史郎と亮とオタク少女な直美ちゃん65
「亮おじさんのとくいりょぉりねぇ……大体美味しいけど鶏のから揚げにハンバーグにぃ、それにカレーもすっごく美味しかったような……」
「そ、それは貴方の好きな食べ物だからじゃないの……?」
「ふふふ、でも亮さんならきっと上手に作ってくれそうだわ……うん、じゃあ一通り買っておくことにするわね」
会話しながら食料品を見定めている女性三人を後ろから眺めつつ、俺は亮へと頭を下げた。
「……マジですまん……せっかく楽しくやってたみたいなのに……邪魔しちゃったな」
「……いや、もう良いっての……正直、ほんの少し助かったと思わなくもなかったからなぁ……」
そんな俺に対して実際に安堵したような声を発しながらも、亮はじっと後輩の子の後姿を見つめていた。
(亮もやっぱりあの子の事、満更でもないんだな……尚更余計なことしてしまった感が強いなぁ……まさか一緒に行動することになるなんて……)
後輩の子の言葉を聞いた亮はすぐに俺達を許してくれたが、すると今度はせっかく出会ったんだから少しぐらい一緒に行動しないかと提案してきた。
もちろん最初は二人の邪魔をするまいと晩御飯の買い物を口実にやんわりと断ろうとした。
しかしそこで後輩の子が自分も丁度食料品売り場に用があったと言い出し、その上で冗談めかしながらだが亮の好物を教えて欲しいと呟いてきた。
こうなると負い目があるこちらとしては……何よりも先ほど後輩の子が見せた威圧感を忘れていないため、首を縦に振るしかなかったのだ。
しかもそうして一緒に買い物を始めたところ、気が付いたら女性陣と男性陣に分かれてしまっていた。
(多分、俺から亮に同棲……もとい家事手伝いの提案を受け入れるように勧めてもらおうとしてるんだろうけど……勘弁してくれよぉ……何て言えばいいんだよそんなの……)
余りの難問に頭を抱え込みたくなるが、二人がその話をしている最中に首を突っ込んで邪魔したのは俺達なのだ。
もしもあのタイミングで俺達が割って入らなければ、或いは上手く話はまとまっていたかもしれない……そう考えると彼女の要求を無視するわけにはいかなかった。
(だけどなぁ……どうしたもんかなぁ……)
亮とは高校時代からずっと親しく付き合ってきて、一番の親友だという自負もある。
しかしそんな亮とこの手の……恋愛に関する話だけは殆どしたことがなかった。
元々お互いに異性にモテるほうではなかったし……何より亜紀と直美のことがあったから、何となく口に出しずらかったのだ。
おかげでどう話を切り出していいかもわからず、俺は助けを求めるように亜紀と直美の方へと視線を投げかける。
「あっ!? だ、駄目よそんなにお菓子ばっかり買ったらっ!! さっきもいっぱいデザート食べたじゃないっ!!」
「いいのいいのぉ~っ!! 直美はゲームでいっぱい頭を使うから、とーぶんがたぁくさん必要なのぉっ!!」
「ふふふ、本当にゲーム好きなんですね……ちなみに亮さんも好きだって聞いてますけど、どんなゲームが……」
直美の我儘に亜紀が口を挟むが咎めきれずに困った様子を見せている。
しかしもうお互いの顔から視線を反らすこともなく、どこか楽しそうな雰囲気すら漂わせている。
そしてそんな二人を見てほほ笑む後輩の子……その発言内容がさり気なく亮の個人情報を探ろうとしている点はともかくとして、そんな普通のありふれた光景に俺は感動すらしそうになってしまう。
(直美ちゃんがお外であんなに楽しそうに笑って……亜紀とも普通に交流して……それを後ろから眺めて居られるだけで、何でこうも幸せな気持ちになるんだろう……)
「……また直美ちゃんと霧島は仲良くなったみたいだな……もう傍から見たら普通の母娘みたいだぜ」
「ああ……まだ名前を呼び合えてはいないけどそれ以外はかなり……一緒に遊んだりもしてるし……」
「そっか……だけどすごいな霧島は……直美ちゃん、あれだけ俺達が気を使ってもお外に出るのを嫌がってたのになぁ……しかもこんな人の多い休日なのに、あんなに楽しそうにして……」
亮もまた似たような気持ちなのか、目の前の光景を眺めながら穏やかな声を洩らしていた。
「それもこれも全部亮のおかげだよ……お前が亜紀を見つけて連れて戻ってくれたから……本当にありがとうな……」
「違うな、これはお前が頑張ったからだよ……あんな目に合わせて来た霧島を優しく受け止めて笑えるようにしてやってさ……そうやって立ち直った霧島が直美ちゃんを……だから俺は関係無いって……むしろお礼を言いたいのは俺の方だからな」
「えっ?」
しかし亮は逆に頭を下げて来た。
予想外のことに驚く俺の前で、亮は店内を軽く見回しながら……特に家族連れで買い物しているお客を感慨深そうに見つめながら言葉を続けた。
「俺さぁ、両親は転勤族で殆ど一緒に居なかったから家族でお出かけどころか団らんする時間も殆どなかったんだよ……そしてお前も知ってると思うけど俺は女性と縁が遠かったから……正直家族の絆とか一生縁のないもんだと思ってた」
「……亮?」
「それどころか友達だってろくに居なくて……だけどお前っていう親友にあえて、そこから霧島……さんっていう女性とも少しは関わりが出来て……それだけでも結構嬉しかったんだ……」
そう言って寂しそうに笑った亮……そんな顔を見たのは初めてかもしれない。
だから何ていって良いか分からずにいる俺の前で、亮は先を行く女性陣へと視線を戻した。
「まあだからお前と霧島さんがあんなことになってすっごくショックだったんだが……そしたら今度はあんな形とは言え直美ちゃんみたいな可愛い娘の様な子とも縁が出来て……それこそ子供を持った親のような心境を味わえてさ……直美ちゃんには悪いけど嬉しかった……そしたら今度はあんな魅力的な女性ともデート染みたお出かけまでできて……挙句の果てに家族連れでの買い物みたいなことまで経験できて……すっげぇ新鮮で……楽しくて……幸せなんだよ……」
「……俺も同じだよ亮」
亮の言葉に俺もまた頷き返しながら、ようやく自分が抱いていた気持ちの正体に気が付いた。
(ああ、そうか……俺は直美ちゃんと亜紀の姿を見て……まるで自分の家族を……妻と娘とお出かけしているような気持ちに勝手になって……感動してたんだ……)
「そっか……だけどそれは全部、史郎が頑張って引き寄せたものだ……俺はただ傍にいて恩恵を授かってただけ……あの子にしてもお前の紹介だ……今俺が感じている幸せは全部お前が運んできてくれたような物なんだよ……」
「それは言いすぎだよ亮……お前も居てくれなかったら多分、こんな幸せな状況にはなってなかったよ……」
「そんな事無いって……多分俺が居なくてもお前はどんな形であれ直美ちゃんと幸せを掴んでいたさ……」
そう断言してくれる亮だが、やはり俺には納得ができなかった。
何せ亮が居なければこのタイミングで亜紀が戻ってくることもなく……もっと言えば、亜紀に振られた時点で俺が精神的にもっと深いダメージを負っていたはずだ。
そんな状態で果たして俺一人で直美をちゃんと育てられるものだろうか。
「いや、やっぱり亮が居てくれたからだよ……俺はお前が想っている以上にお前に助けられてるんだから……滅茶苦茶感謝してるんだぞ……」
「はは、まあそう言ってくれるのはありがたいけどな……けど、だからこそさ……俺、今度だけは自力で頑張ろうと思ってるんだ……」
「えっ?」
「俺さ、本気であの子のこと好きなんだ……何て言うか一緒に居て凄く胸が温かくなる……時々押しが強くて疲れることもあるけど、それすらも……幸せに感じるんだ……だからあの子だけは史郎だよりの縁じゃなくて、俺自身の努力で縁を結びたいって思って……はは、自分でも何言ってるかよく分かんねぇや……」
真剣に語っていた亮だが、途中で恥ずかしくなったのか、笑ってごまかそうとする。
しかし俺の目にはそんな亮が妙に輝いて見えるのだった。
「……お前って本当に凄い奴だよな亮よぉ」
「い、いや史郎に比べたら全然大したことないけどな……それにこんな偉そうなこと言っておいて何だけど、あんな可愛い子が相手なんだからほぼ百パーセント玉砕するだろうし……多分今だって史郎絡みの縁で優しくしてくれてるだけだろうし……でもまあ、やれるだけやってみるつもりだからさ」
亮は謙遜染みた言葉を口にするが、それでも最後には決意を秘めた眼差しで楽しそうに笑っている後輩の子を見つめて……幸せそうに微笑むのだった。
(自分の気持ちに素直になって、苦手なはずの女性とも向き合おうとして……挙句に高根の花だって思ってるのに諦めずに挑戦しようとして……やっぱり俺なんかよりずっとお前の方が凄いって……ただどうしてあの子の気持ちだけここまで読み違えてるんだろうなぁこいつは……)
「……つまりお前は、さっき話題に出た同居……じゃなくて家事手伝いサービスとやらをやるつもりなのか?」
「い、いやそれは……流石に交際もしてないのに住み込みは不味すぎるって……まあ呼ばれた時だけお邪魔して家事とか手伝える範囲で協力して……そうやって少しずつ親交を深めていくつもりだぜ……今日もあの子が嫌がらなければ買い物を家まで送り届けるつもりだからなっ!!」
「そっかぁ……家まで行くのかぁ……お茶とか誘われたら飲んでいくのかぁ?」
「い、いやっ!? だからいきなりプライベート空間に足を踏み入れるのは不味いってっ!! 万が一誘われても流石に拒否……うぅ……で、できるかなぁ……あの子妙に押しが強い時があるんだよなぁ……」
(ああ、この調子じゃ間違いない……こいつ下手したら今日中に捕食され……ま、まあ両想いっぽいから問題ない……よね?)




