史郎と亮とオタク少女な直美ちゃん65
「史郎たちは車なのか……じゃあここでお別れ……大丈夫かおい?」
「うぅぅ……と、亮おじさん代わりに運転してってぇ……」
「だ、駄目よ……流石に悪い……駄目だよね?」
「……そんなに俺の運転はイヤですか?」
食料品も買い終えたところで時間も時間になり、今度こそ帰り支度を始めた。
しかしそこで俺達が車で来ていると知ると、途端に亮は顔をひきつらせた。
更に直美達も来たときのことでも思い出したのか、亮にすがるような視線を向け始める。
「へぇ……雨宮課長は色々と器用なのに車の運転は駄目なんですか……何か意外ですね?」
「い、いやそんなことないと思うけど……ただあんまり運転する機会がないだけで……」
「そ、そんなことないことないもん……レースゲームしかしたことない直美の方がずっと上手に運転できそーだったもん……」
「俺も一度だけ乗ったことあるけどな……いやぁ、下手なホラーゲームよりずっとハラハラしたぜ……」
「あ、あはは……ごめんね史郎、否定できないや……」
誰もかれもが俺の運転をぼろくそに言ってきて……少し泣きそうだ。
(ど、どうせ俺は運転しないでゴールドを獲得したペーパードライバーですよぉだ……ぐすん……)
「そ、そんなに……で、ですけど雨宮課長ならきっとすぐに慣れて汚名返上、名誉挽回してくれますって……」
「うぅ……ま、間違えてるよぉそれぇ……正しくは汚名挽回、名誉返上だよぉ……」
「な、直美ちゃんさぁ……それわざと言ってるでしょぉ……はぁ……」
「不貞腐れるなよ史郎……事実なんだから仕方ない……何なら俺がタクシー代出すから車置いて帰れば?」
「と、亮よぉ……お前そこまで言うのかよ……」
真面目な顔でそんな提案までしてくる亮を睨んでしまうが、同時に俺は内心で少しだけ驚いていた。
(あの亮がねぇ……俺と一緒で直美ちゃんのお願いなら何よりも優先して叶えようとしてたってのになぁ……)
恐らくかつての亮ならば、自分が運転して全員を送り返すと言っていたはずだ。
しかしそうすると俺の車を使う関係上、俺達の家を最後にして回らなければならなくなる。
当然その場合は後輩の子を最初に家へと送り届けなければいけなくなり……二人きりで過ごすことは愚か、共に過ごせる時間すら減ってしまう。
だからこそ亮はあえて直美の提案に頷くことなく、別の案を口にしているのだろう。
(それだけこの子のことを大切に想ってるってことか……でもある意味このタイミングでよかったよ……おかげで俺も心の底から祝福できるし……応援できる……)
チラリと直美の方を見れば向こうも亮の様子が違うことに気付いているようだが、少しだけ複雑そうな顔をしてはいるが微笑みを浮かべられていた。
「タクシィ代かぁ……うぅん、それも悪くないけどお車置いて行ったら後が大変だもんねぇ……は~ぁ、まあ亮おじさんにこれいじょぉ我儘言うのも悪いし良い子の直美ちゃんは素直に史郎おじさんの運転で帰るとしま……頑張って帰るね……うん……」
そして直美はまるで亮の判断を後押しするように、我儘を止めて素直にそう言ってくれた。
(少し前までの直美なら亮が離れていくの嫌がっただろうに……よほど亜紀が母親として戻ってきてくれたのが大きかったんだろうなぁ……)
実際に昨日は亮との別れ際に、自分より優先する人が出来て離れていくことを直美は怯えているようであった。
しかし昨夜に亜紀と話し合って過去と向き合い……その上で一度離れて行った人が戻ってくるということも体験した直美は、ようやく心にゆとりが出来つつあるようだ。
そして今、直接亮の想い人と接しながら亮自身の反応も見た上で……それで亮が幸せになれるならと受け入れてくれたのだろう。
(直美ちゃんもいつの間にか強くなったなぁ……だけど俺の運転にはそこまで怯えるんだね……うぅ……)
「な、何なら俺一人で運転して帰るから二人はタクシーで帰っても……」
「い、いやそんなっ!? そこまでしなくていいからっ!! それにあんな危険なこと史郎一人にさせるわけに……あっ!?」
「あ、亜紀ぃ……お、俺の運転はそこまでの危険行為なのかぁ……」
「自覚ないんだからぁ……おか……の言う通りだよ史郎おじさん……私達が付いてないととちゅぅで大惨事間違いなしだってばぁっ!!」
「……はは、大変そうだなぁお前らは……だけど悪いけど俺達はそろそろ行くぞ」
果たして俺達のそんな態度を見て亮は何を思ったのか、軽く笑いつつ謝罪を口にしながらも後輩の子の荷物を代わりに持って俺達に別れを告げて来た。
「そ、そうですねっ!! 私達の……私の家はこっちですもんねっ!! じゃ、じゃあ雨宮課長また明日っ!!」
「あ、ああ……じゃあまた明日ね……」
「ちょ、ちょっとそんな引っ張ったら……じゃ、じゃあな皆……マジで事故だけは気を付けろよっ!!」
亮の言葉を聞いて後輩の子もまた目を輝か……ぎらつかせながら勢いよく頭を下げて別れを切り出し亮の手を引いて歩き出した。
その余りに素早い動きに俺達は目が丸くなり、亮もまた困惑しつつも引かれるままに彼女の隣を歩いて行った。
「……気を付けたほーがいいのはとぉるおじさんの方なんじゃないのあれ?」
「う、うぅん……あの目は紛れもなく捕食者の目立ったねぇ……お家まで行くんだよね嵐野君……大丈夫かなぁ?」
後に残された俺達はまるで肉食獣に捕まった草食動物を見守るような気持ちになってしまうのだった。
「あ、あはは……まあなんだ……明日も仕事だし、あんまり変な関係には……あれ? 携帯にメッセージが……っ!?」
『まだ私、有給残ってましたよね? 悪いですけど明日は午後からになるかもしれません……突発で休むかも……とにかくまた後で連絡しますから、その際はよろしくお願いします』
「……終わったな亮」
「誰から……って聞くまでも無さそうだね……あーあ……嵐野君もとうとう年貢の納め時かなぁ……」
「……南無南無陀仏……じょぉぶつしてねとぉるおじさぁん」
「それをいうなら南無阿弥陀仏ね……後、多分成仏はしないよ……多分……」




