史郎と亮とオタク少女な直美ちゃん57
「し、史郎おじさん……や、やっぱりタクシーにしない?」
家から出たところで、直美が声を震わせながら俺を見つめて来る。
どうやら怯えているようであり、その証拠に俺の隣……ではなく後部座席に座ってシートベルトを付けた状態で小さくなっている。
(助手席に座ってくれればいいのに……直美ちゃん、どんだけ俺の運転技術を疑ってるんだか……)
三人でお出かけするという話になった俺達だが、いざ外へ出る段になると流石に直美は苦しそうに胸を抑え始めてしまった。
かなり元気になってきていたが、それでも他人の目が気になるのは治っていなかったようだ。
それでも直美は弱音を吐くことなく俺達と共に家を出ようとしたが、事情を知らない亜紀が訝しんでおり……何より俺がとても見ていられなかったのだ。
(亜紀はまだ自分が原因で直美が対人恐怖症まで至っていることを知らないはず……もしも今の亜紀がそれを知ったら物凄く自分を責めるだろう……何より俺が苦しむ直美も亜紀も見たくない……だから車で移動しようって提案したんだけどなぁ……)
余り運転こそしないが免許自体は持っているし、敷地内には田舎に帰った両親が残していった乗用車がある。
そして車に乗って移動すれば、目的地までは周りの人の目を気にしなくて済むし、隣町まで行ってしまえば人目も余り気にならなくなるはずだ。
そう思っての提案だったのだが、直美は車で行こうと言った当初こそ賛成したが、俺が運転すると物凄く引き攣った顔で嫌々とばかりに首を振って見せていた。
最後には諦めたように車へと乗り込んだ直美だが、何故か俺の傍ではなく後部座席に神妙な顔で座っているのだった。
「流石に買い物でタクシーを使うのはねぇ……せっかく自家用車があるんだから、たまには動かさないとね……」
「……いつの間にか史郎は車も運転できるようになってたんだね……なんか大人って感じがして……やっぱり凄いなぁ」
不安げな直美に対して逆に俺を尊敬するような目で見つめている亜紀だが、彼女もまた後部座席に座っている。
それが助手席に座らなかった直美への遠慮なのか、それとも直美の傍にいてあげたかったのか……或いは青ざめた顔で全力で手招きする直美に逆らえなかったためか。
「そんな大したことじゃないって、大げさだよ……」
「そうかなぁ……少なくとも何もできない私の目からするとすっごく頼もしく感じるよ……」
「そ、それ勘違いだから……ほんとぉに運転なんか大したことないし……と、特に史郎おじさんのは……うぅ……」
「あ、あのねぇ……直美ちゃんはどぉしてそんなこというのぉ……これでも俺、ゴールド免許よ?」
未だに不安そうにしている直美の言い草に思わず言い返してしまう。
しかし直美はうらめし気に俺を見つめるばかりだった。
「な、直美知ってるもん……史郎おじさんのゴールドは中身の無い金メッキだもん……あ、あの日以来運転何かほとんどしてないし……あんな危険な目に合っておいて未だに懲りてないなんてぇ……」
「そ、それは……で、でもあの時運転してたのは親父だし……」
「だ、だからおじ様もおば様も車はコリゴリだって言っておいていったじゃぁん……うぅ……びじんめーはく……直美のうんめーもここまでなのかなぁ……」
「美人薄命って言いたいのかな? 自分でよくそこまで言えるねぇ……」
「え、えっと……なんか結構ぶっそうな内容が聞こえてきたんだけど……前に何かあったの?」
俺達のやり取りを聞いて事情を知らない亜紀が、困ったような顔で尋ねてくる。
「い、いや別に……ただちょっとヒヤリハット事例というか……成績があんま良くなかった直美ちゃんが高校試験に合格した際に皆でお祝いするために少し車で遠出したことがあって……それで危うく交通事故になりかけたというか……」
「直美、すっごくおっかなかったんだからねっ!! とゆーか、もしも直美が直前でおトイレ行って時間潰してなかったら多分……はぅぅ……」
思い出して震えている直美だが、俺も当時は死を覚悟したぐらいだから気持ちはわからなくもない。
(まさかブラックアイスバーンってのがああも危険だったなんて……あの大型車が突っ込んできた時は本気で息が止まりかけたなぁ……親父も突然の事態に対応しきれないどころか、こっちも滑ってブレーキ利かなかったみたいだし……ギリギリで向こうの車体をすれ違った後もしばらく心臓がドキドキしっぱなしだったっけ……本当に良く助かったもんだよ……)
直美の言う通り……というには大げさすぎるかもしれないが、確かにほんの僅かにでもタイミングがずれて居たら確実にぶつかって俺達は誰一人生きてはいなかっただろう。
その時のことを覚えている直美が過剰に怯えるのも気持ちはわからなくもないが、その割にはタクシーなど直美曰く運転のプロが操縦する車なら安心して乗れている。
だから当時のことがトラウマになっているというよりも、単純に俺の運転技術が信用されていないだけなのだろう。
「安心してよ直美ちゃん……あの時と違って路面も問題ないし、何より近場に行って戻って来るだけなんだから……もちろん安全運転で行くからさ……信じて欲しいなぁ」
「こ、こればっかりはいくら史郎おじさんでも信じられないもん……うぅ……アクセルとブレーキ踏み間違えないでよぉ……」
「あ、あはは……史郎がそんなミスするわけない……よね?」
余りにも直美のネガティブな発言がしつこすぎて、ついには亜紀まで俺を疑うような視線を向け始めて来る。
(え、ええいっ!! こうなったら実際に俺のドライビングテクニックを見せつけて黙らせてやるっ!!)
「大丈夫だってば、それより出発するからシートベルトしてよ」
「うぅぅ……こんなんじゃ頼りないよぉ……直美、前みたいにチャイルドシートに座るぅぅ……」
「チャイルドシート……そんなの私たちの子供時代には……じゃあこの子のために……おじ様もおば様も可愛がってくれてたんだ……」
涙目で座席にしがみ付く直美だったが、それを聞いた亜紀は逆にそっと俺の方に身体を乗り出すと小さくそう呟いた。
「……ああ、親父たちも直美ちゃんの事可愛がってたよ」
「そっか……本当に良い人達だね……うちの家族とは違って……羨ましい、何て言っちゃ駄目だよね……私のせいで壊れた面もあるんだから……」
自虐するようなことを口にする亜紀だが、それはある意味で正しくて俺は否定してやることができなかった。
「……ほら出るぞ、お前もちゃんと席についてろ」
「うん……わかった……」
だけど肯定するような真似もしたくなくて、ごまかすように俺はエンジンをかけてアクセルをそっと踏み込むのだった。
「……あ、あれっ!? な、なんか音が……それに何か進みが悪いような……?」
「し、史郎おじさんっ!? こ、ここのレバーがDじゃなくてNになってるぅっ!!」
「あっ!? し、しまったなぁ……良し動いた……じゃあ改めて出発っ!!」
「やぁああんっ!! やっぱり直美降りるぅううううっ!!」
「し、史郎っ!? ほ、本当に大丈夫なんだよねっ!? し、信じていいんだよねっ!?」




