史郎と亮とオタク少女な直美ちゃん㉝
「あっ!? ちょ、ちょっと待って史郎……」
着替えを終えた俺は悲鳴を上げている亮を置いて直美の元へと向かおうとした。
しかしその前に台所から出てきた霧島に呼び止められてしまう。
「どうした……っていうかこの匂い……なんか作ってるのか?」
「う、うん……その今日も晩御飯作ってみたんだけど……史郎に色々判定してもらいたくて……」
そう言って霧島は一旦引っ込むと、豚の生姜焼きが盛り付けられた皿を手に戻ってくる。
「へぇ……良く作れたなぁ……でも何で生姜焼き?」
「携帯で簡単な料理で調べてみて、これならできそうかなって……あ、揚げ物も考えたんだけどまだ私には人の家で油を使うのは早いかなって……」
「あぁ……一応電子調理器だから大丈夫だとは思うけど……まあそうだな……」
仮にも三十を超えている霧島が言うにはちょっと幼すぎる理由ではあったが、納得できる答えでもあった。
何より自分なりに俺や直美のことを考えて料理を選び、作り方を調べてまで実際に完成させているのも本人のやる気が見て取れるような気がした。
(やっぱり霧島は本気で変わろうとして頑張ってるんだな……こういうところも意外と直美に似てるのかもなぁ……)
そんな霧島の決意を無下にしようとは思えず、俺は素直に差し出された皿を受け取った。
「それで何だ……味見すればいいのか?」
「う、うん……私の味覚だと美味しいのハードルが低すぎるみたいだから……ずっとまともな物、口にしてなかったせいだと思うけど……それにあの子が嫌いな味付けだったりして嫌がらせみたいになってたら困るから……」
「気にし過ぎだと思うが……まあ分かったよ……あむ……んぅ……んんぅ……」
言われるままに生姜焼きを口に入れて味わってみたが、匂いに対してその触感がいまいちすぎた。
(パサパサでなんか全体的に固い……焼き加減を間違えたのか、素材をミスったのか……だけどやっぱり昨日と同じで食べれないほどじゃない……)
「ど、どう史郎感想は……はっきり言ってくれていいからね……そしたら改善できるし……」
「……うん、はっきり言って美味しいとは言えない……昨日の料理と同じぐらいかなぁ……」
「あ……そ、そっかぁ……はぁ……それじゃああの子には食べさせられないよねぇ……ごめんね史郎、時間取らせちゃって……もういいからあの子のところに……」
「いや、せっかくだから直美ちゃんのところに持っていくよ……それだけの量作ってあるんだろ?」
そう言いつつ台所の方を覗き込むと、実際にコンロの上にあるフライパンに大量の生姜焼きが残っているのが見えた。
「い、良いよ史郎……昨日と変わらない味の料理なんか持っていったらあの子きっと嫌がるだろうし……ちゃ、ちゃんと食材は無駄にしないように私が全部食べるから……だから気にしないで……」
「安心しろ、あくまでも俺が食べる分だって言って持っていくから……それなら問題ないだろ?」
どうやら霧島は今朝に俺から聞いた直美の言葉をよほど意識しているようだ。
だから料理の腕が上達するまでは直美に食事を持って行くべきではないと思っているみたいだが、俺の考えは別だった。
(ちゃんと霧島は霧島なりに直美ちゃんのために努力してるんだって形は見えるようにしてあげないと……そしてそれは二人の間に立ってる俺の役目だ……)
「で、でも……」
「お前が直美ちゃんの言葉を気にしてるのはわかるし、それに真剣に向かい合おうとしてるのもわかる……だけどお前らは顔を合わせないようにしてるし言葉だって交わしてないんだ……ここでお前からのアクションが途絶えたら直美ちゃんは下手したらもう親子関係の改善を諦めたとか怠けたって思うかもしれないんだぞ……気持ちってのは簡単に誤解して、すれ違っちゃうもんだからな……昔の俺たちみたいに……」
「……っ」
俺の言葉を聞いて霧島は声に詰まったかと思うと、顔色を変えて俯いてしまった。
しかし俺もまた自分で言っておきながら、自然と口から洩れていたその言葉に驚きを覚えていた。
(ああ、そうか……俺はあの時の事、未だに後悔してたのか……)
『史郎くんとけっこんするぅ~』
幼い頃霧島と交わした約束、それと幼馴染と言う関係に俺は胡坐をかいていたような気がする。
『私、好きな人ができたからもう近づかないでね』
唐突にそう言われて俺は面食らっていたけれど、それは逆に言えば霧島の内なる変化に全く気付けていなかった証拠でもある。
(あの時、俺は霧島との関係に満足して発展させようとしなかった……それどころか好きだって気持ちの告白すらしてなかった……だからあそこまで致命的に関係がこじれてしまったんじゃないのか?)
変な話、仮に霧島が俺のことを恋愛対象だと思えなかったとしても予め俺が告白してはっきりと振られていれば……もっと俺たちの関係はマシな形に落ち着いていたのではないか。
もちろんそれで霧島の男遊びからひいては霧島家の崩壊まで防げたとは思わないが、それでも何かが変わっていたかもしれない。
少なくとも俺個人の精神状況はもっとマシになっていただろうし、そうなれば亮だって俺を必要以上に気遣うこともなく……直美の父親に余計なちょっかいを出すこともなく負い目を感じることも無かったかもしれないのだ。
それを今更ながらに自覚した俺は、だからこそもう二度と同じミスは犯すまいと……直美にそんな不幸な行き違いまで体験させたくないと思ってしまうのだ。
「だから俺の分だけでも持っていって、ちゃんと頑張ってるんだって伝えておくよ……直美ちゃんがどう感じるかまではわからないけど、誤解だけは生まないようにね……」
「……本当に史郎は凄いよね……あんな酷いことした私に仕返しするどころかこんな……直美のためかもしれないけど、私凄く申し訳なくて……凄く感謝してる……今更だけど……いう権利なんかないけど……ごめんね史郎……そしてありがとう……」
俺の言葉を聞いて霧島は涙で瞳を潤ませながらもこちらの顔をまっすぐ見つめて……微笑みながら謝罪と感謝を告げるのだった。
「いいよ、過ぎた話だ……ただまた同じことを繰り返すようなら……直美の気持ちを裏切ったりしたら、その時は容赦しないけどな……」
「わかってる……もう絶対にそんなことしない……私なんかを相手にしてくれてるあの子のためにも……信じてくれてる史郎のためにも……」




