史郎と亮とオタク少女な直美ちゃん67
「おっはよぉ~史郎おじさぁ~んっ!!」
「うぉっ!? だ、だからボディプレスは止めなさいってっ!?」
「えぇ~、だってこれぐらいしないとおねぼぉさんな史郎おじさん起きないもぉ~ん」
俺をボディプレスで起こした直美は、ニコニコと楽しそうに笑いながら布団越しに抱き着いてきた。
(朝から元気いっぱいだなぁ……しかも朝食作る亜紀に合わせてるのか早起きだし……)
昨日も俺の部屋で三人揃って寝たはずなのだが、起きて室内を見回してみれば既に亜紀の姿も無かった。
また直美も顔を洗った後のようで髪の毛も完璧に整えられており、衣服を除けばすぐにでも学校に迎える状態のように見えた。
(凄いなぁ……最近はともかく普段だってすごく寝坊助だったし、寝癖だってろくに直そうとしなかったのに……)
亜紀に張り合っているだけかもしれないが、ここまで生活習慣が改善している事実に感動を覚えてしまう。
だから俺は抱き着いてきた直美にそれ以上文句を言うことなく、むしろ優しく頭を撫でてしまう。
「はいはい、わかったわかった……おはよう直美ちゃん」
「あ……えへへ~」
それだけで直美は子供の頃のように……それこそ周りの目に怯える前の小学生以前の時に見せていた顔によく似た無邪気な笑顔を浮かべてくれる。
(本当に可愛いなぁ……まるであの頃に戻ったみたいだなぁ……よし、あの頃みたいに……っ)
俺もまた直美を抱き返しながら上体を起こし、そのまま二人の間から毛布を抜き取った。
「あぁん、直美このまま史郎おじさんとおネンネ……ふぇぇっ!?」
「よぉっとぉっ!!」
名残惜しそうな声を上げる直美だが、そこで俺が気合を入れて直美を抱きかかえたまま立ち上がると困惑気味な声を洩らす。
それでも俺から離れまいと首に手を回して抱き着く直美を運びやすいよう抱え直す。
(うぐっ!? お、重くなったなぁ……前は軽々と抱っこしてあげれたのに……それだけ成長したってことなんだよなぁ……)
直美の重さに成長を実感しながら、子供の頃よくやってあげた様に抱っこしたまま食卓まで運んであげようとする。
「あ……わぁ~いっ!! 史郎おじさんたっくましぃ~っっ!! 楽チンチィン~っ!!」
「そ、その言い方はやめなさい……うぅ……」
一瞬あっけに取られていた直美だが、すぐに状況を理解して笑顔になると俺の腕の中ではしゃぎ始めた。
しかし俺の方は直美の身体を支えているだけで精いっぱいで、脂汗がにじみ出てくる
(こ、これは……む、無理っぽいかも……)
「GOGO~っ!! 居間に向かってバックシィ~ンっ!!」
「うぐぐ……な、直美ちゃん……や、やっぱり降り……」
「駄目ぇ~っ!! 史郎おじさんからしたんだから責任取ってもらうんだからぁ~っ!! ほらほら、早く早くぅ~」
「うぐっ!? わ、わかったからそんなにきつく抱きしめないで……っ」
俺の言葉をあっさりと切って捨てた直美は、力いっぱい俺に抱き着いてくる。
こうなるともう降ろすこともできず、俺はそのまま力を振り絞って居間へと向かった。
すると廊下に出た時点で出来立ての香ばしい料理の匂いが届いてきて、実際に食卓前まで到着すると予想通り朝食が準備されている。
「おはよう史郎……ふふ、朝から仲良しさんねぇ」
「ふっふぅ~ん、直美と史郎おじさんはラブラブなんだもぉんっ!! これだって史郎おじさんからやってきたぐらいで……」
「い、良いから早く椅子に座ってご飯食べようねぇ……学校に遅れちゃうし、迎えに来てくれるお友達も待たせることに……」
腕の感覚が無くなってきて一刻も早く降ろしたい一心でそう告げるが、直美は抱き着いたまま首を横に振って見せた。
「だいじょぉぶだもぉんっ!! 陽花と美瑠にはきのぉのうちに迎えに来なくても良いって言っておいたもんねぇ~、がっこぉだってまだまだよゆぅあるし何なら走れば……」
「あ、危ないわよ走っていくのは……それに史郎だってお仕事があるんだから、今はもう食事にしましょう……また夕方に続きをして貰えばいいんだから」
「むぅぅ……まあ仕方ないっかぁ……じゃあ夕方にまたお姫様抱っこしてもらって今度はお風呂に運んで……ぐふふ、約束だからね史郎おじさぁん」
「え……い、いや続きも何もないんだけど……か、勝手に決めないでぇ……」
それでも亜紀にやんわりと指摘されると、直美は少しだけ不満そうにしながらも素直に俺から離れて席に着いた。
勝手に変な話になっていることには困ってしまうが、同時にあの調子に乗っている直美の行動を簡単に窘めてしまった亜紀の手腕に驚いてしまう。
(俺や亮なら甘やかしに甘やかして、切羽詰まるギリギリまでワチャワチャしてただろうなぁ……だけど素直に聞く直美ちゃんも、かなり亜紀に心を許してきてるみたいだなぁ……)
「ふふ、良いじゃないそれぐらい……それより史郎、早くご飯食べないと遅刻しちゃうんじゃないの?」
「あ……そ、そうだな……じゃあ、いただきます」
「いっただきまぁ~すっ!!」
亜紀に言われるままに食事へと手を伸ばし、パッと見は綺麗に出来ている料理を一つ一つ味わっていく。
(うん……火加減もちゃんとしているし、お味噌汁からおかずまで揃ってて……普通に美味しいな……)
それこそ俺の母親がいたころに作ってくれていた朝食を思い出して、俺は懐かしさに浸ってしまう。
「はむ……んぅ……まぁまぁですなぁ~……このちょぉしで精進するよーにっ!!」
「はぁい、わかりました……史郎は味、どう思う?」
「……上手いぞ、うん」
「そっか……よかったぁ……」
俺達の感想を聞いて亜紀は穏やかに微笑みながらこちらの食べる姿を見守り続けていた。
その姿は本当にかつて朝食を用意してくれていた母親に重なって見える気がした。
「はむはむ……史郎おじさん食べないならおかず貰っちゃうよぉ~っ!!」
「あっ!? た、食べるからねっ!! 人のご飯取らないのっ!!」
「あらら……なら、私の分を少し持っていって良いよ……結構お腹いっぱいだから」
「じゃぁ……もーらいっとっ!! はむっ!!」
若い盛りの直美が食欲を訴えて、それを聞いて亜紀がおかずを譲る。
どちらも笑顔で幸せそうで……それを見ている俺もまた物凄く幸せな気分に浸ってしまう。
(何だろうこの気持ち……これが家庭を持てた父親の心境なのかな……凄く幸せで満ち足りてる……今までの人生で一番……)
俺の中で最も幸福だった時間はまだ幼く素直に懐いてくれていた直美や亮と過ごした時間……或いは幼すぎる亜紀と訳も分からないまま婚約の約束をした時だったかもしれない。
だけど今感じている幸福は、間違いなくその時以上に……最高の幸せだった。
(このまま、こんな時間がずっと続いてほしいな……直美ちゃんはもちろん……亜紀にも傍にいて欲しい……ずっと三人で居られたら……本当の家族のようになれたら……)




