史郎と亮とオタク少女な直美ちゃん㊳
「むぅぅ……史郎おじさんのばぁかぁ……」
「か、勘弁してってば直美ちゃん……代わりに新しいゲーム買ってあげるからさぁ……」
「ちぇぇ……直美は史郎おじさんの愛が欲しいんだけどなぁ……けどまあそれでてぇ打ってあげちゃおー……えへへ、何買おうかなぁ……」
舌打ちしつつも、むしろ計画通りとばかりに笑う直美を見て俺はようやく胸を撫でおろした。
(じょ、冗談抜きに興奮してヤバかった……直美ちゃんは自分の身体の魅力をもう少し自覚して……やってるんだろうなぁ……はぁ……)
だから罰ゲームと称してキスをせがんできた時、むしろ魅力的に感じてしまい身体が固まりかけてしまったほどだ。
しかしその際に直美が唇をタコのように尖らせて迫ってきたから、その顔を見て冷静に戻ることができたのだった。
「何でも買ってあげるからゆっくり考えておいてよ……それより今は他のゲームでもやらない?」
「うぅ~ん、それもいいけどぉ……二人じゃぁ直美がいっぽー的に勝っちゃってかわいそーだからなぁ……ちょっとあの二人に連絡してみるねぇ~」
そう言って携帯を取り出した直美はお友達に電話を掛け始めた。
(うぅ……そりゃあコテンパンだったけど、それはあくまでも直美ちゃんが卑怯な真似……しなくても勝てないんだけどさぁ……)
少し悔しさを覚えるが事実なので何も言い返せない。
尤も実際のところは二人用のゲームより皆でわいわい騒ぐ奴をしたかっただけなのだろう。
もしくは……やっぱり霧島のことを愚痴のような形で人に語りたいのかもしれない。
「もしもし陽花? あのさぁ、今日も暇なら一緒に……えっ!? お義兄ちゃんと座敷童の出る温泉宿に泊りっ!? 今日こそ座敷童に思い知らせるって……あんた何言ってんのぉっ!?」
だから何も言わずに直美を見守っていたところで、俺の携帯もまた震えだした。
俺の電話にかけてくるのは直美や亮を除けば会社か……直美の祖母が入院している病院ぐらいのものだ。
尤も休日だから会社ではないような気がするけれど、何かトラブルが起きたとすれば役職者である俺に連絡が来てもおかしくはない。
「全く陽花は何考えてんだか……あっ!? 美瑠ぅ、あんたは今日暇……えっ!? きょ、今日は一日中ポリネシ……な、何言ってんのアンタぁっ!? って、ちょぉっ!? な、何変な声出して……じ、実況配信とかいらないからぁあああっ!!」
そう考えた俺は直美がお友達と電話に熱中しているのを横目に見つつ、そっと部屋を出て廊下で携帯を取り出した。
すると画面には霧島亜紀と表示がなされていて、あいつが隣の家から携帯で電話してきたのだと分かった。
「……もしもし、どうしたんだ?」
『あっ!? ご、ごめんね史郎……邪魔しちゃったかな?』
「いや、今はちょうど手が空いてたから……それより何かあったのか?」
『い、いや大したことじゃないんだけど……そのね、お昼ご飯なんだけど……あ、揚げ物作ってみようかなぁって思うんだけど……そ、その許可を貰いたかったのと……も、もし良かったら揚げてる間だけでも見ててくれたらなぁって思って……』
霧島は電話越しでもわかるぐらい恐る恐るといった様子で尋ねて来る。
どうやらよほど油を使うのに思うところがあるようだ。
(ボヤを起こしかねないからって心配してるのかな……まあ俺の家だから律儀に許可を取ろうとするのは偉いけど……)
「ああ、普通に使っていいけど……だけど誰かが見てないと不安だって言うなら違う料理にしたらどうだ?」
『そ、それも考えたんだけど……わ、私もそうだったけど若い子って唐揚げとか揚げ物って好きでしょ? それに味付けも市販のでやれば殆ど失敗しないだろうし……せっかくあの子がチャンスをくれたんだからこの機会を逃したくないの……だから出来る限り美味しいのを作ろうって思って……だ、だけど史郎が忙しいなら私一人で何とかやってみるから……』
俺の返事を受けて霧島は、それでも揚げ物に挑戦しようという決意は変わらなかったようだ。
(確かに当時の霧島は味が濃い料理が好きだったよなぁ……それは直美ちゃんも同じ……やっぱり母娘なんだろうな……)
娘のために自分の苦手な事でもやりきろうとする霧島の態度は、正直かなり好印象を感じさせた。
だからこそ少しぐらい手伝ってあげたくなったが、直美を置いていくのは流石に躊躇われた。
それこそ下手したら直美より霧島を取ったと思われそうで……そう思いつつチラリとドアの向こうへ振り返ろうとした俺は、すぐ隣に顔を寄せていた直美に気が付いてびくっとしてしまう。
「っ!?」
『ど、どうしたの史郎っ!? や、やっぱり私一人で揚げ物は止めておいた方が良いと思う?』
俺の驚きをどう感じたのか不安そうに呟く霧島だが、俺は神妙な顔で俺の携帯を睨みつけている直美に気を取られて何も返事が出来ないでいた。
そんな直美は向こうの会話を聞き取る気満々のようで、俺を見ると無言のまま携帯に手を伸ばしてスピーカーモードに移行させてくる。
『も、もしもし史郎? ど、どうしたの? わ、私何か変なこと言っ……も、もしかしてあの子に何かあったのっ!? もしも史郎っ!! わ、私そっち行ったほうがいいっ!?』
「……別に何にもないから」
『っ!?』
黙りこくっているこちらの様子から不穏な空気を感じたらしい霧島は、直美の身体を気遣う声を発する。
それを聞いた直美は物凄く複雑そうな顔をしながらも不機嫌そうに呟き、今度はそれを聞いた霧島が黙り込んだ。
(な、直美ちゃんっ!? ま、まさか俺が黙って外に出たから内緒話してるって勘違いして怒って……いや、だったらもっと激しく叫ぶだろうし俺を睨みつけてなきゃおかしい……それにさっきまで黙って顔を寄せていたのも……)
「それより……揚げ物って何作る気なの?」
『き、聞いてたの……あ、あのね鶏のから揚げとフライドポテトなんだけど……も、もしかして嫌いだった?』
「別に……それよりあんたに作れんの? 鶏肉を包丁で切って……油だって跳ねるのに……」
ボソボソと呟き続ける直美だが、その声を聞いて霧島は……多分会話してくれるだけで嬉しいのかこちらは感極まったような声を発し始める。
『だ、大丈夫っ!! 頑張るからっ!! ぜ、絶対に美味しい料理作って見せるから史郎と一緒に待っててねっ!!』
「……別に期待なんかしてないし……勝手にすれば……ふん」
「な、直美ちゃん……」
そこまで言ったところで電話を切ってしまう直美。
そして俺に携帯を返しながら踵を返すと……盛大にため息をつきながら俺を見上げて来た。
「……史郎おじさん……あいつの様子見に行くの?」
「えっ!? い、いや俺は直美ちゃんの方が大事だから……直美ちゃんが一緒に居てほしいなら……」
「本当? 直美のことが一番? 絶対嘘じゃないよねそれ?」
何故か真剣な眼差しで俺の顔を見つめてくる直美……質問の意図はわからないが、俺もまっすぐ見つめ返してはっきりと頷き返した。
「ああ、本当だ……世界中の何と比べても……親父たちや亮にも悪いけど……直美ちゃんが一番大切だよ……」
「……っ」
しばらくの間見つめ合っていた俺達だが、少しずつ顔色を赤く染めて行った直美が不意に顔を逸らして……再び盛大にため息をついて見せた。
「……はぁ……もぉ、史郎おじさんったらぁ……えへ……」
「な、直美ちゃん……?」
「何でもなぁ~い……」
そして再び顔を上げた直美は笑顔に戻っており、どこか嬉しそうに俺の腕を取ると……何故か玄関に向かって歩き出すのだった。
「ど、どうしたの直美ちゃん?」
「あのねぇ、あの色ボケ共どっちもデートというかなんというか……とにかく忙しいんだって……だからゲームは止めて、史郎おじさんのお家でえーがでも見ようと思って……いいでしょぉ?」
「そ、それは良いけど別にこっちの家でも見れるんじゃ……」
「史郎おじさんの居間にあるテレビのほーがおっきぃじゃんっ!! そこで直美とイチャつきながら見るのだぁっ!!」
「直美ちゃん……」




