史郎と亮とオタク少女な直美ちゃん㉞
「あぁ~っ!? い、今発電機爆発させたのだれぇっ!?」
「お、俺じゃないぞっ!! そんな初歩的なミスをするはずが……ゲゲェっ!?」
「俺の猫が反応してるっ!? チェーンソーが突っ込んでくるぞぉっ!?」
三人で協力して一つの発電機を修理していたところ、そこへチェーンソーを持った殺人鬼が突っ込んでくる音が聞こえた。
慌てて霧散したおかげでそのチェーンソーは誰にも当たることはなかったが、すぐに殺人鬼は俺を追いかけて来る。
(い、意外とドキッとするなこれっ!?)
今やっているのは最近出たばかりの鬼ごっこをするゲームだが、中々スリルがあって面白い。
尤も当初はバグばかりの上に、五人揃わないと出来ないということもあって全然マッチングしなかった。
おまけに目新しいジャンルであることもあり、まだまだ定石も何もあったものではなく、俺も逃げ回るのに必死だった。
「い、板はどこだ板はぁっ!?」
「あぁっ!? し、史郎おじさんその辺の板は後半に備えて残しといてねっ!!」
「なぁああっ!? む、無茶を言う……うおっ!?」
直美の無茶ぶりに応えて居る間にも、鬼役である殺人鬼が俺の操作する眼鏡君を殴りつけていた。
これでもう一度叩かれたら逃げることもできなくなる上に、今からは逃走経路に血液が滴って見つかりやすくなってしまう。
(や、ヤバすぎるぅっ!? ど、どうすればっ!? せ、せめて殺人鬼が通りにくい小さな窓枠でもあれば……おおっ!? あれは亮君じゃないかっ!!)
必死に逃げ回っているところで、背丈ほどある草むらの中にしゃがみこみ隠れてやり過ごそうとしている亮の操作キャラを見つける。
「亮~っ!! 助けてぇええええっ!!」
「ちょぉっ!? こ、こっちくんなぁああっ!!」
俺が近づくなり慌てて走って逃げだす亮だが、急に現れた新たな生存者を見つけた殺人鬼は驚いたのか凶器を空振りしてしまう。
その隙に距離を取り草むらに隠れる俺達……またその際に亮と俺の足跡が混ざったこともあって殺人鬼は俺の居場所を見失ったようだ。
(ほぉ、俺の呻き声で方向が分からないところを見るとヘッドホンは使ってないみたいだな……これなら逃げきれそうだぜ……)
ウロウロしている殺人鬼を刺激しないようしゃがみながらゆっくりとその場を後にする俺。
「はぁぁ……に、逃げきれたかなぁ……今のうちにけがの治療を……うぉっ!?」
何とか殺人鬼から距離を取り終えたところで急にブザー音のようなものが鳴り出してビクリとする。
しかしそれが直美によって全ての発電機の修理が終わり、脱出ゲートを開き始めた際の音だと気づいてほっと胸を撫でおろした。
(よ、よし……今回も何とか逃げ切れそうだな……)
怪我の治療も半端な状態で音の聞こえて来たゲートへと向かうと、既に脱出口が空いていて直美のキャラが手招きしている。
「史郎おじさん早く早くぅっ!!」
「わ、分かってるっ!! 今行くか……っ!?」
「助けてくれぇ史郎ぉおおおっ!!」
そこへ亮もまた駆けつけて来て……その後ろからは猛スピードでチェーンソーを操りながらこちらに迫り来る殺人鬼が居た。
果たして鬼役はそこで怪我をしている俺を見つけるとそちらを倒すことを優先したのか、亮を無視して俺の前へと回り込んできた。
「こ、これは不味い……な、直美ちゃん助け……えぇっ!?」
「史郎おじさんっ!! 直美、あなたのとぉといぎせーは忘れないからねぇっ!!」
俺が追われている隙に満面の笑みを浮かべて安全圏へと脱出する直美。
「ちょぉおおっ!? な、直美ちゃんそれはあんまり……ぐはぁああっ!!」
仲間のフォロー無しに逃げきれるはずもなく、俺はあっさりと殺人鬼の攻撃を受けてその場に昏倒してしまう。
そんな俺を担ぎ上げて近くのフック付きの祭壇へと運ぶ殺人鬼……ここに引っ掛けられて一定時間が経つと完全に俺の敗北が決定するのだ。
(だ、だけどその前に誰かが助け出してくれればまだワンチャン……っ!?)
「じゃあな史郎っ!! お前のことは忘れるまで忘れないぜっ!!」
「ま、待て亮っ!? お、お前まで俺を見捨てるのかぁああっ!?」
俺に殺人鬼を押し付けた亮もまた、俺を助けようとするどころかあっさりと見捨てて安全圏へと脱してしまう。
こうなると残った最後の一人に期待をかけるしかないが、殺人鬼は釣り上げた俺の前にまるでキャンプするように陣取って動かない。
これでは助けようもくそもなく、最後の一人もまた諦めたように脱出してしまうのだった。
「あぁああっ!? み、皆酷いよぉおおっ!?」
「あはははっ!! 史郎おじさんだけアウトぉ~っ!!」
「まだまだだなぁ史郎は」
結局俺だけが敗北という形で終わり、何やら妙に悔しくてたまらない。
「くぅっ!! も、もう一回だっ!! 何なら今度は俺が殺人鬼をやって……」
「あははっ!! もぉ、しょぉがないなぁ~……でもヨワヨワ史郎おじさんが相手なら、ハンデで直美とトォルおじさんの二人掛かりでやってあげても……」
「はは……そうだな、史郎にリベンジさせてやろう……って言いたいところだけど今日はここまでにさせてくれ」
しかしそこで亮は時計を指し示して見せた。
「も、もうこんな時間か……確かにもう帰らないと不味いよな……」
「そう言うこと……じゃあ悪いけど直美ちゃん、そろそろ俺は帰るから続きは史郎とやっててくれな」
「えぇ~……もっとあそぼーよぉ……せっかく明日はお休みなんだよぉ~? 今日こそ泊って行けばいいじゃぁ~ん……」
亮の言葉に不満げな声を洩らす直美……やはり亮の顔が見えなくなるのは未だに不安なようだ。
「そう言えば明日は土曜日だったな……確かに俺も直美も休みだし、亮さえよければ本当に泊って行ってもいいぞ?」
「……ありがたいけど止めておくよ……毎日が日曜日であるニートの俺様は、せめてそう言う日だけでも動かないと不味いからな……」
そんな直美に申し訳なさそうにしつつも少しだけ自嘲するように呟いた亮だが、その視線が一瞬だけ一階に向かったのを俺は見逃さなかった。
(ああ、そうか……霧島が居るから気を使ってるのか……それとも気まずいのかな……)
普通に考えて就職活動するにしても、わざわざ平日ではなく土日に動く理由があるはずもない。
「むぅ……ここから出ればい~じゃぁん……それこそ直美のお家に泊まってもいいし……」
恐らくはその事実に直美もまた気付いているのだろう……だからこそあえてそんな提案をしてみたようだが、それでも亮は首を横に振るばかりだった。
「ありがとう直美ちゃん……だけど明日はちょっと用事があってね……それが終わり次第顔を出すからさ……」
「うぅ……や、約束だかんねぇ……あしたもいっぱぁい直美と遊んでよ……今までの分取り返すんだからぁ……」
「……もちろん、幾らでも付き合うよ」
改めて不安そうにしている直美に微笑みかけた亮は、そこで軽く身体を伸ばすと今度こそ部屋を後にした。
そして今日もまた少しだけ遅れて家から出ると、どこか複雑そうな表情で窓から見下ろしている俺たちを見上げて来る。
「……史郎」
「どうした亮?」
「ど、どうしたのとぉるおじさぁん?」
「……いや、何でもない……また明日……」
何か言いたげに俺の名前を呟いた亮だけれども、同じく窓から顔を出す直美の姿を見かけると、ふっと微笑むと別れの言葉だけを口にしてそのまま帰路を歩いて行った。
(……さっきからなんか変だな……亮は俺に何か言いたいことでもあるのか?)
少しだけそんな亮の態度が気になるけれど、それもすぐ傍にいる直美が寂しそうな声を洩らしたらその瞬間に吹き飛んでしまう。
「……行っちゃったねぇ亮おじさん」
「ああ……だけどまた明日も来るって言うからね……それより直美ちゃん、お腹は減ってない?」
「あー……うん、まあ……ちょっと……だけどまだ我慢できるって言うか……うん、もう少しぐらい待っ……後でも大丈夫だから……もう一試合だけゲームしちゃおっか?」
そう言いつつもチラチラと亮が出て行った後の俺の家の玄関へ何度も何度も視線を投げかける直美。
まるで誰かが出てくるのを待っているか……或いは警戒しているかのように。
「そっか……まあそれならその後でいいけど……一応ね、こっちに来る前に霧島が作り過ぎたっていう料理を貰ってきたから……もちろん直美ちゃんが嫌なら後で……」
「……嫌に決まってるでしょぉ……だけど食材無駄にする訳に行かないじゃん……もぉ、史郎おじさんの馬鹿ぁ……変なもの貰ってこないでよぉ……」
顔をしかめながら俺の言葉を遮るように呟いた直美だが、それを聞くなりすぐ顔を引っ込めると……すたすたと一回に向かって歩いて行くのだった。
「あ、あれ? 直美ちゃんゲームしてからじゃ……?」
「た、ただでさえ不味いりょぉりなんだから……冷めたらもっと食べられたもんじゃ無くなっちゃうでしょぉ……もぉ……」




