史郎と亮とオタク少女な直美ちゃん㉛
「よっしゃぁっ!! アレクサンドリア図書館げっとぉおおっ!! これで俺は一足先に太古から古典の時代入りっ!! もうウホウホ言ってる原始人共とはおさらばだぜぇっ!!」
「あぁああっ!! 雷神ゴリラトォルのくせにぃいっ!! だけどその間に直美はアルテミス神殿を手に入れちゃったもんねぇえっ!!」
『やれやれ、困ったものだな……まあ将来に向けた偉人ラッシュへの先行投資としてここはストーンヘンジで我慢しておくとするか……』
『いっけぇ破城槌ぃっ!! 未開文明共を蹴散らしちゃえええっ!!』
自分の部屋に戻ったところで四人の大騒ぎしている大声が聞こえて来た。
どうやら今日も直美はお友達と配信プレイに興じているようだ。
しかし本日やっているのはテレビに繋いでやる一般的なゲーム機のそれではなく、ゲーム配信プラットフォームを利用したPCゲームだった。
(普通に手を出すハードル高いと思うんだけどなぁ……やってる直美ちゃんも直美ちゃんだけど、ひょっとしてこれに付いてこれてるあの二人も重度のオタクなのでは?)
そんな疑問が思い浮んでしまい、オタクだった自分を差し置いて彼女達の青春が少しばかり心配になってしまう。
尤も実際のところは直美を気遣って付き合ってくれているだけなのだろうけれど……それでもこの盛り上がりを見ると、本人たちもノリノリでゲームにはまっているように見えてしまう。
『ブルンブルーンっ!! この時代の車は強いぞぉっ!! えぇいっ!! 前のお返しぃっ!! ゴリラおじさんの都市を押しつぶしちゃぇえっ!!』
「ちょぉおおっ!! こ、こっち来るなぁっ!! あ、あっちの都市国家狙えよぉっ!! 畜生っ!! アポロ神殿を諦めて戦士を量産するしかねぇっ!!」
『破城槌は車ではないのだが……まあ丁度いい、向こうが争っている隙にこちらは領内を発展させておくとするかな』
「あぅぅ……け、けっこぉ近いところでドンパチやってくれちゃってぇ……対策しとかないと不味いかなぁこれぇ……おのれヨッカ……あっ!? お帰りレインフォースさぁんっ!!」
「ただいまみんな……今日も盛り上がってるみたいだねぇ……うわ、同時進行モードなのこれ?」
そこでようやく自分の部屋にいる直美が窓越しに俺へと気付いたが、手を振る暇も惜しいとばかりに声だけかけてくる。
(ターン制の戦略シミュレーションゲームなのに、わざわざ全員が同時にターン進行するモードでやってやがる……やっぱりこの子達重度のゲームオタクだよ、間違いないってこれ……)
「おおっ!! し、しろ……じゃなくてレインフォース良いところにっ!! お前も入って俺と同盟組んでくれっ!! というかこの子止めるの手伝っ……あぁああああっ!?」
『あはははははっ!! ゴリラさんさんの首都、粉砕っ!! このままナァミちゃんの首都に進軍だぁっ!!』
「ちょぉっ!? な、何してんのトォルおじさぁんっ!? 何で止めてくれなかったのぉっ!!」
『やれやれ……パンゲア大陸でやってたのが仇となったか……陸繋がりだからな、こうなれば私も協力するしかあるまい……』
『無駄無駄ぁっ!! ヨッカのブルンブルンマシンが皆の都市を粉砕玉砕大喝采して世界統一まったなしだもんっ!!』
内政を投げ捨てて全力で兵器を生産し続ける陽花のプレイが、どうやらもろに突き刺さったようだ。
戦争に次ぐ戦争で国内は不満タラタラで下手したら内乱すら起こりかねない状態だが、その前に全ての国を統一してゲームクリアに持ち込むつもりなのだろう。
(多分偶然見つけた古代遺跡マスでのパワーアップイベントが全て上手いように働いたんだろうなぁ……これはもう詰んだかなぁ……)
「あぁぁぁ……お、俺が最初に脱落ぅ……こ、こんなに早く無様にゲームで負けるなんてぇ……な、何が悪かったんだ……」
「諦めろ……調子に乗って戦士ユニットを斥候に出してたお前が悪い……見ろ、ナァミちゃんもミィルちゃんも近くに居た戦士で必死に耐えて弓兵を作って対抗してるじゃないか……」
「ぐぅぅ……ひ、久しぶりだったからソロプレイの癖がぁぁ……うぅ……はぁ……俺も鈍ったもんだなぁ……」
「仕方ねぇって、俺たちもう大人なんだから……あの子達みたいにゲームに熱中する時間は取れないって……」
ヘッドセットを外しながらぼやく亮に、俺は内心で同意しながらそう声をかけた。
(俺も多分一緒にやってたら同じようにやられてたかもなぁ……最近直美ちゃんの付き合い以外じゃ全然ゲームやってないもんなぁ……)
課長に出世してからは仕事が忙しくなった上に、両親が実家に帰ってからは家事全般をやらなければいけなくなり、それらに時間を取られてゲームどころではなかった。
それでも毎日がそこそこ楽しく充実しているように感じられていたのだから不思議なものだ。
(学生時代の俺が見たら信じられないって言いそうだよなぁ……だけど俺には直美ちゃんが居てくれたから……直美ちゃんが笑ってくれるだけで幸せを感じられたんだよ……)
恐らくは子供を持った親のような心境に成っていたのだろう……そして多分、それは亮も同じだったのだろう。
(もしも直美ちゃんが居なかったら俺はどんな生活を送ってたんだろう……仕事と家を行き来するばかりの毎日で精神的に参ってたかもなぁ……)
最初こそ直美の面倒を見て彼女を助けていた俺達だが、今ではその可愛さ愛おしさに癒されて助けられているのは俺達の方だった。
だからこそ俺たちは、そんな幸せで満ち足りた気持ちにしてくれている直美が大切で仕方がないのだ。
「だけど負けるのは悔しいってぇ……はぁ……せっかくニートなんだし、この時間を活かして腕を磨き直そうかねぇ……」
「おいおい、そんな暇あったら仕事探せっての……ほら資料……何か知らねぇけど後輩の子がお前にってさ……」
「うぉっ!? こ、こんなにっ!? ちょっと軽く相談しただけなのに……本当に真面目で健気ないい子だなぁあの子……」
「そんなことしてたのか……というか連絡取り合ってたんだな……意外というかなんというか……」
資料の束を受け取った亮は軽く目を白黒させたかと思うと、どこか感心したように呟いた。
その内容からあの子と連絡を取り合っていると知った俺は内心驚いてしまう。
(あの亮が異性と連絡を取り合ってるなんて……俺と一緒で恋人いない歴=年齢だったのに……お、俺を置いていくのか亮よぉ……)
三十を超えた身として独身仲間が異性と縁を持っている事実に、何やら置いてきぼりを喰らったような寂しさを覚えそうになり……同時にちょっとだけ嬉しくなってしまう。
俺と友達になってから自分のことは二の次に俺や直美の幸せのために動き続けてきた亮には絶対に幸せになってほしいとずっと思っていたのだから。
「まあな……よっぽど初めて会った時の状況が気になってるみたいでなぁ……それでも節度を弁えて深く聞いてくることなく力に成れることはあったら協力したいって言ってくれて……本当に良い子だよなぁ、しかも結構可愛いし……それでつい毎回話が長引いちゃうんだけど……」
「……ちょっと待て、毎回って……そんなに頻繁に連絡取り合ってんのかお前ら?」
「あれ? 聞いてないのか? ああ、あれからほぼ毎日な……雨宮課長が頑張り過ぎだから気になるけど本人に聞くのは抵抗があるから亮さんにって……モテモテだなぁお前……ちょっと嫉妬しちゃいそうだったぜ」
「えぇ……いや、確かに忙しいけど……んん?」
どうやら亮の口ぶりからだとあの子は俺を意識して行動しているらしいが、どうも幾つか引っかかってしまう。
(確かに最近の俺は貯まった仕事を片付けるので忙しかったけど……前までのあの子はそういう時、直接俺に大丈夫かって聞きに来てたよなぁ……それに亮さん? あの子が異性を苗字じゃなくて名前で呼ぶのは珍しい……というか俺ですら……つぅか毎日自分から電話してるってことだよなそれ……?)
何やら俺の知っているあの子の姿とどうにもイメージが重ならなくて首を傾げる中で、亮は彼女から貰った資料を捲りながら何やら面白そうに微笑んでいた。
「……はは、あの子本当に有能なんだなぁ……俺のスキルに似合ってて、しかも好みの仕事が沢山……しかもユーモアのセンスもあるんだな……時々紛れ込んでる主夫業についてだとか入り婿がどうとか言う部分にわざとらしく印が付いてるぜ……そんな相手いないってぇの……心にしみるぜぇ……」
「……え……それって……えぇ……」
皮肉気に笑って見せている亮に対して、俺はちょっとだけ何か自分が取り返しのつかないことをしてしまったような気持ちを抱いてしまうのだった。
(ひょ、ひょっとして俺って会わせちゃいけない人間同士を合わせてしまったのでは……い、いやまさかそんな……はは……気のせい気のせい……)




