史郎と亮とオタク少女な直美ちゃん㉜
「しろぉおじさぁんっ!! 直美待ってるから早く来てよぉ~っ!!」
既に配信を止めているためにか、窓の向こうからどこか退屈そうに呼びかけてくる直美。
何でもお友達二人は今日のところはやることがあるそうで、早い段階で通信を切ってしまったのだ。
おかげでまだ亮とゲーム自体はしているが、どうしてもテンションが上がらないようで、配信も止めてた上でこうして俺を求めているのだろう。
(多分あの子達は直美ちゃんを寂しがらせないために無理して俺が帰ってくるまで付き合ってくれてたんだろうなぁ……本当に良い子達だ……感謝しかないよ……)
そんな直美の友人二人にこれ以上迷惑をかけないためにも、ここからは俺が支えなければいけない。
「はいはい、今着替えたら行くからね……ちょっとだけ待っててねぇ……」
だから直美に頷きかけつつも、とりあえず着替えだけは済ませようと一旦窓とカーテンを閉めた。
「えー……窓を開けたままでいいじゃぁん……直美にしょーらいの旦那様の無修正生着替えシーン見せてよぉ~……」
「……はぁ」
窓の外からそんな声が聞こえてくるが、あえて無視して俺はパパっと着替えを終わらせようとする。
「はは……モテモテだなぁ史郎は……いいのかぁ、未来の可愛い奥さんのお願い無視して?」
「お前なぁ……何度も言うが直美ちゃんは娘みたいなもんだってぇの……そう言う目で見たりはしねぇって……」
「ふぅん……じゃあ、お前……ん?」
『ピリリリリっ!!』
「済まん、電話……ってアレ?」
何かを言いかけた亮だったが、それを遮るように俺の携帯が鳴りびひいた。
しかし何か着信音が変で首を傾げながら取り出すと、画面には直美のお友達二人の名前と共にグループ通話という文字が表示されていた
(何であの二人が……って直美ちゃんに内緒で伝えたいことがあるからに決まってるよなぁ……)
もちろん取らない理由が無くて、俺は窓から離れたところでスピーカーモードで通話を開始した。
『もしもぉ~し、おじさんさん達聞こえてるぅ~?』
「聞こえてるよ陽花ちゃん……直美ちゃんの事かな?」
『ああ、少しだけ伝えておきたいことがあってな……後はそうだな、早速動いてくれたお礼というべきか……』
『……どういうこと美瑠ちゃん?』
全く何を言いたいのか良く分からないが、二人の口ぶりからして深刻な内容ではなさそうだった。
その点だけは安堵しつつも、一体何を言われるのかと身構えながら変事を待つ俺。
『それはだね……今日の直美はいつもと違って少し……いやかなり元気だったのだよ……』
『そぉそ~っ!! やっぱりあんまり笑ってはいなかったけど、直美ちゃんここの所は学校では口数少なかったのに今日はずぅっと喋りっぱなしだったんだよぉ~』
「そ、そうなのっ!?」
しかし聞こえてきたのはむしろ良い報告であり、俺は逆に驚いてしまった。
『うむ……尤も殆どが愚痴であったがな……それも自らの母親に対して酷すぎるダメ出しだったが……』
『すっごい不味い料理食べさせられたとかぁ、自分の方がもっとおいしいの造れるだとかぁ、あんなのしか作れない奴は母親失格だとかぁ……私は史郎おじさんに育てられてよかったぁだとかそんなのばっかりだけどねぇ……』
「そう言えばあいつ直美ちゃんに料理作ったんだってな……結局あれ食べてあげたのか直美ちゃん……受け取るわけねぇと思ってたけど……」
「ああ、そうなんだよ……霧島が自主的に作ってあげて、それを直美ちゃんは口では勿体ないとか理由を付けて受け取って……不味い不味いって文句を付けながら全部食べてて……そっか、直美ちゃんそんなに気にして……」
やはり霧島の手料理は直美にとっては重大な変化をもたらしたようだ。
尤もやはり聞こえてくるのは酷評ばかりだが、それでも霧島について語る直美の姿はこの二人からして元気だったと称するように見えていたようだ。
(複雑な心境で素直になれないっていう理由も大きいんだろうけど……実際に不味かったってのもあるんだろうけど……やっぱり直美ちゃんは初めて食べる母親の手料理に喜びも感じてたんだろうなぁ……)
本当にどうでも良かったり嫌だったりしたら、こんなに長く引きずるはずがない。
むしろ改善してほしいからこそ不満点をタラタラ上げているような気すらする。
『そうだよぉ、ほんっとぉに凄かったんだからぁ……だけど学校で……というか人目のある所であんな風に自分からいっぱい喋る直美ちゃん久しぶりに見たよぉ~』
『全くだ……恐らくおじ様が何かしてくださったのだろう……私達ではどうにもならなかったというのに流石だな……その調子で直美を支えてやってくれ……』
「い、いや俺は別にそんな……」
二人は俺が何かしたからだと思い込んでいるようで称賛してくれるが、本当に何かしたつもりは全くなかった。
確かにこの場から離れようとしている霧島に残って直美と向き合うようには告げたが、実際に行動へと移したのは霧島本人の意思なのだから。
「……まあ直美ちゃんが喜んでるならいいけど……あんまり霧島は信用しないほうが……俺との約束もあっさり破ったぐらいだし……」
「亮……」
そんな二人に対して霧島が絡んでいることに複雑そうな声を洩らす亮。
恐らくここで言っている約束とは霧島を助け出す際にしたという、最初に謝罪してちゃんとした親をやるという話なのだろう。
(さっき霧島も言ってたもんなぁ……戻ってきた当初はまだ直美ちゃんの事……まして亮は直美ちゃんのあの寝言も、現状の霧島の内情も聞いてない……そりゃあ警戒するよなぁ……)
『あはは、私達もしょーじきゴリラおじさんの意見にさんせーだったんだけどねぇ……』
『史郎おじ様とゲーム以外の内容をあれほど夢中で語る直美など初めて見たからな……』
「……まあその辺りのことはそれこそ俺に任せてくれ……もしも悪影響が出てたらその時点で距離を取らせるから……」
はっきりとそう告げる俺だが、それは逆に言えば何かあるまでは見守っていようという意味でもあった。
その方がきっと直美と霧島、双方の為になると信じて。
「……一応聞いておくけど……史郎、それは直美ちゃんの為になるから……だよな?」
「当たり前だろ……他にどんな理由があるっていうんだ?」
「いや……別に……それならいいんだが……」
「亮?」
何やら歯切れの悪い亮に首をかしげるが、それ以上亮が何を言うことも無かった。
「そ、それより史郎……そろそろ直美ちゃんのところ行かな……あぁっ!? お、俺の陣地が大将軍にぃっ!?」
『まだやってるんだぁ……まあいいや、私も忙しいからそろそろ切るねぇ~……おじさんさぁん、直美ちゃんの事くれぐれもよろしくねぇ~』
『うむ、私もそろそろ切るが直美のことはよろしく頼むぞ?』
「あ、ああ……そうだね……今日もありがとう……これからも直美ちゃんと仲良くしてあげてね……」
『無論だ』
『言われるまでも無いよぉ~だっ!!』
俺の言葉に自信満々に言い切った二人……それを最後に通話は切られるのだった。
「直美ちゃんは友達に恵まれたよなぁ……亮もそう思……」
「だぁあああっ!! ちょっ!? ちょっと待てぇええっ!! お、俺の労働者返せぇええっ!!」
俺の言葉を無視してPC画面に向かって叫ぶ亮……どうやら直美と同じゲームを再度プレイしていたらしい。
もちろん通話しながら何ていう生温いことをしていた亮の陣営はすでにボロボロになっているのだった。
(やれやれ……直美ちゃんに比べて困った親友だよ……だけど本当にありがたいけどな……直美ちゃんがまともになったら、今度はお前が幸せになれるよう協力するからな……)




