平日の夜⑯
「おっじさぁ~ん、お寿司食べに行こぉ~」
「うぅ……駅前で待ち構えてたのはそのためかぁ……お金ありませぇん」
「だいじょーぶぃ、きょーは直美のごちだからぁ」
言って財布の中身を見せつけてくる直美。
中には諭吉が十枚近く入っていた。
(ああ……霧島の親父さんが生活費を振り込んだのかぁ)
よく見れば直美の表情が若干硬い。
恐らく無理して笑っているのだろう。
家庭を放棄して浮気相手と逃げ出した軽蔑すべき祖父であり……書類の上では父でもある人からのお金だった。
(本当は受け取りたくないんだろうけど……生活できないからなぁ……)
もしも俺にもう少し甲斐性があればもっと援助してあげるのに情けない限りだ。
「うーん、じゃあご馳走になっちゃおうかなぁ」
少しでも直美が元気になればと思って付き合うことにした。
(一応奢らせて気分良くさせてあげて……後で色々理由付けて返金してあげよう……)
「けってーいっ!! じゃあさっそくいこーっ!!」
直美に腕を引かれるまま、俺たちはお寿司屋さんを目指した。
そして回らない寿司屋という都市伝説でしか聞かない場所に俺は辿り着いた。
「な、直美ちゃん……こ、この店は危険だよっ!?」
「だいじょーぶぃ、おじさんもいるしぃ何とかなるなるぅ」
「えぇ……」
そっと財布の中身を確認する。
雑魚いお札が二枚だけだ。
とても俺の戦闘力で歯が立つ相手ではない。
「どぉも~二名でーすっ!!」
「うぅ、ほ、本当に入ったぁ……お邪魔しますぅ」
「いらっしゃい、こちらへどうぞ」
職人に案内されるままに奥の席へと座った。
そして値段を確認して……眩暈がした。
(い、一貫で……五百円だとぉ……)
「たいしょぉ~、大トロとイクラとウニとぉ……おじさんは何にするぅ?」
「……かっぱ巻きとお茶で」
「もぉ~好きなモノ食べなよぉ~……さっきの二人分でお願いしま~すぅ」
「ひぃっ!?」
目の前に今の俺の全財産より高価な寿司が並ぶ。
回転ずしとはネタのテカりが全然違う気がする。
「んぅ~うまぁい~っ!! やっぱりここのお寿司おいしぃ~っ!!」
「えぇ……前に来たことあるのぉ?」
「うん、ちょっとねぇ~……それより早く食べなよぉ~」
「うぅ……」
値段がちらついて全く食欲が湧かない。
だけど来てしまった以上は食べないわけにもいかない。
恐る恐る口にして、極上の味を堪能した。
(確かに美味しい……美味しいけど……やっぱり値段が気になるぅぅううっ!!!)
どうしても味に溺れることができない。
庶民の、いや最下層民の俺にはこのような豪華な食事は似合わないようだ。
俺は緊張して固くなりながら箸を進めるのだった。
「ねぇ、美味しいでしょ~」
「う、うん美味しいよぉ……それでそろそろ……」
「マグロの大トロ追加で二つぅ、あと中トロも……そうだ鯛も食べないとねぇ」
「な、直美ちゃんっ!?」
「卵焼きも追加で~」
どんどん注文されて、後のことを考えて心が痛む俺。
だけど直美はしっかり笑顔になっていて、付き合ってよかったと思えた。
(しかし直美ちゃんの笑顔って金で買うとこんなに高いのかぁ……まあそれに似合った価値はあるけどさぁ……)
「ほらほらぁ、おじさんも頼んで食べてよぉ~」
「……わかったよ、じゃあ遠慮なく食べちゃうぞ~」
「まっかせなさ~いっ!! 直美にお任せ~っ!!」
(返金は今度の給料日とボーナスが出たときにしてあげるとして……今はこの笑顔の為にも食べようじゃないかっ!!)
直美が喜んでくれるならと、俺も意を決して高価なお寿司に挑むのだった。
「えっとじゃあ美味しかった大トロ……じ、時価って……じゃあイクラ……もやばい……え、えっと……お茶ください……」
「あと大トロとイクラも追加で四貫っ!! ジャンジャン食べよぉ~っ!!」
「ひぃぃいいっ!?」




