史郎と亮とオタク少女な直美ちゃん71
「ど、どうも……初めましてだよね……霧島亜紀です……」
『……どぉもぉ……直美ちゃんの大親友の皆川陽花だよぉ』
『初めまして……私は皆賀美瑠……直美とは親しくさせてもらっているよ……』
ヘッドセットを付けた亜紀が自己紹介をするのに返事をする二人だが、その声は険しさを感じさせるものだった。
(まあ印象は悪いよなぁ……この二人はずっと直美ちゃんを見てきたんだから……)
直美は俺の傍ではまだ明るくしているが、学校などでは肩身の狭い思いをして引っ込み思案な態度を取り続けている。
それを誰よりも近くで見続けてきた二人からしたら……まして直美がああなった大元の元凶である亜紀に思うところが無いわけがない。
尤も逆に言えばそれだけ直美のことを大切に想ってくれているからこそであり、だからこそ俺はこの二人にも今の亜紀を知って欲しいと思ったのだ。
(それともう一つ……直美ちゃんの現状についても、二人の態度から少しでも亜紀に察してもらいたい……)
亜紀は今の直美とはしっかりと向き合っている。
だからこそいずれは直美の抱えている精神的な歪みにも気付いてしまうだろう……そしてそれが育児放棄して男遊びをしていた自らに原因があることもだ。
(何だかんだで直美ちゃんは亜紀の前では、まだまだ虚勢張ってたりするからなぁ……多分亜紀は自分のせいで直美が色眼鏡で見られている事ぐらいは気づいているだろうけど……人の目に怯えるようになっていることは気づいてないはずだ……)
しかし今の亜紀ならば間違いなく遠くないうちに気付いてしまうだろう。
そうなった時に一体どれだけ苦しむのか想像もできないし……まさしく自業自得なのだから避けようもない。
(だけどせめて味わう苦しみを減らしてあげたい……今の頑張ってる亜紀がこれ以上自分を責めるような状況にはしたくない……そんな亜紀を見たら直美ちゃんも辛い思いを味わってしまうだろうから……)
そう思ったからこそ今すぐ直接に伝えるのではなく、色々と遠回しに段階を踏んで少しずつ直美の状況を把握させることで受ける衝撃を減らしてあげたかったのだ。
「そ、そうなんだ……あの……今更私が言える義理じゃないけど……ありがとうね、あの子と仲良くしてくれて……」
『……別にぃ、陽花達が好きでやってることだしぃ……』
『陽花の言う通りだ……何より私に言わせれば先に助けてくれたのは直美の方だからな……あんな優しい子を放ってなどおけるものか』
「……うん、本当に優しくて可愛い子……放っておくなんて本当に馬鹿のすることだよね……」
亜紀の言葉にやはりきつい口調で返事をする二人だが、それでも無視したり直接貶したりしない辺りは立場を弁えているのか……何だかんだでここの所の直美が元気そうだから少しは気を許しているのかもしれない。
「……悪いけど直美ちゃんがお風呂に出る前に終わらせたいからさ、そろそろ本題に入ってもらっていいかな?」
『ふむ、確かにその通りだな……では早速説明を……と言いたいところだが、その前に確認するが今までの直美がどのような状態だったかは覚えているかい?』
「ああ、もちろん……引っ込み思案で大人しくて、二人以外とは殆ど喋らないでふさぎ込んでるだろ?」
「え……そ、そうなの……あの子あんなに元気いっぱいに見えるのに……」
俺の返事を聞いた亜紀ははっきりと驚きを露わにしながら呆然と呟く。
やはり直美が外では態度を激変させることに殆ど気付いていなかったようだ。
(そうだよなぁ、直美ちゃんが亜紀の前で取り乱したのって再会した直後ぐらいだもんなぁ……)
この間お外に皆で出かけた時も俺達という保護者が傍にいたことと、自分を知る人がいない場所まで足を延ばしたため、直美は周りの目を気にせず家にいた時と同じテンションで過ごしていた。
だから亜紀の中では自分が自らの所業のせいで軽蔑されて嫌われているとは思っていても、それ以上の因果は余り把握できていないのだろう。
『そぉだよぉ……直美ちゃん、ほんっとぉにお外じゃ弱々しいんだからねぇ……』
『ああ、正直私たちが傍にいなければ危なっかしくてな……』
「そ、そうなんだ……ねえ史郎……それって原因は……」
「……あんまりこういうことは言いたくないが、直美ちゃんは見た目も可愛いし身体つきも同い年の子とは比べ物にならないぐらい育ってるからなぁ……どうしても変な目で見られて……嫌な思いをしてるんじゃないかな?」
「あ……っ」
亜紀の質問に俺は視線を反らしつつ、ごまかすようにそう語った。
まさか亜紀の仕業のせいで他人の目がトラウマになっているなどとは言えなかったからだが、それでも想うところがあるのか亜紀は気まずそうに俯いてしまう。
(まあこの手の話題になったら自分が男遊びしていたことを連想しかねないもんなぁ……やっぱりまだ早すぎたか……?)
もっと遠回しな伝え方をすべきだったかと反省している俺の前で、亜紀はそれでも顔を上げるとマイクに向かって口を動かした。
「……そ、それじゃあ今もなお……あの子はそんな辛い思いをしながら学園生活を送ってるの……や、やっぱりそれって私が過去に……っ」
『……さぁねぇ……ただ少なくともここんとこの直美ちゃんはびっくりするぐらい元気だけどねぇ~』
『そうだな……陽花の言う通り、貴方が戻ってきて少ししてから……直美は学校でも驚くほどに楽しそうに私達に話しかけてくるようになったな……』
「えっ!?」
恐らくどこかで自分を糾弾する言葉を求めていたであろう亜紀は、そこで聞こえてきた内容に再度驚きの声を上げる。
「そっか……亜紀が戻って来てから、今は良い方に変わってきてるんだね?」
『いちおーねぇ……前はがっこぉ内じゃぁ陽花達の方から話しかけに行かないとあんまり会話もできなかったのにここんとこは自分からやってきて、毎日のように誰かさんの愚痴を聞かされてるんだから』
『料理の手際がどうの、ゲームの腕が何だの……ついでにどこぞのヘタレなおじ様が鼻の下を伸ばして云々と……呆れたような口調で語りながらもその顔には満面の笑みが浮かんでいてな……とても楽しそうに過ごしているように見えるな』
「……っ!!」
更に二人から直美の現状を知った亜紀は自分が戻って来てから直美が元気になっていると知り……何より自分の話題を楽しそうに話してくれていると知ると感激した様子で言葉を飲み込み……涙すら浮かべ始めてしまう。
もちろんそんな様子はベッドセット越しでは向こうには伝わらないだろうけれど、それでも二人の声がだんだん穏やかになってきているように思われた。
『そうそう……最近の直美ちゃん、がっこぉでもまるでおじさんさんやゴリラさんと一緒にいる時みたいな笑顔を浮かべるようになってて……本当に陽花、少しだけ安心したんだぁ』
『この調子で直美の精神を安定させてくれるとありがたいのだけれどね……無論、逆に取り乱させるような真似をしようものなら……』
「ぜ、絶対にしないよっ!! 約束するっ!! こんな私を受け入れてくれたあの子を二度と悲しませたりしないからっ!!」
最後にそう言われた亜紀ははっきりと首を横に振りながら力強く宣言して見せるのだった。
『そっかぁ……ならいいけどねぇ……それよりこっちのじょーきょぉはこんなもんだけどぉお家ではどんな感じなのぉ?』
『何でも早寝早起きして料理を共に作っているとか……正直、あの直美がそこまでできるのか疑問だが確かに身だしなみなども整っているからな……』
「ああ、それが本当なんだよね……それも亜紀が来てからだけどな……何だかんだで皆で一緒に料理作ったりゲームしたりして……ずっと笑顔で楽しそうに過ごしているよ……」
「そ、そうだね……あの子お家ではすっごく元気いっぱいで笑顔を見せてくれてね……この間も私を誘ってくれて一緒にゲームして……」
今度はこちらの番とばかりにお家での直美のことを語り出す亜紀だが、その顔は自慢の娘を語る親のように……本当に幸せそうな顔に見えるのだった。
(お互いに相手を語る時にこんな楽しそうにするなんてなぁ……ふふ、やっぱり本当に母娘なんだなぁ……でもこれで二人も今の亜紀なら信じれるって思ってくれたよな……直美ちゃんのことを大切に想ってくれている二人だからこそ、ちゃんとそこは理解しておいてほしいもんな……)




