史郎と亮とオタク少女な直美ちゃん75
「おはようございます雨宮課長っ!! 今日も一日頑張りましょうねっ!!」
「あ、ああ……そうだね、うん……」
出社するなり元気よく話しかけてくる後輩の子……有給が終わってからずっとこんなテンションだ。
(うぅん、妙に艶々生き生きしてるなぁ……気力も溢れてるし……よっぽど亮の家事が上手くて家でリラックスできてるんだろうなぁ……うん、そうに決まってる……)
色々と面倒なことになりそうだからあえて首を突っ込もうとは思わないが、それでも向こうは始終ご機嫌な様子で、暇を見つけては話しかけて来る。
「ふふ、雨宮課長……あんな素敵な方を紹介してくれて本当にありがとうございます……このご恩は一生……いえ、仮に転生しても忘れません」
「お、大げさだなぁ……まあ仲良くしてるみたいで何よりだよ……」
「ええ、とぉっても親しくしていますよっ!! ふふふ、今夜も……はぁぁ……よぉし、あの人が一生外に出な……一緒に暮らしていけるように頑張らないとっ!!」
「……頑張ってね」
何やら怪しげな単語が飛び出してきたが、やっぱり聞こえないふりをして適当に流すことにする。
(だ、大丈夫……二人は上手く行っているさ……こんな魅力的な子にここまで入れ込まれてるんだから亮だって幸せに決まってる……よな?)
まるで自分に言い聞かせるように内心で呟く俺。
何せこの二人を引き合わせたのは俺なのだから色々と責任を感じてしまうのだ。
尤も二人が共に暮らすように……この子の家に亮が連れ込まれてからずっと同棲しているらしいが、それから亮が送ってくるメールは全て惚気染みているものばかりだった。
『いやぁ、たいへんだなぁ毎日……家事代行もきついもんだぜ……おまけに疲れて帰ってきた彼女を労わるために気持ちよくなれるようマッサージもしてあげないといけないからなぁ~』
『知ってるか史郎、すごいアレな話だがゲームの知識はほとんど役に立たない……もちろん女性の好感度稼ぎの話だぜぇ』
『最近遊びに行けなくて悪いな、けど今はまだ彼女との生活が始まったばかりだし……ああ彼女って良い響きだよなぁ~』
『そう言えば史郎、てんで先の話で悪いが……多分近いうちにあの子は寿退……とにかくその辺りのこと考えておいてくれよ~』
亮から来た一連のメールを見直していると、浮かれているであろうあいつの様子が目に浮かぶようだった。
(この内容的にもうこいつら付き合って……というか下手しなくても一線を越えてんのか……マジで幸せそうだから放っておいていいよなこれ……ただ句読点の直後の頭文字を繋げると……いや偶然だな……うん……)
あえて何も気づかなかった振りをして……本当に偶然だろうから下手にアクションするのもどうかと思い、俺は携帯を仕舞うことにした。
「雨宮課長、こっちの仕事は終わりましたよぉ~……ちょうどいい時間ですしお昼にしましょうよ」
「あ、ああそうだね……うん、こっちもキリがいいところまで終わったし休憩しようかなぁ……」
ちょうどそのタイミングで話しかけてきた後輩の子に少しだけドキリとしながらも、俺は彼女と共に休憩室へと向かった。
そして亜紀が作ってくれた手作りのお弁当を取り出して味わい始めるのだった。
「いただきます……むぐむぐ……はぁ……」
「雨宮課長、最近は弁当ばっかりですねぇ……ひょっとして亜紀さんか直美ちゃんの手作りだったりするんですかぁ?」
「そうそう、亜紀が作ってくれてね……本当にありがたい限りだよ……そう言う君もお弁当だけど、やっぱり亮が?」
「はいっ!! あの人、器用で大抵のことは上手にこなしてくれて……おまけに優しいし……はぁ……亮さぁん……」
「は、ははは……仲が良さそうで何よりだよ……うん、仲いいんだよね?」
うっとりした様子でお弁当を見つめている後輩の子に笑いかけたつもりだったが、気が付いたら尋ねてしまっていた。
やはりあのメッセージが気になっているらしい……そんな俺の様子に気付くことなく彼女は緩み切った表情で何度も首を縦に振って見せた。
「そうなんですよぉ~、あの人ったらもう私に夢中でぇ毎日毎晩……ふふ、この調子だと近いうちに結婚まで持ち込めそうだしぃ~……ああ、結婚式にはご招待しますから皆さんで参加してくださいね?」
「あ……そ、そうなんだ……う、うん伝えておくよ……はは……はぁ……」
愛おしそうに自らの腹部に手を伸ばしさすり始める後輩の子に、俺は苦笑いを返すことしかできなかった。
どうやらあの亮のメッセージがどういう意図で発信されていようとも、もはや後戻りは不可能なようだ。
(……まあ亮のことだから本気で嫌がってたらどんな手を使ってでもそう言う関係に成ろうとはしないだろうし……合意ってことでいいよね……そうにキマッテルネ)
自分に言い聞かせながら、俺はこれ以上余計な情報を耳にするまいとお弁当を平らげることに意識を集中するのだった。
「……ところで雨宮課長の方はどうなんですか?」
「えっ!? な、何がっ!?」
「何でそんなに身構えてるんですかぁ……亜紀さんと直美ちゃんとのことですよぉ……雨宮課長、同棲してるんですよね?」
後輩の子は周りに配慮してか同棲の部分だけ声を潜めて話しかけて来る。
「そ、そうだけど……それが?」
「ですからぁ……直美ちゃんはともかく、亜紀さんみたいな歳の近いしかも魅力的な女性と同棲してて……そのお弁当を見る限り家事とかもしてもらってるんですよね……つまり結婚を見据えて一緒に暮らし始めたんじゃないかなぁって……だとしたら被らないようにしたいですし、何時頃になるのか予定を伺っておきたくて……」
「ち、違う違うっ!! 俺と亜紀はそう言う関係じゃないからっ!!」
まさかの言葉に俺は慌てて首を横に振りながら否定して見せる。
(お、俺と亜紀が結婚っ!? な、何でそんな思考に……普通はなっても不思議じゃないかぁ……)
良い歳した男女が共に暮らしているのだから、逆にそう言う考えにならないほうがおかしいのかもしれない。
何より俺自身、亜紀と直美と三人での暮らしに家族のような絆を感じているぐらいだ。
(そりゃあ傍から見ても結婚して本当の家族に成るための予行練習みたいに映っても……ああ、でもそうか……俺があの二人のどっちかと結婚すれば……俺達は本当の家族に成れるのか……)
当たり前の事実だが何やら目から鱗が落ちそうになる……何せあの二人のことをそう言う目で見ようとしてこなかったから。
直美は若すぎる上に色々と脆いところがあって精神的に自立させるまでは父親代わりとして接すると決めていた。
そして亜紀は……かつてのことがあってから、俺は恋愛対象ではないのだと思い込んでいたからその先の関係など連想できるはずがなかったのだ。
「えぇ~、でも初対面の時の発言とか一緒にお買い物したときの様子からしても……何よりその気合の入っている手作りお弁当もそうですけど、亜紀さんは雨宮課長と夫婦に成りたがってるように思えますけどねぇ……」
「……どうだろうなぁ」
彼女の言葉に俺は素直に頷くことはできなかった。
(多分もう嫌われてはいないと思うし、どちらかと言えば好意を抱いてもらえてるとは思う……だけどそれは直美ちゃんや亜紀本人の面倒を見ているからであって、異性としてどうのこうのじゃない気がするんだよなぁ……)
尤も本当のところは本人に聞くまでわからないが、少なくとも俺の方から尋ねることは出来ないだろう。
一度こっぴどく振られているからこそ……今でこそ立ち直っているが、もう一度あんな風でなく丁寧に出会っても亜紀に振られたりしたらやっぱりダメージを受けそうな気がするからだ。
(そうなんだよなぁ、最近の亜紀は俺の好きだったころの笑顔を向けてくれて……正直ドキッとすることも多い……そんな子にもう一度拒絶されたらと思うと……何より俺には……)
かつて好きだった……そして今も好きである亜紀の笑顔を思い浮かべていると、すぐにそれがそっくりだけど別の人の笑顔へと移り変わる。
『史郎おじさぁ~んっ!! だぁ~いすきぃ~っ!!』
(直美ちゃん……ずっと俺が育ててきた……そしてずっと俺のことを好きだと言ってくれていた世界で一番愛おしい子……あの子の好意を無下にはできない……)
正直俺が直美のことを娘以上に思っているのかどうかは、自分の気持ちながら全くわからない。
時折ドキッとすることはあるが、それこそかつて愛していた亜紀とそっくりだから混合してしまっているという可能性もある。
だけどどちらにしても俺はまず直美の好意と向き合わないといけない。
(直美ちゃんがちゃんと成長して大人になって……精神的にも安定して独り立ちして……その上で直美ちゃんの気持ちと、俺自身の気持ちとも向き合わないとな……)
「……とにかく俺の結婚はまだまだ先だよ……どんなに早くても数年はかかるからね……」
「そうですかぁ……まあそれなら私とは予定が被りそうにないからいいんですけどね……ふふふ、亮さぁ~んもう雨宮課長に遠慮する必要はないですよぉ~……今日からはノルマを倍にしてぇ……年内にはケリを……」
「……頑張ってね」
俺の返事を聞いた後輩の子が改めてうっとりとして怪しい発言を呟き始めた。
そのあんまりな内容に、俺は突っ込みを入れる気力も……勇気もなくスルーして今度こそ食事に専念するのだった。
(頑張れよ亮……なぁに子供が出来たらめっちゃくちゃ幸せなのは直美ちゃんを一緒に育ててきたお前も分かってるだろ? だからこれでいいんだよな……うん、俺がこの二人を引き合わせたのは間違いじゃない……そうだよね?)




