史郎と亮とオタク少女な直美ちゃん69
「ふぅ……疲れたぁ……」
会社からの帰路を歩く俺は、異様なほどの疲労に包まれていた。
尤も今は繁忙期というわけではないので仕事が忙しかったわけではなく、どちらかといえば精神的な気苦労のせいであった。
(ま、まさかあの子……マジで休みを取るとは……)
ため息をつきながら携帯を取り出し、改めて会社に着く直前に送られてきた二人からのメッセージを再確認する。
『雨宮課長へ、繁忙期にならないうちにまとめて有給を消化したいと思います。一週間ほどよろしくお願いします』
『史郎……俺、どうしたら……昨夜あの子の家でお茶を進められて少し飲んだところで、急に疲れが出たのか眠気が襲ってきて……そんな俺を見かねて泊めてくれたみたいだけど、目が覚めたら隣にあの子が寝てて……何も問題はなかったって言ってるけど、記憶があやふやなんだ……もし何かあったら……いや、何も無くても一緒の布団で寝た以上は責任取らなきゃ不味いよな?』
やはり何度見てもあの子の恐ろしさに対して亮が余りにもピュアすぎて、何だか涙が零れそうになる。
(もう駄目だろうな亮は……間違いなくあの子の掌の上だよ……今後一生、尻に引かれて生きてくことになりそうだなぁ……)
友人の行く末が簡単に想像できてしまうが、それでも俺は口出しするつもりは全くなかった。
何だかんだで昨日の亮はあの子と共に居られることに幸せを感じているようであった……そしてあの子の方も。
つまりは両想いであることは事実なのだから、わざわざ他人の俺が邪魔をする必要はないのだ。
(まあこういう結ばれ方は亮としては不本意かもしれないが……だからって俺が余計なことして関係がこじれたらその方が困るだろうしな……べ、別にあの子の目が怖いわけじゃないんだけど……いや、ちょっとだけ怖いけど……とにかく俺は見守ることにしよう、うん……)
そう結論付けた俺は改めて二人にそれぞれ返信した自分のメッセージが問題がないかだけ確認しておくことにした。
『有給の件、了解いたしました……どうかごゆっくりとお休みください』
『まあ頑張れよ亮』
(……これ以上返信が無いってことは無事収まったってことなんだろうな……そういうことにしておこう)
もうこのことは忘れようと携帯をしまいこむと、俺は帰宅することに意識を集中させることにした。
尤もやることと言えば多少足を急がせるぐらいだが、その程度のことでも多少は自宅に帰り着く時間が早くなる。
「ただいまぁ……はぁ……」
「……おかえりなさい史郎、お疲れ様です」
家に入るなりすぐに亜紀が台所から顔を覗かせて、美味しい料理の匂いを纏わせながらこちらまで出迎えてくれる。
髪の毛をまとめてエプロンを付けている亜紀の姿は、落ち着きこそ感じられるが妙な色気を感じてしまう。
(何て言うか……凄い人妻感がする……いや、ただの想像だけど……)
そんな亜紀が微笑みを浮かべながら、働いてきた俺を労わる様に鞄へと手を伸ばしてくる。
「い、いや大したことしてないから……後、鞄とか持たなくても……」
「ううん、史郎は自分だけじゃなくて直美や私の分まで生活費を稼いでくれてるんだもの……十分凄いし感謝してる……だからせめて家の中でぐらい出来る範囲で労わってあげたいの……私の意志でしてあげたいの……駄目?」
「だ、駄目じゃないけど……じゃ、じゃあ頼むよ……」
まっすぐ俺を見つめながらそんな風に聞かれては、とても首を横に振ることはできなかった。
だから亜紀に鞄を持ってもらうと、何故か嬉しそうな顔で受け取り両手で宝物を持つように抱え込んだ
「ありがとう史郎……ところで史郎、お風呂もご飯も支度は出来てるけどどっちからにする?」
「え……そ、それは……」
次いで亜紀はそんなことを口にし始めて……それこそ何かで見たことのあるような新婚の夫婦の様なやり取りに胸がドキッとしてしまう。
(亜紀のエプロン姿といい、なんか変に意識してしまいそうだ……俺達はそう言う関係じゃないってのに……)
「え、えっと……じゃあごは……」
「それともぉ~、直美にするぅっ!?」
「うぉっ!?」
「あははっ!! おっかえりぃ史郎おじさぁ~んっ!! さあさぁ、直美と一緒にお部屋でお楽しみタイムなのだぁっ!!」
軽く呼吸を整えつつ返事をしようとしたところで、ドタドタとした足音と共に駆けつけてきた直美がこちらへと飛び掛かってきた。
そして満面の笑みを浮かべながら俺に抱き着き、その手を取って何処かへと引っ張って行こうとする。
「な、直美ちゃんっ!? な、何を言ってるのさっ!?」
「にひひ~、わかってるくせにぃ~……もぉ史郎おじさんったらぁ、そんなに直美のお口から聞きたいのぉ~?」
「い、いやそういうことじゃ……ちょ、ちょっと引っ張らないでってばっ!?」
「ふふふ、大丈夫だよ史郎……多分お部屋でゲームやろうってことだから……お友達と一緒に遊んでるみたいだから……」
「あ……な、なんだそういうことかぁ……」
直美の誘いに困惑する俺だったが、亜紀の言葉でようやく本意を理解して安堵に胸を撫でおろす。
(そ、そうだよなぁ……それしかないよなぁ……はぁ……よかったけど、ちょっとだけ……いや……)
その際に頭の片隅に不埒な想いが掠めそうになっていたが、すぐに頭を振って吹き飛ばす。
「あぁん、もぉ~……せっかく史郎おじさんのはんのぉをたんのぉしてたのにぃ~……ばらしちゃ駄目なのぉ~」
「ごめんごめん、だけど史郎をあんまり困らせちゃ駄目よ……いっぱいお仕事頑張って疲れてるんだから……」
「直美だって学校頑張ったもぉ~んっ!! だから史郎おじさんと遊んで疲れを癒すのぉ~」
「はいはい、わかったからお着替えぐらいはさせてね……」
俺にしがみ付いたまま可愛らしいわがままを言う直美の頭を優しく撫でてあげながら居間へと向かって進んでいく。
そんな俺達を亜紀は優しく見守りながら、後ろから付いて来てくれるのだった。
(ああ、なんかいいなぁ……可愛い可愛い直美ちゃんがいて……生活を支えてくれる優しい亜紀がいて……俺凄く幸せ者じゃないか……まるで本当の家族に包まれてるみたいな……こんな日々がずっと続くと良いんだけど……いや、俺が守って行かなきゃいけないんだよな……大黒柱として……)




