史郎と亮とオタク少女な直美ちゃん㊱
「うぅ……ひ、一人で行けるのにぃ……」
「温めたお味噌汁零したら大変でしょ?」
不満そうにつぶやく直美だが、その顔が少しだけ安堵しているように見えるのは気のせいではないだろう。
(直接顔を合わせて会話しようって決心がついたみたいだけど……やっぱり二人きりで顔を合わせるのは気まずいんだろうな……)
そう思っての行動だったが、今言った言葉も嘘ではない。
何せ直美は緊張しきっているのか料理を持つ手が物凄く震えていて、お味噌汁を零さずに持って行けそうには見えなかったのだ。
実際に今も直美は焼き魚の乗っているお皿一枚を両手で持っていてなお、小刻みにその手が震えているほどだった。
それでも俺を先導するように先を歩きながら隣にある俺の家に向かうと、何度も深呼吸してからインターホンを鳴らし始めた。
「直美ちゃん……俺の家なんだから普通に入っていいんだけど……」
「い、いいのぉ……さ、さっさと渡して帰るんだからぁ……い、家の中まで入る気は……っ!?」
『は、はぁい……どちらさ……っ!?』
そこでインターホン越しに霧島の声が聞こえて来たかと思うと、すぐに家の中から騒がしいまでの足音が聞こえて来た。
インターホンについているカメラで直美が居ることに気が付いたためだろう……霧島は即座に玄関先へ向かおうと廊下を走り出したようだ。
(ここまで聞こえるぐらいの足音……あいつどんだけ焦ってるんだか……いや、焦りもするか……)
自分を嫌っているはずの娘が向こうから顔を見せに来てくれたのだ。
その想いを無駄にしたくないだろうし、何より出るのが遅れてせっかくの機会を逃すような真似はしたくないのだろう。
だからドダドタと騒がしく……途中でドシンと何やら大きな物音までたてながらも霧島はドアを壊しかねない勢いで開いた。
「い、いりゃっしゃ……じゃ、じゃなくてお帰り史郎っ!! そ、それに……っ」
「……大丈夫か?」
舌を嚙みながらも早口で俺達を出迎える霧島は腰のあたりを片手でさすってる。
恐らくは急ぎ過ぎて途中で転んだのだろう……だから気遣う声を掛けるが、そんな俺に軽く首をふって見せながらも霧島は一緒に来た直美だけを見つめて……口元を緩ませていた。
「だ、大丈夫なんでも無いからっ!! そ、それよりどうしたのっ!? な、何か……っ」
「……別に……ただ余ったから……お皿も返さなきゃだし……」
そんな霧島に対して直美は視線を反らしたまま、手に持ったお皿を押し付けるように霧島に差し出した。
「えっ!? あっ!? こ、これもなお……あ、貴方が作ったの?」
「……っ」
名前を呼びかけてわざわざ言い直した霧島……前に直美から名前で呼ぶなと言われたのを気にしているのだろう。
それを聞いて直美は何を思ったのか、目を伏せて口元をぎゅっと引き締めて黙り込んでしまう。
「……そうだよ、これも全部直美ちゃんが作ったんだ……朝食がまだなら食べてみてくれ」
「そ、そうなんだっ!! や、やっぱりすっごい上手だねっ!! わ、私より全然……も、もちろんありがたく食べさせて貰うからっ!!」
だから代わりに俺が詳細を説明してやると、霧島は感動したような声を出して俺たちから食事を受け取り始めた。
「……史郎おじさん……もういいでしょ……戻ろ?」
「あ……そ、そうだな……じゃ、じゃあ霧島俺達戻るから……」
「あ……う、うん分かったよ……ほ、本当にありがとうね……わ、私も美味しい料理作れるように頑張るから……」
「…………何で今更……」
「えっ?」
そこでぽつりと直美が呟いた言葉はとても悲し気な響きを帯びていて、俺も霧島も思わずそちらに視線を向けてしまう。
しかし直美はゆっくりと首を横に振ると、そのまま霧島に背中を向けると俺の手を取って引っ張る様にして自宅に戻り始めるのだった。
「あっ!? あ、あのっ!!」
「…………何?」
そんな俺たちを呼び留めるように霧島が声を発し、そこでようやく直美は足を止めて霧島の方へと振り返った。
果たして何処か苦しそうな顔をしている直美と目が合った霧島は悲しそうにしながらも、それでも目を逸らそうとはしなかった。
「お、お昼……お昼はその……も、もしよかったらなんだけど……わ、私が何か作って……その……お、美味しくないかもだけど……が、頑張って作るから何かリクエストとか……」
「…………不味い料理なんかいらない……直美の……私の料理より美味しくない手料理なんかいらない……」
「……っ」
霧島の提案に直美はそれだけはっきり言うと、今度こそ背中を向けて帰ろうとする。
(……こうなるよなぁやっぱり……少し二人を合わせるの早すぎたかな……)
始終苦しそうにしていてきつい言い方しかしない直美……それを聞いてやっぱり悲しそうにしている霧島。
両者にとって悪い結果に終わりそうな状況に、俺は少しだけ自分の短絡的な行動を悔いてしまう。
(直美が顔を合わせようと決意したからいいきっかけになるんじゃないかと思ったけど……こんな事ならもう少し時間を置くべきだったなぁ……せっかく料理で拙いけれど交流が出来ていたのに……これじゃあまた元の木阿弥に……っ!?)
「わ、わかったっ!! わ、私ちゃんとした料理作るからっ!! 絶対に作って見せるからっ!! だからお昼ご飯期待しててっ!!」
「き、霧島っ!?」
しかしそこで霧島は覚悟を決めたかのような真剣な顔で直美に向かいはっきりとそう宣言したのだ。
驚く俺に対してそれを聞いた直美は一瞬だけ足を止めると、チラリと霧島の方へ視線を投げかけて……鼻で笑って見せた。
「はっ……好きにすれば……」
「う、うんっ!! ありがとうっ!! 絶対貴方の満足する料理作って見せるからっ!!」
だけどその言い方はまるでチャンスを与えているかのようで、霧島もまた力強く頷いて見せるのだった。
(……てっきり霧島のことだからあんなきつい言い方されたら涙を流して泣き言を言うかと思ったのに……本気で直美の母親をやり直そうと……直美の想いに向き合おうと頑張ってるんだな)
直美もまたそんな霧島の想いをわかっているのか、その顔には少しだけ呆れ混じりの苦笑が浮かび始めているのだった。
(本当なら即座に縁を切ろうとしてもおかしくないのに……直美ちゃんは本当に優しい良い子に育ったよな……だけどやっぱり霧島の存在は直美ちゃんにとって良い影響を与え始めてる気がする……俺や亮じゃ甘えるばっかりだったのに……良い反面教師になってるのかも……)
「ねぇ、史郎おじさん……あいつ……本当に……お馬鹿だね……」
「えっ!?」
霧島家に戻り、ドアを閉めたところで直美はため息をつきながら震える声でそう呟き始めた。
「しかも色々ぶきっちょで……頼りないし……直美よりずっと年上なのに幼くて……あんな調子じゃ、昔もどぉせ変な男に騙されたんでしょ……本当に馬鹿だから……あいつ……何であんな……」
「直美ちゃん……」
「ねぇ、史郎おじさん……もしも……もしもさぁ……あいつと私の関係が……じゃなくて……歳の近い姉妹とかだったらもっとまともな関係……ううん……やっぱり何でもない……」
そう言って直美ちゃんは目の辺りを軽く擦ると、俺に正面からギュっと抱き着いてくるのだった。
「……史郎おじさん……お姫様抱っこぉ~……それでお部屋まで連れてってぇ~」
「……了解……それで少しだけ休んで……気持ちを落ち着かせてから遊ぼっか?」
「うん……そぉするぅ……じゃないとランク落ちちゃいそうだし……今は史郎おじさんとギュってしてたいから……」




