史郎と亮とオタク少女な直美ちゃん㉚
「あ……お、お帰り史郎……あ、あのお願いがあ……に、荷物持とうか?」
「……済まん、カバンを頼む」
家に帰り着くと何やら少しだけいい匂いがしたかと思うと、台所から霧島が顔を出して俺を迎えにやってきた。
そして何か頼みごとをしようとして……後輩の子に持たされた分厚く重い資料を抱えている俺を見て、慌てて手を貸そうと近づいてきた。
正直なところ無理なスケジュールで仕事をこなし疲れ切っている俺にはありがた過ぎる提案で、ついつい霧島の言葉に甘えてしまう。
(意地張っても仕方ないしな……それにマジで助かったし……しかし何でこんな重くなるほど資料かき集めてんだあの子?)
元々仕事でもそこそこ優秀でやる気もある子だったが、はっきり言って仕事でもここまで意欲的に活動したことはないのではないだろうか。
(マジでどうなってんだかなぁ……去り際の顔もなんか怪しく緩んでるみたいに見えたし……まさか亮に一目ぼれ……はは、俺と亮に限ってそんな風に女にモテることなんかあり得ねぇっての……あり得ないよね亮君?)
「ま、任せて……とと、意外と重いねぇ……」
「人の上に立つ立場になると色々となぁ……居間の適当なところに置いておいてくれ……俺はこれを亮に渡して……今日も来てるのか?」
「うん……嵐野君は今日も史郎の部屋でなお……あの子の相手をしてくれてる……」
「なら好都合だが……しかし何であいつは直美ちゃんの部屋に行かないんだか……」
亮の話題になると霧島は少しだけ寂しそうな顔を浮かべて、その声も悲し気に聞こえて来た。
前日の霧島や亮との会話からして、恐らく亮は霧島に余り良い態度を取っていないのだろうし、霧島は亮に申し訳なさを覚えていて少しだけ関係がギスギスしているのだろう。
(そんな二人が曲がりなりにも俺の家に……他人の家の中で少しの間とは言え二人きりでいるのは気まずいだろうに……それこそ直美ちゃんと遊ぶなら霧島家に行けばいいはずなんだが……)
そんな疑問がぽろっと口から洩れてしまうが、それを聞いた霧島は鞄を置いて俺の方へと戻ってくるとやはり申し訳なさそうに口を開いた。
「多分嵐野君は……私を監視してるんだと思う……もう二度と馬鹿なことしないように……また何もかも放り出して逃げ出したり……男遊びに走ったり……とにかくあの子に迷惑をかけるような真似をしないように……」
「……そうなのか?」
「うん……実際にここに来るとすぐ今日は何をしてたのか聞かれるし……携帯もチェックされて……まあ嵐野君が就職に必要だろうからってお金出してくれたものだから当然の権利だけど……」
霧島の意外な発言に驚くが、彼女は本当にこれぐらいされて当然だとばかりの態度だった。
(普通に考えればやり過ぎ……だけど実際に霧島は前に家庭崩壊するぐらい淫らな生活を送ってたし……もしもそれを再現されたら直美ちゃんは絶対に立ち直れないぐらいのダメージを受ける……だから連れて戻ってきた亮としては責任を感じて厳しくしてるんだろうけど……)
「あ……べ、別に気にしてないからね私……むしろあの子の事を思って厳しくしてくれてるって分かってるから……あの子を大切に想ってくれてて……ありがたいぐらいだから……」
「なぁ霧島、一つだけ……ひょっとしたら滅茶苦茶、酷い質問かもしれないが一つだけ聞かせてくれ……」
「……うん、何でも聞いてよ史郎……どんな質問でもいいから……こんな私を助けてくれてる史郎と嵐野君には正直に……誠実に向き合いたいから……」
霧島のしおらしい態度にとある疑問が浮かんだ俺が遠慮がちに尋ねるが、彼女は望むところだとばかりにまっすぐ俺を見つめ返してきた。
そんな霧島を俺もまたまっすぐ見つめ返しながら……ゆっくりと口を開く。
「……詳しい経緯はわからないがお前は一度直美ちゃんを捨てた……なのに今更になってそんな風に想えるほど直美ちゃんを……本当に可愛いと感じてるのか?」
「っ!!?」
果たして俺の言葉を受けて、霧島は流石にショックを受けた様に目を見開いた。
しかしすぐに頭を振ると、やはり俺をまっすぐ見つめ返してきた。
「……思ってる……信じてもらえないと思うけど……ううん、自分でも不思議なぐらいだから当たり前だけど……私、何でかなぁ……あの子の事、今になってすごく大切に想ってる……」
そう言って霧島は涙を浮かべながらも真剣な表情のまま、語り続けた。
「正直言ってね……酷い話だけど……私、家を飛び出して変な男に囲われてからずっと……史郎のことしか考えてなかった……何であんなに私のことを想ってくれてた素敵な人を裏切っちゃったんだろうって……ふふ、都合のいい話だよね……だけど本当にそればっかり考えてて……だけどあの優しい史郎ならいつか私を助けに来てくれるって……それしか頭に無くて……他の事考える余裕がなかったってのもあるけど……だからあの子の事なんか……嵐野君に言われるまで忘れてた……」
「っ!?」
あんまりな発言に少しだけ衝撃を受けるが、霧島はそんな俺を見ても目を逸らそうとしなかった。
本当に正直に……誠実に向き合おうとしているかのように。
「だけど……だけどね、実際に会って声を聞いて……何ていうんだろう……私、あの子が生まれた時もどこか面倒だって母親に押し付けてばかりで全然真っ直ぐ見てあげたことなくて……本当に最低な母親だけど……だからかなぁ、あの子をまっすぐ見たの初めてだったのかもしれないけど……そしたらあの子、凄く私そっくりだった……そしたらストンって自分の娘だって受け入れられて……凄く胸が温かくなって……そ、そんなあの子に拒絶されたら自分でも訳が分からないぐらいショックだったの……」
「……」
霧島の言葉を聞きながら俺は再会した時の様子を思い返した。
真っ先に俺と傍にいた後輩の子との関係に食って掛かった霧島……しかし直美とは距離を測りかねていて……しかも直美に泣きさけばれたら衝撃を受けたように固まってしまっていた霧島。
その態度はまさに今、霧島が語った心境ならば納得のいく反応でもあった。
「だ、だから少しでも仲良くなりたくて……せ、せめて笑顔を見てみたいなって……わ、私あの子が笑ってるところちゃんと見たことないから……だけどあの子は私を嫌ってて……それも周りの環境を知れば……ううん、それ以前にちょっと考えたらわかることで……私はあの子を泣かせることしかできないんだって思ったら凄く胸が苦しくて……そ、それなのに……あの子は……私を憎んでてもおかしくないのに……ちょ、ちょっと私が歩み寄ろうとしたらあんな健気に……っ」
そう言って霧島は食卓の中心に、綺麗に磨き上げられたお皿とお鍋へと視線を移した。
それは間違いなく、今朝俺が持ってきた……霧島の手料理が入っていたお鍋と直美の手料理が乗っていたお皿だった。
「あ、あの子の事……知れば知るほど愛おしくなって……い、今じゃあんなに考えてたはずの史郎よりあの子の方が気になってて……ど、どうしてもっと早くからちゃんと見ててあげなかったんだろうって凄く後悔してる……もっと真っ当な親として生んで育ててあげてればって……」
「霧島……」
「も、もしあの子が生まれた時からちゃんとまっすぐその顔を見て抱き上げてあげてたら……もっと早くから関心を持ってあげれてたら男遊びよりあの子に夢中になれたかもしれないのに……ちゃんとしたお母さんに成れてたかもしれないのに……ほ、本当に馬鹿だよ私……」
あり得たかもしれない現実を夢想しながら、霧島は本気で悔やんでいるかのように涙を零し続けた。
「そうか……」
「うん……だ、だから嵐野君が少し厳しいぐらい私を監視してくれても本当にありがたいぐらい……わ、私怠け者だしすぐ簡単な方に逃げちゃうから……だけどもう二度とあの子を失望させたくないの……だから、史郎……もう少しだけ私をここに置いておいてください……仮に働くところが見つかっても全部そのお金渡すから……せめてあの子が私を拒絶するまでは傍で見ていたいの……少しでも……お母さんしてあげたいの……我儘ばっかりだけど……戻って来て早々また迷惑ばっかりかけてるけど……お願い史郎……」
深々と頭を下げて俺に頼みごとをする霧島。
「……確かにお前は、前も俺に頼りっぱなしで迷惑かけっぱなしだったよなぁ」
「うん……本当に成長してなくてイヤになるけど……だけど私、史郎にしか……本当に困った時はやっぱり史郎にしか頼れないから……」
「いや、少しは成長してるんじゃないか……少なくともあの頃のお前なら……誰かのために頭を下げたりしなかったからな……」
「え……?」
そう言いながら俺は霧島の頭を……かつて幼馴染だった頃のように撫でてやるのだった。
「わかったよ……お前の言う通り直美ちゃんが拒絶するまでだけど……それまでなら、幾らでも面倒見てやるよ……」
「あ……ありがとう史郎っ!! 本当にありがとう……そしてごめんなさい……私、あんな真似しといて……本当ならこんなこと言える権利すらないのに……」
「いいよ今更……それにお前のためじゃなくて直美ちゃんのためだ……だけど亮じゃないが、例えどんな理由があろうともう二度とあんな真似するなよ? 確実に直美ちゃんは傷付くだろうからな……その時は俺も全力でお前を排除するからな?」
「う、うん……それでいいよ……また自分可愛さであの子の事を見捨てるような真似するようなら……多分その時はそんな馬鹿で進歩の無い自分を私自身も許せないだろうから……史郎の目で私がまた駄目になりそうなら遠慮なく……叩きのめして……」
やはり俺をまっすぐ見つめ返しながらはっきりと宣言した霧島……その目に嘘が混ざっているようには見えなかった。
(……ここまで直美ちゃんの為に変わろうとしてるんだ……俺も少しは信じてやらないとな……)
「……あ、後さ史郎……わ、私からもその……し、史郎からしたら酷いかもしれないけど……最低な提案してもいい?」
「あ? 最低な提案なら勘弁してほしいが……一応聞いてやるから行ってみろ?」
「う、うん……わ、私さ……変な風俗店で働かされてたせいでもう男遊びどころかそう言う行為自体もうコリゴリなんだけど……そ、その経験だけは詰んでるから色々としてあげれて……びょ、病気とかもちゃんと検査してたし……だ、だからその……し、史郎が望むならな、何でもして……わ、私身体ぐらいしかお返しできないから……も、もしもそう言う欲求とかあったら遠慮なく……あうっ!?」
「……そう言う身体の安売りは止めろ……そんなの無くてもちゃんと面倒見てやるから……間違っても直美を養うためとか言う名目でも身体を打って稼ぐような真似はするなよ?」
「わ、分かってるよ……ただせっかくの機会だから言っておいた方が……その……わ、私とかあの子が近くにいるから史郎はお、オナ……自己処理とかもしずらいだろうし……だ、だけど私の前では遠慮しなくてもいいし何なら道具代わりに利用してくれても……あぅぅっ!?」




