史郎と亮とオタク少女な直美ちゃん62
「……ふん」
「わ、悪かったって……謝るからいい加減に拗ねるの止めてこっち見てよ……」
あれから改めて三人で食料品売り場まで移動し始めたのは良いが、その間ずっと直美は不機嫌そうにそっぽを向いてしまっていた。
「ご、ごめんね……そんなに嫌だったなんて……だけど誘拐されたらと思うと……」
「直美はもう大人なんだからそんな心配いらないもん……まあ別に嫌ではなか……と、とにかくすっごく恥ずかしかったんだからねぇっ!! それなのに史郎おじさんはわざとらしくゆっくり歩いて来てさぁ……意地悪ぅ……」
「だから悪かったってば……荷物が重かったんだよぉ……」
謝っている俺達にむくれながら文句を言ってくる直美……どうやらよほど亜紀と手を繋いでいたことが恥ずかしかったようだ。
尤もその最中に嫌ではないと口走りそうになっている辺り、本気で怒っているわけではないようだ。
(そもそも最初のお洋服屋さんに入る時は直美ちゃんから手を引いてきたぐらいだし、手を繋ぐこと自体に問題があったわけじゃないんだろうなぁ……色々と難しいお年頃だし、多分ただの照れ隠しなんだろうなぁ……)
そう確信している俺にしてみれば、直美の拗ね方はむしろ可愛いぐらいで頬が緩みそうになる。
しかしここでそんな顔を見せたら更に機嫌を損ねることは明白だ……だから俺は必死で申し訳なさそうな表情を作って許しを請い続けた。
「むぅぅ……ほんとぉに悪かったって思ってるぅ?」
「お、思ってるってば……だからこうして何度も謝ってるし、晩御飯のおかずからおやつまで好きな物買ってあげるって言ってるじゃないかぁ……」
「う、うん……今日だけじゃなくて今週の献立も出来る限り貴方の好物を作るようにするから……」
「……もぉ、そこまで言うなら仕方ないなぁ……特別にそれで手を打ってあげよぉ~」
俺達の言葉を聞いてようやく直美はこちらに振り返り、ふふんと可愛らしく笑って見せてくれた。
(ふぅ……やっとご機嫌を治してくれたみたいで何よりだけど……これ以上買ってあげるのは、流石に甘やかし過ぎの様な気も……でも今は仕方ないよなぁ……)
直美の将来を想えばこんな風に甘やかしてばかりではいけないような気もする。
しかしただでさえ可愛すぎて殆ど叱ることが出来ないでいたのに、現状の未だ不安定な直美にきつく当たることなどできるはずがない。
(せめてもう少し精神状況が安定してくれないとなぁ……今の直美ちゃんは触れたら壊れそうな印象が強くて保護対象としか思えないからなぁ……)
「うん、任せてね……それで何が食べたいのか教えてくれる?」
「えっとねぇ……トンカツにぃギョーザにぃラーメンもいいなぁ……後ね後ね~……」
亜紀の質問にもう詰まることもなく返事をする直美……だけどどちらも未だにお互いの名前を呼ぶことはない。
多分それは二人の間にまだまだ乗り越え切れていないわだかまりがある証拠なのだろう。
(逆に言えばそれを乗り越えた時……お互いに名前を呼び合える関係になったところで初めて直美ちゃんは……それに亜紀も過去の呪縛から解き放たれてお互いに本当の母娘として向き合えるようになるような気がする……)
直美は亜紀と親しくなるほどに元気になって行った……だからもしも仲が完全に改善された折にはきっと、直美の精神はかなり落ち着きを取り戻すことだろう。
(ただ、そうなった時に……本当の保護者を受け入れた時に部外者の俺への視線も変わるかもしれないけど……)
直美の俺への想いは頼りになる大人への依存染みた一面が確かに存在する。
何せ幼少期から自分の傍にいて常に守ってくれる人は俺か亮ぐらいしかいなかった……そして亮とは家が離れている関係上、どうしても俺と接する時間が多くなっていた。
だからそんな俺に見捨てられて一人ぼっちにならないために必死に縋りついていた可能性は否定しきれないのだ。
(普通に考えて一回り離れているおっさんに惚れるのは変だもんな……だからもしも直美ちゃんの精神が正常に戻ったら、その際に価値観も一緒に戻って……俺から離れていくことだってあり得るんだ…)
そう思うと胸が妙に痛むけれど、それでも結果として直美が笑っていられるのならば俺は受け入れるつもりでいた。
(ただ、もしも逆に……精神や価値観が正常に戻ってもなお、直美ちゃんの気持ちが変わらなかったとしたら……)
恐らくその場合、保護者を本当の母親である亜紀がこなしている関係もあって、俺の中にある直美へ親として接しなければいけないという義務感は薄れていくだろう。
そうなった時に俺が直美に抱いている感情は一体どんな想いなのか……今は保護欲の裏側に完全に隠れてしまっている思いがむき出しになった時、俺はどう答えるのだろうか。
(わからないけど……ただこれだけは断言できる……俺は絶対に直美を泣かせるような選択はしない……いや出来ない……だからきっと大丈夫だ)
そう思いながら俺は目の前で楽し気に会話している直美と亜紀を見守り続けるのだった。
「……からねぇ、亮おじさんの作ったチーズ入りの……あれ?」
「へぇ、嵐野君って料理も上手……えっ?」
「ん? どうした二人と……あそこにいるのって……亮か?」




