史郎と亮とオタク少女な直美ちゃん68
「じゃあ行ってくるぞ……出かける前に戸締りと火元のチェックだけはちゃんとしといてくれよ」
「うん、わかったよ……行ってらっしゃい二人とも」
「……行ってきまぁす」
亜紀に玄関先まで見送られ、そんな当たり前の挨拶で送り出されていく俺と直美。
(なんかいいなぁ……こうやって送り出してくれるの……直美ちゃんとは時間の関係上、俺が送り出してばっかりだったもんなぁ……)
俺がそんな幸せな気持ちに浸っている中で、隣にいる学校に行く支度を済ませた直美もどこか感慨深そうに返事をしていた。
その姿は俺や亮に見送られていた時より嬉しそうに見えて、少しだけ悔しいと感じてしまうが……それ以上に喜ばしいと思えてしまう。
(そうだよなぁ……実の母親に見送られるなんて普通の家庭にはありふれた光景だけど、直美ちゃんからしたらあきらめざるを得なかったもの……それが今更ながら手に入ったんだ……感動しても不思議じゃないよな……)
何やら俺の方まで感動しそうになり胸が詰まり涙が零れそうになる。
しかしこんな良い空気を壊したくなくて必死にこらえていると、直美がそんな俺の手をさっと取って引っ張り始めた。
「ほら、いこぉ史郎おじさん」
「あ……そ、そうだな……じゃあ後任せたぞ……教習所は頑張れよ?」
「大丈夫だって、ちゃんとネットで調べて連絡してみるから……何でもかんでも史郎にやってもらってばっかりじゃ駄目だもんね、少しは自分の力でやってみるよ」
そのまま直美に連れられて家を出る前に亜紀へ激励を掛けるが、向こうはやる気満々と言わんばかりの顔で頷いて見せた。
(やっぱり亜紀もちゃんと成長してるんだな……俺に頼りきりじゃなくて自分の力で出来ることはやろうとして……それ自体は凄い立派だと思うけどもっと頼って欲しいとも思ってしまう……もちろん直美ちゃんにも……)
何だかんだで俺はこの二人のことを大切に想っているからこそ、立派に成長していくところに喜びを感じつつ寂しさを覚えてしまうのだ。
「そうだな……だけど何かあったら迷わず相談し……うぉっ!?」
「ほらほらぁ、いつまでも二人でくっちゃべってないで直美といくのぉっ!!」
だから未練がましくそんなことを口にしていたところで、しびれを切らしたらしい直美に力づくで家の外へと連れ出されてしまうのだった。
「わ、わかったから引っ張らないで……」
「やぁっ!! このままギリギリまで史郎おじさんとお手て繋いでくのぉ~っ!!」
更に直美は俺の手を握り直すと、勢いよく振るいながら楽しそうに通学路を歩き出した。
俺の向かう駅も途中までは道が一緒であり、尚且つ今日は直美に合わせて家を出たためにかなり余裕がある。
だから一緒に行けるところまで行くつもりではあったが、まさか手を握り合っていく羽目になるとは思わなかった。
(こ、こんなところ近所の人に見られ……ても問題はないけど……でもなぁ……)
この近所では霧島家の奇行とその隣に住む俺の一家がどうかかわっているかは有名になっている。
だから仮にそいつらに見られても別の問題こそあれど通報されたりはしないだろうが……それでも俺みたいなおっさんと見目麗しい女子高生が手を繋いで歩いているところなど、傍から見たら怪しいとしか言いようがない光景だろう。
(まあ人によっては仲の良い親子連れだと思われなくも……いや、やっぱり高校生にもなって父親と手を繋いで通う子がいるはずないから無理があるか……)
とにかくこのまま事情を知らない人に見られたら厄介なことになると、俺が必死に振り解こうとしたところで……前からやってきた見慣れた顔の男とすれ違った。
確か近所に住んでいたはずの男だが、向こうは俺達に気付くと露骨に顔をしかめてさっと視線を反らしてしまう。
(完全に避けられてるなぁ……まあ仕方ないか……)
かつての亜紀は余りにも男遊びが酷く、それに精神をやられた亜紀の母親は直美に過剰な虐待まがいの教育を施し、それに口出しする人達に対して刃物を持ち出して暴れたりしていた。
だから完全に霧島家の人間は厄介者扱いされていて、それと関わっている俺もまた似たような目で見られているのだ。
「……っ」
「あ……直美ちゃん……」
そこで一層強く俺の手を握りしめた直美は、青ざめかけた顔で力なく俯きながら俺の身体に縋りついていた。
かなり状態が良くなってきているように見えるが、ああいう他人の態度は未だに耐えがたいようだ。
(こればっかりはまだまだ時間が掛りそうだな……でもゆっくり支えてあげよう……俺と亮……それに亜紀も含めた三人で……そうすればきっと何れは……)
「大丈夫直美ちゃん?」
「……うん……史郎おじさんがいてくれるからだいじょぉぶ……だけど、早く行こ?」
「そうだね……じゃあちょっと駆け足で向かおうか……」
「うん……そぉするぅ……」




