史郎と亮とオタク少女な直美ちゃん64
「……で、史郎とはそれ以来の付き合いというか……」
「そうなんですか……ふふ、やっぱり亮さんは雨宮課長と仲がいいんですね」
「……こちらナオーク。史ロイ大佐、聞こえるか?」
「しぃ……俺達の声は知られてるんだから、聞こえたらまずいよ」
何とか二人に気付かれないように、亮の後ろにある席へと座ることに成功した俺達。
この段階でノリノリになっている直美がテンション高めに某ゲームの様な台詞を呟いている。
「……お相手の女性は物凄くいい笑顔浮かべてるよ……私の経験上、あれは愛想笑いとかじゃないよ……史郎の方はどう?」
「……共通の友人である俺のことを話しているみたいだけど……俺のことを話しているみたいだけど」
そんな直美を咎めながらも俺や亜紀もまたノリノリで、亮の様子を観察してしまっていた。
(よし、ちゃんと聞き取れてる……それに亜紀が向こうの様子も確認できてるし……あらかじめ決めておいた役割分担は今のところ上手く行ってるみたいだな……)
顔のしれている俺が亮と背中合わせに座り話を聞き取り、向かい側には後輩の子と殆ど面識のない直美と亜紀が座って向こうの様子を確認する。
お店に入る前にわざわざ話し合って決めておいたのだ……それぐらい、ぶっちゃけ俺も二人の仲は気になっていたのだ。
「それでそれで、どんな声でお話してるのっ!?」
「だ、だから直美ちゃん声が大きいってば……だけどそうだね、しいて言うなら……俺達と遊んでる時みたいな声で楽しそうに笑ってるよ……」
「あははっ!! 史郎らしいやっ!! あいつやっぱり職場でもそんな感じなんだなぁ~」
「そうなんですよぉ……だから本当に頼りにはなるんですけどねぇ~」
俺が言うのに合わせるようにして向こうの席で笑い声が漏れる。
本当に楽しそうな声で、亜紀の言う通り愛想笑いとは程遠いように思われた。
(俺の話題で盛り上がっているってのが気にかかるけど……でも二人ともこんなに楽しそうなのは何よりだ……ただ、この調子だと恋愛関係に発展するにはまだまだかかりそうだなぁ……)
それこそ亮の話し方は多少興奮しているようではあるが、やはりどちらかと言えば俺達とゲームで遊んでいるときのノリに近い気がした。
(何だかんだで亮もあんな可愛い子と一緒に居られて意識はしてるんだろうけど……普通の女性と殆ど縁がない人生だったもんだからどう接していいかわからないんだろうなぁ……)
亮がまともに会話したことのある歳の近い女性と言えば亜紀ぐらいの物だろう。
しかし亮と亜紀はかつても今もどこかぎこちなく距離感が有った……だからこれが初めて私生活で女性と関わった瞬間なのかもしれない。
しかもその相手が見た目も性格も良い子なのだから、余計に緊張もするはずだ。
(それじゃあそうそう友達以上の関係になるのは難しいよなぁ……むしろこうして友人として付き合えてる時点で大進歩なのかもしれないなぁ……)
実際に二人が顔を合わせてから今日まで、まだ殆ど日は経っていないのだ。
それなのにこうして顔を合わせて笑い合える程度の中になっているだけでも亮にしては頑張ったと言える。
(……いや、そう言えば亮に聞いた話だとあの子の方から親し気に接してきたみたいなこと言ってたような……そうだよな、あの亮があの子のことを好意的に思っていたとしても自分には高根の花だって諦めかねない……だから本当にあの子の方から積極的に……あれ? だとすると亮の意志とは関係なくまた距離を狭められてしまうのでは?)
「そっかぁ……とぉるおじさんそんなに楽しそうなんだぁ……だけどまだお友達って感じみたいだねぇ……」
「あ、ああ……今のところはそうみたいだけど……」
そこで俺の言葉を聞いた直美が、どこか安堵したような……それでいて少し残念そうにも見える顔で呟いた。
恐らくは直美なりに亮に傍にいて欲しい気持ちと、可愛い後輩の子と結ばれて幸せになって欲しい気持ちの間で揺れ動いているのだろう。
「……けどねぇ……あの子は心底本気だと思うよ……嵐野君を見る目、まるで隙を伺ってるような……絶対逃がさないって意志を感じるよ……」
「え、えぇ……そ、そんながっついている子じゃないと思うけど……」
「だけど史郎も見ればわかるでしょ……あの子凄くお洒落に力入れてるし、後ろから私たちがこうしてチラチラ見ているのに全く気付かないぐらい嵐野君だけを見つめてるんだよ?」
「そ、それは……」
言われてみれば確かに俺ですら一目でわかるほど、あの子はお洒落に気を使っていた。
それこそ普段とはまるで別人のように……そう考えると、会社で見せていた態度からは想像もできないことをしでかしても不思議ではない。
「ふふ……ああ、やっぱり私亮さんと一緒にいると凄く楽しいです……ずっと傍に居たいぐらい……」
「えっ!? あ……そ、そうかな……それはコーエーだよ、うん……」
(発音がちげぇよ亮、それじゃあゲーム会じゃねぇかよ……ってそうじゃなくて、あの子何か凄いこと言ってないっ!?)
「ね、ねえ史郎……何か雰囲気変わったけど何話してるのっ!?」
「し、史郎おじさんっ!? ど、どうなっちゃってるのぉっ!?」
「ちょ、ちょっと待て……もう少し先を聞いてから……」
「そうですか……じゃあ、さっきの提案……引き受けて頂けますか?」
「あ……そ、それは……あ、あはは……ど、どうしたもんかなぁ……?」
急に空気が変わったのを感じて困惑する俺達だが、そこへ新たな情報が入ってきた。
(さ、さっきの提案って……い、一体何がどうなって……というか亮の奴、なんか凄く困ってるような……だけど嬉しそうでもあるし……こんな声初めて聴くぞおいっ!?)
「むぅぅ……こぉなったら直美も……」
「ご、ごめんね史郎……ちょっと体で隠して……」
「えっ!? な、なにをっ!?」
ついにしびれを切らせたらしい直美と亜紀が自分達も会話を盗み聞こうと身体を乗り出してきた。
流石にこんな仕草を見られたら意識されてしまいそうで、必死に二人を覆い隠そうとした……ところで後ろから信じがたい言葉が聞こえて来た。
「お願いします亮さん……私、私生活がだらしないから誰かが一緒に住んで管理してくれると凄く助かるんです……亮さんは家事とかも得意だって言うじゃないですか……仕事が決まるまででいいですから家に来て色々と手を貸してほしいんですよ……もちろんそれなりの報酬も払いますから家事代行サービスぐらいの気持ちでどうか……」
「い、いや……けど俺みたいな男が君みたいな女性の家に尋ねていくのは……」
「亮さんなら構いませんよ……子供っぽいけど紳士で色々と弁えている素敵な男性だって信頼してますからね……何でしたらそのまま住み込みで働いてもらっても……」
「「「っ!!?」」」
そこまで聞いたところで俺達は余りの話の飛びっぷりに今度こそ驚きを隠せなかった。
(か、家事代行……そ、そう言えば亮の仕事探しの時にそんなのを斡旋してたような……そ、それに住み込みって……えぇっ!?)
「う、うわぁ……や、やっぱり完全に引き込む気満々だよあの子……だけどすっごくがっついてるというか押し引きの駆け引きが出来てないっていうか……多分あの子も慣れない中で必死のアプローチなんだろうなぁ……」
「え……えぇええええっ!? そ、それって同せ……もがっ!?」
「な、直美ちゃんっ!?」
「はっ!? い、今の声……というか直美ちゃんってまさかっ!?」
亮たちの会話を聞いた直美はずっと固まっていたのだが、亜紀の解説染みた声を聴いてようやく正気を取り戻したところで感情のままに叫び声を上げてしまう。
もちろん慌てて塞いだがごまかし切れるはずもなく、振り返った亮とまっすぐ目が合ってしまうのだった。
「し、史郎っ!? それに二人とも……ま、まさかマジでつけて来てたのかよおいっ!?」
「ち、違う誤解だっ!! 本当に偶然ここで出会っただけだってっ!!」
「だ、だからって俺に気付いてたんなら声を掛けてくれても……何でそんな盗み聞きみたいな真似……流石に怒るぞおいっ!!」
「ご、ごめんね嵐野君っ!! あんまり楽しそうにしてたから話しかけずらくて……貴方もごめんなさい、お邪魔して……」
「……ふふ、気にしてませんよ……ええ……これっぽっちもじゃまされた何て思って……ませんからねぇ……」
必死に頭を下げる俺達に後輩の子はとてもいい笑顔で……瞬き一つせず俺達を交互に見つめて来るのだった。
「し、史郎おじさぁん……こ、この人こんなに迫力ある人だったっけぇ……な、直美なんかこわぁい……」
「い、いいから謝ろう直美ちゃん……俺達に非があるんだから……」
「二人とも本当にごめんなさいっ!! もう邪魔しないからっ!!」
「ふふふ、別に邪魔だ何て思ってませんよぉ……ねぇ亮さん、許してあげましょうよ??」
「そ、そうか……君が気にしていないって言うなら俺は別に……だけど流石に二度はごめんだぞ?」
それでも後輩の子が亮を取りなしてくれて、何とかこちらの怒りは収まってくれたようだ。
(問題はその後輩の子の方がずっと怖いってことなんだけどなぁ……正直、早く逃げたい……)
「は、はぁい……ごめんなさぁい亮おじさぁん……だけど直美、とっても綺麗な人と一緒だから上手く行ってほしいなぁって思って陰ながら応援してみたかったのぉ……」
「な、な、何を言うの直美ちゃんっ!? お、俺と俺が俺なんかがう、上手く行くって何なんなんだよっ!?」
「……混乱し過ぎだぞ亮、いや本当に邪魔して悪かったね?」
「……まあいいですよ……だけど……」
直美の言葉を聞いて露骨に取り乱して見せる亮の姿を見てようやく留飲を下げたのか、後輩の子はやれやれとばかりに呟きながら……そっと俺達の方に来て亮に聞こえないように呟いた。
「……聞いていたんでしょう……協力してくださいねぇ」
「「「……っ!!」」」
何をとすら言わせないほどの迫力が込められた言葉に、俺達は無言でコクコクと頷くことしかできないのだった。
(亮……マジですまん、こんな凶悪な肉食獣と出会わせてしまって……多分間違いなく近日中にペロリされるだろうが、何もできない俺を許してくれ……いや、本当にごめん……)




