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史郎と亮とオタク少女な直美ちゃん㊴

「おおっ!! まさか縫い針だけでここまでやれるとは……流石は東方不は……」

「きゃっ!? あぅっ!? 痛っ!!」

「……っ」


 居間のテレビで適当に目に付いたアクション映画を見ていた俺達だが、どうしても後ろから聞こえてくる声に意識が向かってしまう。

 実際に直美などは画面などそっちのけでチラチラと何度も台所の方を振り返ってばかりだった。


(うぅん……手裏剣に乗って移動したり稲穂の上を走り抜けるシュールな忍者の登場シーンすら無視できるとは……やっぱり映画より霧島の様子を見たかったってのが本心なんだろうなぁ……)


 尤もそれは霧島も同じようで、俺たちがこちらの家に戻って来てからというものずっとソワソワしっぱなしだ。

 おかげで料理に集中できないようで……ただでさえ初めて扱う油で恐々だったがためか、今は冷凍してあったポテトをかなりの高さから乱雑に投げ入れては跳ねる油に悶えているのだった。

 そんな状態ながらも霧島は俺たちが傍にいるからか、悲鳴を上げつつも決して途中で投げ出そうとはしなかった。


「……大丈夫か霧島ぁ?」

「あっ!? う、うん大丈夫だよっ!! 何とかするからそっちは寛いで……にゃぁっ!? ひゃぁっ!?」

「っ!?」


 霧島の悲鳴が聞こえるたびに直美は凄い勢いで振り返り、そんな反応をした自分を恥じるように前を向き……またすぐに振り返ることを繰り返していた。


(もう隠せないほど動きが過敏になって来てる……滅茶苦茶気になってるんだろうなぁ……まああんまりにも不手際だからってのもあるんだろうけど……)


 恐らく台所は油まみれで酷い状態だろう……多分霧島が後で洗うだろうけれど、あいつの家事能力を思えば結局は俺が後始末せざるを得なくなりそうだ。

 それでも直美の為に料理を頑張っている霧島を止める気にはなれず、俺はちょっとだけ後の苦労を思い心中でため息をつきながらもテレビへと意識を戻そうとする。


「……おおぉっ!? あ、あんな掠り傷からっ!? 反則だろ吸星大ほ……っ!?」

「うぅぅ……熱っ!? 熱ぅっ!? え、えっとこれで次は……し、塩っ!? 油が落ちないうちに塩を……あっ!? こ、これ砂糖……え、えっと……」

「っっっっっ!! もぉおおおおっ!!」


 そこで聞こえてきた言葉を聞いてとうとう我慢の限界を迎えたらしい直美が感情のままに叫びながら立ち上がると、そのままドタドタと不機嫌そうに足音を鳴らして台所へと駆けて行った。


「あぁ……ど、どう……えっ!? ど、どうしたのっ!? 何か……」

「もぉっ!! 良いからそこ退いてっ!! ああ、こんなに油跳ねさせちゃってぇえっ!? それに揚げたてのポテトを油も落とさないで直接お皿に乗せないのぉっ!! 新聞紙とキッチンタオル取ってきてっ!!」

「えっ!? あっ!? は、はいっ!!」


 不器用な霧島を押しのけて台所へ立った直美は、しかし霧島を追い出そうとはせずむしろ横に並んで指示を出し始めた。

 直ぐに直美の言う通りに動く霧島……娘の指示で母親があたふたしているのがちょっと情けないけれど、その様子は一般的な家庭で見られる母娘で協力しての料理姿にしか見えなかった。


「……直美ちゃん、俺も何か手伝う?」

「いいよ別にぃ……三人も居たら台所狭いから……それに史郎おじさんせっかく休みなんだからあっちで休んでて……それで鶏肉はどこ?」

「えっ!? ま、まだ冷蔵庫……ほ、ほらこれ……」

「ま、まだ味付けしてないのぉっ!? 幾ら市販の唐揚げ粉だからって、予め付け込んでおかないと味がしみ込まないでしょぉっ!?」

「ふぇぇっ!? そ、そぉなのっ!? ご、ごめんねじゃあ今からするから……え、ええと……適切な大きさに切った鶏肉を……」


 手際の悪い霧島を睨みつけながらも台所から追い出そうとしない直美……それどころか不機嫌そうに文句をつける形だが、自分から話しかけてすらいる。


(三人じゃ狭いって言いながら俺の手伝いを断るって……それって要するに霧島と一緒に料理したいってことなんじゃないのかな?)


 実際の直美がどう思っているかはわからないが、少なくとも霧島を本気で邪魔だと思っていたり絶対に傍にいてほしくないと思っていたら間違いなく俺と交代するように言っていたはずだ。

 そもそも霧島の居るこの家に足を踏み入れている時点で、多分直美は……心のどこかでこうなることを望んでいたのかもしれない。

 だからこそあれほど料理中の霧島を意識していたのだと考えれば納得が行く。


 それを霧島も何となく気付いているのか、実の娘である直美にこき使われ申し訳なさそうだったり恥ずかしそうだったりしながらも……その顔はどこか嬉しそうに見えた。

 そして直美もまたそんな顔で隣に並び自分の手元と顔を覗き込んでいる霧島を見ないようにしながらもその頬がちょっとだけ照れくさそうに赤くなっているのは、多分揚げ物の熱気のせいではないだろう。


(まだまだ気を抜くには早いだろうけど……或いは不謹慎な想いかもしれないけど……何か良いな、この光景……)


 目の前で直美と霧島が協力して、ある意味で俺の為に料理を作ってくれている。

 その事実は俺の胸を妙にほっこりさせてくれて、ゲームや映画よりずっと楽しく思えてしまう。

 だから俺は食卓の椅子に座り、その光景をいつまでも眺めているのだった。


「ちゃんと揉み揉みして粉をしみ込ませて……そしたら一個一個、ぎりぎりまで油に近づけて落と……にゃぁあっ!? そ、そんな高さから落としたら油跳ねるでしょうがぁっ!?」

「ひゃぅっ!? ご、ごめんなさいっ!! じゃ、じゃあ今度はもっとギリギリ……熱っ!?」

「ば、馬鹿っ!? 鍋に触れたら熱いに決まって……お、お水で冷やしてっ!! 早くっ!!」


(……本当にどっちが親か分かったもんじゃないなぁ……だけどやっぱり微笑ましいというかなんというか……せっかくだしこの光景写真に撮っておこうかな……ついでに亮にも送ってやるか……)

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― 新着の感想 ―
[一言] おお、一緒に料理を作るまでに。 でも揚げ物は危ないから、まだ一人ではやらないようにねえ/w
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