものすごい勢いで食って掛かった。
(か、仮にも恋人のしたことを……結果的に愛し合う関係に成れた相手のアプローチの仕方をここまで言うなんて……亮、お前一体何をされたんだ……怖いから聞かないけど……)
「じょ、じょぉだんだってばぁ……そ、そんなこわぁい顔しないでよぉ……」
「ご、ごめんよ直美ちゃん……だけどあんな犯罪一歩手前……いやどう考えても踏み越え……」
「それより、そろそろ行こうぜ……亜紀がどのタイミングで教習所に通ってるのかわからないんだから先回りして待ってないと……その為にわざわざ着替えて変装染みた真似までしてるんだぞ……」
話を逸らすように二人を急かすが、これ自体は事実だ。
亜紀が俺達の居ない間に教習所へと通っていることは確かだが、その正確な時間まではわからない。
(教習所は社会人の都合にも合わせて結構早くから遅くまでやってるからなぁ……)
亜紀は家事をこなしながら教習所に通っている。
ただ家事とはいえ俺達三人分もの量をこなすのには時間が掛る。
だから亜紀が教習所と家事のどちらを先に済ませようとするのかによって、家を出る時間はかなり変化するはずだ。
「そ、そうだったな……よし、いこう……」
「はぁ~い……それでぇ、どぉやっていくのぉ~?」
「亜紀は送迎バスを利用して通ってるはずだけど俺達はタクシーだね……まあそこまで遠くないから大してかからないよ」
「了解……じゃあ俺はあの子に連絡してくるから、史郎はタクシーを呼んでおいてくれ」
そう言って亮は携帯を取り出し、仕事中だからか電話ではなくメッセージを送り始めた。
「そりゃあ構わないけど……あの子の仕事が終わる頃には確実に戻れるだろうし、わざわざ連絡しなくてもいいんじゃ……」
俺とあの子は同じ職場で働いていて、そして亜紀は俺の仕事が終わる時間には帰ってきて晩御飯やお風呂の支度を済ませていた。
だから当然、今回教習所に様子を見に行ってもあの子が帰ってくるまでには全部終えて戻ってこれるはずなのだ。
しかし俺のその言葉を聞いて、亮は……どこか達観したような笑みを浮かべて答えるのだった。
「いや、それがさぁ……あの子は一定時間ごとにに家の電話にかけて来てさ、それで俺が出ないと物凄く暴そ……心配するらしいんだ……事前に伝えておけばまだ少しはマシなんだけどね……」
「えぇ……亮おじさん、それってひょっとしてヤンデ……」
「違うよ直美ちゃん……あの子も女の子だから臆病で寂しがり屋さんなだけなんだ……ちゃんと俺達が結婚して逃げられ……とにかくきちんとした形で結ばれればもっと落ち着くはずだよ……うん……」
余りの状況に直美も少し引いた様子でそう漏らすが、亮はそんなことないとばかりに首を横に振って見せるのだった。
(……よっぽど亮の事、手放したくない……じゃなくて離れたくないんだろうなぁ……だからあんなに結婚を焦って……ちゃんと社会的に結ばれるまで安心できないってことなのか……ひょっとして直美ちゃんや亜紀も、社会的には何の縁も無い俺との関係に何か感じてたりするのかな? だとしたらあの二人を安心させてあげたい俺がするべきことは……)
次かその次で終わりになる予定です。
その後は少しエピローグを投稿するつもりです。




