史郎と亮とオタク少女な直美ちゃん㊻
「ふぅ、ご馳走様……結構美味しかったぜ霧島」
「ああ、少しずつだけど段々上達してる気がするぞ」
「そ、そうっ!! よ、よかったぁ……そっかぁ、美味しくなってきてるかぁ……」
「まあ直美が手を貸したんだからとーぜんだけどねぇ……一人で作ってたら間違いなく真っ赤なハンバーグだったしぃ……」
夕食を食べ終えた俺たちの素直な感想を聞いた霧島は喜んで見せるが、直美は不満げな顔でけちをつけようとする。
尤もハンバーグ自体はしっかり完食しているために、霧島の笑みが絶えることはなかった。
「そうだね、手伝ってくれてありがとう……そのうちちゃんと一人でも美味しいの作れるようになるから……」
「ふん……いつになるのやら……あーあ、直美のきちょーな自由時間が勿体ないなぁ~」
「おや? その言い方だと直美ちゃんはこれからずっと霧島と一緒に料理作りをするつもりなのかなぁ?」
そんな霧島にやっぱり顔を向けることなく皮肉を呟く直美だが、それを聞いた亮はニヤニヤしながら突っ込みを入れる。
「えっ!? そ、それ本当っ!?」
「ふえっ!? い、いやそのそれはあの……」
即座に霧島は身を乗り出すと期待しているような口調で尋ね始めるが、直美はこう返されるとは予想外だったのか否定とも肯定とも取れない声を洩らすばかりだった。
違うのならば違うと言えばいいだけなのに、そうしない辺りは亮の言う通り一緒に料理を作るつもりでいたのだろう。
だけれど未だに直美は意地になっている部分もあるのか、素直に頷くことができないようだ。
「……ふふ……直美ちゃんは霧島が料理でミスをして無駄な出費が出るのを避けようとしてくれてるんだよ」
「あっ!! そ、そうっ!! 史郎おじさんの言うとーりっ!! だから仕方なく手伝ってあげてるのぉっ!! そこんとこわかってるっ!!」
その姿に微笑ましさを覚えながらも助け舟を出してあげると、直美はそうだと言わんばかりに何度も首を縦に振りやれやれと肩をすくめて見せるのだった。
「ふふ、それでも嬉しいなぁ……ありがとう……これからよろしくお願いします」
「ふふ……そっかぁ……流石直美ちゃんだ……良い子だねぇ……」
「む、むぅぅっ!! 見、皆して何その顔ぉっ!! な、なんか馬鹿にしてないっ!?」
直美のある意味で年相応の子供らしい仕草に俺たちは自然と頬が緩んでしまい、それを見た直美はやっぱり年相応の子供のようにむくれて見せるのだった。
(可愛いなぁ直美ちゃん……だけどいつ以来だろう、こんな年相応の無邪気な姿を見せてくれたのって……)
少し前まで精神的に追い込まれていた直美は悲痛な姿ばかり見せていたから、ここまで立ち直ってくれたこともまた嬉しくて仕方がない。
未だに霧島と完全に和解していない状態でこれなのだから、もしもちゃんと向き合えるようになったらどうなってしまうことか……想像するだけで俺は受かれそうになるのと同時にほんの僅かに悔しさも覚えてしまう。
(下手したら今まで見たことがないぐらいいい笑顔を見せてくれるかもなぁ……俺や亮がつきっきりで面倒を見ていた頃より……ちょっとだけ悔しいなぁ……)
ずっと傍で直美を見守ってきた俺としては、これだけ短期間で直美の精神を安定させつつある霧島に少しだけ嫉妬めいた感情を抱いてしまう。
(もしもこのまま直美ちゃんが霧島と仲直りしたとして……その時、俺は直美ちゃんにとっての一番大切な人で居続けられるのだろうか……)
本来ならそうなるべきなのに……究極的には近所に住んでいる年上のおっさんでしかない俺よりも血の繋がった母親と親しくあるべきだというのに、それを考えると何故かそれまでの喜びも消えそうなほど胸がキュっと痛む気がした。
その感情の正体が何なのかは……あえて考えないことにした。
(関係ないさ……仮に直美ちゃんの想いがどうなろうと、俺にとっての大切なことは何も変わらない……直美ちゃんが幸せでいてくれればそれで十分だ……そうだろ俺?)
自分自身に言い聞かせるように心中で呟きながら、俺は改めて拗ねたように頬を膨らませている直美へと視線を移して……その子供っぽくもどこかこの状況を楽しんでいるように見える姿を確認すると、それだけですぐに幸せな気持ちが戻ってくるのだった。
「いやいや、素直に直美ちゃんは凄いなぁって思ってるだけだから……」
「そ、その割にはなぁんかなぁ……」
「そうそう、何ならあんまり良い子だからお小遣い上げちゃいたいぐらいだし……」
「えっ!? ほんとぉっ!? わーいっ!! 亮おじさんだいすきぃ~っ!!」
未だにぶー垂れていた直美だけれどお小遣いと聞いた途端、コロッと態度を変えて椅子に座る亮に横から飛びついて揺さぶり始めた。
現金過そんな直美の姿にやっぱり亮は微笑みながら本当に財布を取り出して見せた。
「おいおい亮、そんな大盤振る舞いして大丈夫なのか?」
「はは、まあ貯金はあるからな……それにずっと離れてて寂しい思いをさせちゃったってのもあるし……実はちょっと多めに下ろしてきたばっかだから財布にも余裕はあるんだよ……はい、直美ちゃん」
「ありがとう亮おじさぁんっ!! えへへ、直美いい子にしててよかったぁ~」
「よいぞよいぞ……代わりと言っては何だけどちょっと相談に乗ってくれ……出来れば、霧島さんの意見も聞きたいし……」
「えっ!? わ、私っ!? そ、そりゃあ嵐野君にもいっぱい迷惑掛けちゃってるし……私で力に成れることなら……」
そこで亮に話を振られた霧島は露骨に動揺して何度も瞬きしながらも、亮に向かい何とか頷いて見せた。
(そう言えばそんなこと言ってたなぁ……しかしこいつが直美ちゃんや霧島に相談を持ち掛けるだなんて……一体何が飛び出すのやら……)
「むむ……亮おじさんが相談……なぁんか嫌なよかぁん……」
果たして直美も俺と同じ思いを抱いているのか、さっと身を離して自分の席へと戻ろうとする……両手でしっかりと貰ったばかりのお札を握りしめたまま。
「いやいや、大した話じゃないって……ちょっと何枚か写真を見てほしいだけだから……」
「ふぇ?」
「えっ? しゃ、写真って……?」
亮の言葉に俺を含めた三人が首を傾げる中で、亮はササっと自らの携帯を操作すると一枚の写真を提示した状態で俺達に向けて差し出してきた。
ちょっとだけドキドキしながらそっと覗き込むと、そこに映っていたのは……背広を着こんでいる亮本人であった。
「あぁん……何だよこれ?」
「いや、何と言うか……女性の目から見て一緒に歩いていて恥ずかしくない格好になってるかどうか判定してほしくて……」
「えぇ……それどーいうことなのぉ?」
「うぅん……き、基本的には問題ないと思うけど……相手とどういう関係でどこに出かけるかとか教えてもらえないと何とも言いづらいかなぁ……」
やっぱり訳が分からなくて尋ねる俺たちの言葉を受けて、亮は何やら恥ずかしそうに笑い顔を背けながら答え始めた。
「じ、実は史郎の後輩の子に就職について色々と相談に乗ってもらっててさ……それで何かお礼をしてあげようと思ったらどこかで食事を奢って欲しいって言われて……明日、ちょっと一緒にお出かけすることになってて……だけどほら、俺ってば史郎以上に異性と縁がなかったからどんな格好がいいかとか全く分からなくて……それで……」
「はっ? えっ? えぇっ!?」
「そ、それって……で、デートってことぉおおおっ!?」
「えっ!? あ、嵐野君がデート……えぇっ!?」
思わず驚きのあまり固まってしまう俺たち。
(えっ!? あ、あの亮がっ!? あ、あの子とっ!? えっ!? で、デートぉっ!? お、俺だってしたことないのにっ!? う、嘘だろ亮君っ!? こ、恋人いない同盟の俺を裏切るのかぁっ!?)
「はは……だったらいいけど多分ありえねぇって……俺とは釣り合わないぐらい魅力的な子だからさ……」
「で、でも休日に出かけるってそれ絶対脈があるやつぅっ!! ま、間違いないってっ!! 無数の恋愛ゲームを攻略した直美が言うんだから絶対だよっ!!」
「そ、それは全く参考にならないと思うけど……」
「け、けど確かに普通に考えて全く脈の無い異性と休日にお出かけなんてそうそう……それこそもともとお友達とかだったりするなら話は違うけど……嵐野君の言い方だとそう言う関係じゃない人なんでしょ?」
「ま、まあついこの間知り合ったばっかりだし……身の回りの事とか昔話ぐらいはしたけど、一緒に遊んだりはしたことないし……け、けどこの俺がそう言う目で見られるわけないからな……まあ単純に食事して終わりだと思うが、それでも僅かな間とは言え一緒に歩いて恥ずかしい思いはさせたくないからさ……恰好ぐらいはと思ってね……」
直美と霧島の言葉を苦笑しながら流した亮は、そのまま携帯を操作して別の洋服を着ている写真を何枚か見せて来るのだった。
「うぅん、絶対それお食事デートって流れだと思うけどなぁ……ちなみにどっちが誘ったの、って史郎おじさんの類友な亮おじさんが誘えるわけないよねぇ……聞くまでも無いかぁ」
「うぐっ!? そ、それを言われては……だけど仰る通りです……向こうからお礼ならご飯を奢ってくれるだけでいいから暇なときにでも会おうって……ついでに就職情報も新しいの調べておくからって……」
「あ、嵐野君……それ私も脈ありだと思うけど……ちなみに幾つぐらいの子なの?」
「そ、それ関係あるのか霧島? 確か二十八とかその辺だったと思うけど……」
何故か歳を尋ねて来る霧島に俺は首を傾げながらも、記憶を漁りながら答えた。
「は、二十歳後半かぁ……それでそこまでガッツリ来るって……い、いやでも嵐野君は無職だし……うぅん……」
「そうそう、こんな無職の男に立派に社会で働いている女性が靡くわけないって……なぁ史郎?」
「あ、ああ……それにあの子は男の人と付き合った経験無いらしくて奥手だから……」
「奥手な子がこんな積極的に誘うかなぁ……まあとにかく、良さそうな格好を見ればいいんだよね?」
「ああ、そこんとこ頼むよ直美ちゃん……」
不思議そうに小首を傾げる直美だが、それ以上追求することなく亮の差し出した写真を見比べ始めた。
亮もまたそんな直美に頭を下げながら写真へと視線を移した……ところで霧島がその二人に聞こえないよう俺の耳元にそっと囁きかけて来る。
「……ねぇ史郎……その子って本当にちゃんと働いてる良い子なんだよね?」
「え? あ、ああ……少なくとも俺の知る限りはまともだけど……な、何か気になるのか?」
「い、いや……ほ、ほら私変なところで働いてたから色んな年齢の女の人から話を聞く機会があったんだけど……二十歳後半を越えて彼氏がいない子って結構思い詰めて過激な行動をとる人も少なくないみたいで……ま、ましてその……い、色々と未体験な子とかも焦って道を踏み外す子もそれなりに居て……な、中には犯罪染みた真似しちゃった子も……だからもしも史郎の言ってる通りその子が本当に奥手で……それでも嵐野君を自分から誘ったって……け、結構思い詰めちゃってる可能性が……」
「ま、マジか……で、でもあの子がそんな真似するとは……」
少しだけ不安そうにしている霧島の言葉に妙な迫力を感じた俺は、それでも普段のあの子の態度を思い返して否定しようとして……亮に対してだけ妙に変な態度を取っていることに気付いて固まってしまう。
(た、確かに亮に対してだけは妙に行動的というか……いやでもあの子がそんな……そ、それに言い方悪いけどあの子なら内面はともかく外面は亮より格好良い男を狙えるはずだし……だ、大丈夫だよね亮君っ!?)
何やら俺まで妙な不安を覚えてしまい、さっきとは違う意味で亮を見つめてしまうのだった。
「……からぁっ!! やっぱりここはマントに仕込み杖で決まりでしょっ!!」
「そ、そんなコスプレ染みた格好は駄目でしょ直美ちゃぁんっ!!」
「えぇ~、直美なら史郎おじさんとそーいう格好で歩いてもへーきだけどなぁ~?」
「だ、駄目だこの子……考えてみたらお洒落とか全く興味なかったっけ……や、やっぱりこういうのは霧島さんに頼るしか……霧島さん、どれがいいか俺にどうかご教授をぉっ!?」
「ふぇっ!? え、えっとぉ……し、史郎……何だかんだで嵐野君も格好さえ整えちゃえばそれなりに見れる外見になっちゃうと思うけど……その子が本気で思い詰めてるなら、下手したら最後の一線超えるきっかけになっちゃうかもだけど……教えちゃっていいんだよね?」
「あ、ああ……まあ……うん……良いと思うよ……多分……」




