史郎と亮とオタク少女な直美ちゃん51
「ふぅぅ……」
温かいお風呂に漬かった途端に、余りの気持ちよさに声が漏れてしまう。
(何か今日は楽しかったけど……それ以上に幸せを感じたような気がする……)
直美とゲームという共通の趣味に没頭し、食事やお風呂などは全部霧島が用意してくれていた。
おかげで俺は今日一日、羽を伸ばし続けることができたのだからある意味では当然だ。
尤も直美と霧島の仲は気遣わなければいけないから、その分だけ精神的な疲労は大きかったのだが、最近はむしろ……あの二人を見ていると逆に心が安らぐような瞬間すらあった。
(我儘だけど可愛らしく懐いてくる実の子供の様な直美ちゃんに、過去にこそ色々あれど今は自ら進んで家庭の仕事をこなしてくれている霧島……そして日々働いてその二人の生活費も稼いでいる俺……まるでこの関係は……一つの家族みたいな……)
もちろんそれはただの錯覚に過ぎない……だけれどもそう考えると俺は何やら胸が温かいような、くすぐったいような不思議な気持ちになる。
それがまた自分でも驚くぐらい心地よくて仕方がないのだ。
(……考えてみれば俺ももう家庭を持ってもおかしくない歳だもんなぁ……こういう気持ちが湧いてくるのも当然なのかな?)
このまま上手くあの二人の仲が改善したら、ひょっとしたら今の関係が続いていくかもしれない。
そしてそうなることを今の俺は結構本気で望んでいる自分に気が付いた。
(今までは直美ちゃんの為に霧島を養っていたけど……そっか、俺は案外あの霧島の健気な姿にも心を打たれて……単純な奴だなぁ俺は……)
かつて霧島にされた仕打ちは忘れたくても忘れられない……しかしそれでも俺は霧島と直美が仲良くしている姿をずっと見ていたいという気持ちしか湧いてこないのだ。
(幾ら初恋の相手だからって甘すぎる気が……まさか俺は未だに心のどこかで霧島に未練を持っているのか……?)
正直なところ、自分の事でありながら俺は霧島をどういう目で見ているのかはっきりわからなかった。
再開したばかりの頃は直美のことで頭がいっぱいで……何より直美を傷つける霧島は軽蔑の対象でしかなかった気がする。
だけどこうして改心している様子を見て、その中で直美の母親としての顔を覗かせるようになった今の霧島にはこのまま傍にいて欲しいと思ってしまっている。
(直美ちゃんの母親としての霧島に俺は好意を抱いているんだと思うけど……一人の女性としてではないはずだ……多分……)
断言しきれないのは、時折霧島が見せる顔がかつて俺の愛していた笑顔と重なって見えてドキッとしてしまう時があるからだ。
尤も男女の仲になることを想像したり……変な話、色々な提案をされても欲情したりはしていない。
当時愛していた時は若さゆえかもしれないが考えまいとしても時折脳裏をちらついていたものだ。
(だからやっぱりもう霧島への想いは振り切れているのかな……だけどそうなるとやっぱり直美ちゃんへ感じている感情も……)
最近積極性を増している直美にも、俺は時折ドキッとしてしまうことがある。
しかしそれは直美がとても良い笑顔で……それこそかつての霧島によく似ている表情を浮かべながら俺に懐いてくる時だった。
(これもただかつての霧島を連想して……初恋をしていた頃を思い出して、身体が勝手に反応してるだけ……だったりするのかな?)
もちろん直美のことは可愛い娘だと思っているし、手を出そうなどとは一度だって考えたことはない。
だけどあの子が俺を本気で想ってくれていることは薄々気づいているし……正直、嬉しいと思ってしまう時もある。
(ずっと育ててきたんだ……本当は傍にいて欲しい……この気持ちは父親的な意味で娘をお嫁に行かせたくないってだけなのか……それとも……)
我儘を言う時も不機嫌そうにしているときも、どんな時でも愛おしくて可愛く見える直美。
俺にとって間違いなく世界で一番大切な相手であり、絶対に幸せになって欲しい相手でもある。
(そう、俺は直美ちゃんに幸せになって欲しいんだ……それがどんな形であれ……)
それでもできる限り真っ当な幸せを掴んでもらいたい……周りからも認められて祝福されるようなそんな最高の幸せに至って欲しい。
その為ならば俺はどんな協力でもするつもりだった。
(だけど直美ちゃん……今は恋人より母親の方が気になってるみたいだよなぁ……俺への誘惑もしてはいるけど頻度は下がってるし……その分過激になってて困る気もするけど……)
果たしてこの状態で直美が霧島との仲を改善したらどうなるのか。
誘惑の過激さは変わらず頻度が増えるのか、或いは少しは落ち着くのか……それはわからない。
だけどどちらにしても直美は今以上に幸せそうに笑ってくれるのだろう……それを想うだけで、俺もまた幸せな気持ちになれるのだった。
(そうだよな、深く考えても仕方がない……俺の幸せは直美ちゃんの幸せなんだから……余計なこと考えてないで今はあの二人の仲が改善するよう協力して……尤もあの調子だと俺の出る幕は何かの弾みで拗れそうなときに割って入るぐらいしか……その為にはできる限り二人きりにはしないよう……あっ!?)
そこで二人から離れてついつい長風呂してしまっている自分に気が付いた。
二人の前では考えられないことなだけに良い機会とばかりに物思いにふけってしまっていたのだ。
(い、今あの二人はどうしているんだっ!? まさか俺の部屋で二人きりで過ごしてたり……そ、それで万が一何かで口喧嘩にでも発展したら……っ!?)
直美は亮の時のように幼さゆえに弾みで想っても居ないことを口にしてまた自己嫌悪に陥りかねないし、霧島は過去の行いを反省しすぎているために必要以上に深く受け止めてしまうかもしれない。
そうなれば二人の仲はまた拗れてしまう……当然二人の精神状況も酷いことになりかねない。
そんな不吉な想像をしてしまった俺は、慌ててお風呂場を飛び出すと、ろくに身体も拭かずに部屋へと向かう。
そしてドアに手を掛けたところで、中からボソボソと何かを話し合う声が聞こえて来た。
(や、やっぱり二人きりでいるのかっ!? け、けど声を荒げてないってことは喧嘩はしてないのかっ!? だ、だとしたら……これは……逆に干渉しないほうがいいのか?)
せっかく直美と霧島が会話しているのだ。
その内容がどうであれ、少しずつお互いの溝を埋めている証拠だろう。
それを途中で俺が割って入り、邪魔するのはもったいない気がする。
(……二人には悪いけど会話を盗み聞きして……もしも盛り上がってるようなら見送って……雰囲気が悪くなりそうならそのタイミングで割って入れば……)
俺はドキドキしながらも向こうに気付かれないよう、そっとドアに耳を押し付けて中の状況を盗み聞こうとするのだった。




