史郎と亮とオタク少女な直美ちゃん54
「くぅ……すぅ……んふふぅ……すぴぃ……」
「……ふふ」
隣で眠る直美の幸せそうな寝顔を見ていると、俺もまた自然と笑みがこぼれてしまう。
「……もう寝ちゃったぁ……直美は寝つきが良いのね……こんなに気持ちよさそうに寝ちゃって……可愛いなぁ……」
直美を挟んだ反対側で横になっている霧島も同じ気持ちのようで、うっとりした様子で直美の寝顔を見つめ続けながら、起こさないよう小さく感慨深そうな声を洩らす。
(霧島にしてみれば初めてちゃんと正面から見る娘の寝顔だもんなぁ……だけど俺も久しぶりだよ、こんなに良い寝顔を見るのは……)
元々、ゲームに熱中して夜更かしすることも多い直美は余り寝つきが良くない方だった。
ましてここの所は、精神的に取り乱しているせいか俺が隣に居ても不安そうに縋りつき何度も声をかけて来て……その上で眠っても何かにうなされていたり、寂しそうに霧島や俺の名前を呟いていた。
(それが今はこんなに穏やかに……それだけこの状況に心が安らいでるってことなんだろうなぁ……まさか朝早くからはしゃいでて疲れちゃったわけじゃないよね?)
「んぅ……駄目ぇ……しろ……は私の……むにゃ……」
「ふふ……史郎のこと呼んでる……どんな夢見てるのかなぁ……?」
「さあなぁ……ゲームでコテンパンにして楽しんでるじゃないか……?」
寝言を呟きながら頭の下に敷いている俺の腕に顔を擦り付ける直美。
そんな仕草も可愛くて、俺達は眠気も忘れて魅入られながら小声でひそひそと会話をする。
「それはどうかなぁ……この子本気で史郎のこと大好きみたいだし……案外、夢の中で史郎とデートでもしてるんじゃない?」
「……どうだろうなぁ……まあ俺の夢を見て、こんな笑顔を浮かべてくれるのなら光栄だけど……」
俺は嬉しそうにしている直美の寝顔から目を離さずに、霧島の言葉に曖昧な返事をした。
「そうだよきっと……この子にこんな素敵な笑顔をさせられるのは史郎しか……っ!?」
「んにゃぁ……駄目ぇ……お母さ……くぅ……すぅ……」
そこで今度は嫌々するように首をふりながら……それでもどこか楽しそうな顔で霧島を呼ぶ直美。
「……い、今……お母さんって……そ、それって夢に私が……」
「……そういうことだろうなぁ」
直美の言葉に呆然としている霧島に頷いかけてやる。
果たして初めて娘の口から寝言とは言えお母さんと呼ぶ声を聴いた霧島は……何よりこの素敵な笑顔を支える根源に自分の存在もあるのだと知って、涙を零しながらも幸せそうに微笑むのだった。
「……ありがとう直美……こんな悪い駄目なママなのに、夢の中とは言え親だって認めてくれるなんて……本当に優しく育ったのね……ありがとう史郎……これもそれも全部史郎のおかげ……もう私、何て感謝したらいいのか……」
「大したことじゃない……全部好きでやってることだからね……」
感謝を告げる霧島に俺は首をふりながらはっきりと言い切った。
(本当に俺は大したことはしてない……ただ愛おしい娘の様な直美ちゃんが大好きだから面倒を見てあげたかっただけなんだから……霧島の面倒を見ているのだって……)
「そっか……そうだよね……史郎はいつだってそうだったもんね……あの頃も私の為に一生懸命で……なのに私は……私は……っ」
「もういいよ霧島……俺は気にしてないから……大体当時は俺もお前もまだまだ子供で、お互いどこかズレてたよ……直美ちゃんのことはともかく、俺達の関係についてはお前だけが悪いわけじゃない……だから俺にはもう謝る必要なんかないんだぞ」
過去を悔やむ直美をもう気にしてはいないのだと優しく告げてあげる。
尤もあくまでも俺達の中に関してだけで、直美のことだけは俺が勝手に許すわけにはいかない。
(こればっかりは直美ちゃんにしか決めることはできない……まあ霧島もちゃんと分かってるはずだ……だからこそ直美に何度も嫌なら離れると告げているんだろうし……)
何だかんだで今の直美は霧島の存在を受け入れようとしているが、最後の最後で気持ちが覆らないとは限らない。
だから俺が勝手な推測で直美の気持ちを代弁することなどできはしない……それでも頑張っている霧島を労いたくなった俺は直美に腕枕している手先をゆっくりと動かした。
「け、けど……私何も史郎に……一方的に迷惑かけてばっかりで……あんな仕打ちした女が傍にいて気持ちいいわけが……っ」
「よしよし……全く色々考え過ぎだぞ……」
俺の手で頭を撫でられた霧島は一瞬驚きに身体を引いてしまうが、改めて恐る恐る顔を近づけてきた。
その頭を再び撫でてやると、少ししてそっと俺の手を取り軽く頬擦りを始める。
「史郎……ごめんなさい史郎ぉ……」
「だから謝るなって……そしてもう泣くな……忘れてるかもしれないけど……いや、気づいてなかったかもしれないけど……俺はお前の涙が……霧島亜紀の泣き顔を見たくなかったから、あの頃あんなにお前の傍で支え続けてたんだぞ?」
「っ!?」
俺の言葉に再度霧島……亜紀は驚いたように身体を固めて、涙を止めると目を見開きながら俺を見つめて来る。
しかしすぐに涙が零れそうになり、慌てて俺の手に目を擦り付けるのだった。
「……っ」
「やれやれ……ほら、そのまま頭を乗せろ……お前にも腕枕してやるから……」
「……う、うん……あ、ありがとう史郎ぉ……」
素直に頷き俺の腕に頭を乗せる亜紀。
二人分の頭の重みが腕に圧し掛かってくるが……何故か不思議と幸せな実感を覚えてしまう。
(……もしも俺が所帯を持ってたらこんな気持ちだったのかな……それともこの二人だからなのか……)
本当のところがどうなのかはわからない、ただ一つ確実に言えるのは……今のこの状況を俺もまた好ましく思っているということだけであった。
「んにゅぅ……しろ……さ……直美の……うぅん……」
「あっ……ちょ、ちょっと騒ぎすぎたかな……お、起こさないうちに私も寝るね……」
「ああ、そうだな……お休み亜紀……」
「っ!? う、うん……おやすみなさい史郎……えへへ……」
最後に亜紀は俺と直美を交互に見つめた後……直美と同じ様に幸せそうな笑みを漏らしながらゆっくりと目を閉じるのだった。
(本当に母娘だなぁ……二人揃って可愛らしい寝顔しちゃって……こんなの続けて見せられたらドキドキして眠れないじゃないか……)




