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史郎と亮とオタク少女な直美ちゃん㉘

「じゃあ行ってくるね史郎おじさん……」

「行ってらっしゃい……」


 朝を迎えた直美はいつも通り迎え位に来てくれた陽花と美瑠の元へ小走りに近づき、俺へと手を振って見せた。

 そしてチラリと隣の家を睨みつけて……そのまま二人と共に学校へ向かい始めた。


「大丈夫か直美……少し瞳が赤いようだが何かあったのか?」

「陽花達に出来ることあったら言ってよ……」

「あ、ありがとう二人とも……でも何でもないから……ほ、ほら急ご?」


 その際に二人から心配そうな声を掛けられた直美だが、すぐに微笑み返すと二人の手を取って走って行った。

 そんな三人の姿が見えなくなるまで見送ったところで、俺もまた会社へ行く支度をするべく自分の家へと戻る。


「あ……お、お帰り史郎……きょ、今日は朝ごはんは……」

「もう隣で食べてきたからいいよ……それよりこれ置いとくぞ?」

「え……あ……っ」


 やはり居間で小さくなっていた霧島が俺に気付くなり、さっと駆け寄ってきて尋ねて来る。

 しかし俺は首を横に振って見せながら、持ってきた鍋を霧島に手渡した。

 それは昨日霧島が持ってきたカレーが入っていたお鍋だが、蓋を開けて中を覗き込んだ霧島はおどろいたような声を上げる。


 何故ならそこに入っていたはずのカレーは綺麗に空っぽになっていて、代わりに目玉焼きとカリカリに焼いたベーコンが乗っているお皿が置かれていたからだ。


(まさか直美ちゃんがあんなにムキになって食べきるとは思わなかった……しかも朝になったら美味しい朝食を食べたいって言って自分で三人分も作り上げるなんてなぁ……)


 尤も本人はあくまでも大目に作ってしまって余ってしまっただけだと言っていたけれど……カレーを食べ終えて綺麗にした鍋を渡しながら残ったそれの処分を任せてくる辺り、恐らくこうしてほしいと思って作ったのだろう。


「こ、これ……し、史郎が……?」

「いや、どっちも直美ちゃんだよ……中に入ってたカレーの殆どを食べたのも、これを作ったのも……だからちゃんと片付けておけよ」

「えっ!? そ、それってっ!?」


 俺の言葉を聞いて霧島は信じられないとばかりに目を見開きながら、どこか感極まったような声を洩らした。

 

「俺は食べてきたから……じゃあ会社行く支度するから……」

「あ……わ、わかったけど一つだけ聞いていい? あ、あの子……な、なんて……何か言って……その……」


 オドオドしながらもそれでも何かを期待するように俺を見つめて訪ねて来る霧島。

 そんな彼女に俺は直美が漏らしていた言葉を一字一句違わぬように伝えようと口を開いた。


「『最低……不味すぎ……私の方がもっと上手に作れる……こんな不味い手料理ならいらない……』ってさ……」

「っ!!?」

「確かに俺も食べてみてそこまで美味しいとは思えなかった……だけど普通に食べることはできたし、流石に言い過ぎだとは思うけど……」

「……っ」


 それを聞いた途端に霧島は、またビクリと身体を震わせたかと思うと顔色を一転させて青ざめた様子で俯いてしまう。

 一応俺個人の感想も伝えてフォローはしてみたが、それでも霧島は足をガクガクと震わせながら何度もその場に崩れ落ちそうになるが……それでも手の中にある直美の料理だけは手放そうとしなかった。

 そしてフラフラと食卓まで移動した霧島はそのお皿を乗せると、ベーコンを一枚摘まんで口に運んだ。


「……うん……おいしい……ふふ……そうだよね……今までずっとぐうたらしてた私なんかが料理を作って……あの子より上手く作れるわけないよね……あぁ……うぅ……な、何やってたんだろ私……す、少しでも歩み寄ろうって……何であんな不味いもの食べさせて……馬鹿だ私……本当に馬鹿だ……」


 改めて直美の料理を味わいつつ自分の情けなさを自覚したらしい霧島は、ついに涙を零しながら机に突っ伏しそうになる。


「霧島……落ち着け……確かにあの料理は問題があったかもしれないが、お前の行動自体は間違ってない……それは直美ちゃんも分かってるはずだ……」

「うぅ……だ、だけど私……あの子にあんなもの食べさせて……ぎゃ、逆に嫌われて……こ、こんな事なら余計なことしなきゃ……あの子にそんなこと言わせちゃうなんて……どうして私、あの子を苦しめてばかり……」

「それは違うと思う……直美ちゃんが言った言葉を良く思い返してみろ霧島……」

「……っ?」


 優しく語りかけた俺に霧島は涙を流しながらこちらへと顔を向けてきた。


「直美ちゃんはもう二度と食べたくないだとか、持ってくるなだとか……こんな料理はいらないなんて言ってない……あくまでも『こんなまずい料理ならいらない』って言ったんだ……」

「……そ、それ……な、何が違うの……?」

「……実際に鍋を見て見ろ……もしも直美ちゃんが本気でお前の差し入れを嫌がってたらこんな風に全部平らげると思うか?」

「っ!?」


 俺の言葉を聞いた霧島は弾かれたように綺麗に平らげられた後の鍋を覗き込む。


「あくまでも推測だけど……多分直美ちゃんはお前にもっと美味しい手料理を作れって……作って来いって言いたいんだと思う……」

「あっ!? で、でもそれ……ほ、本当なの史郎っ!?」

「断言はできないけどな恐らくな……」


 そう答えながらも俺は霧島へのお返しとばかりに料理を作って見せていることからも、間違いないだろうと確信していた。


(そうさ……そもそも朝だって昨日までは俺から離れるのを嫌がって甘えてたのに、今日は自主的に起き上がり料理を作って見せるぐらい……ある意味で活力にあふれてた……それは昨日の霧島の手料理を食べて何か感じることがあったからのはずだ……)


 他にいつもと違うことは何もしていないのだから、直美の変化の原因は霧島の料理にあるとしか思えなかった。

 だからこそ自信をもって頷いて見せると、霧島は再び目を見開き……盛大に息を吐きながら涙をぬぐい、微笑み始めた。


「そ、そっか……そうなんだ……あの子私の料理……私なんかの手料理を……楽しみにしてくれてるんだ……」

「楽しみかどうかはわからないけどな……それでもお前の料理は……直美ちゃんにとって初めて食べる母親からの手料理だったんだ……ずっと食べられなかったそんな特別な料理なんだよ……」

「……そうだよね……私、全然あの子の面倒見てあげなかったから……全部お母さんに丸投げで……あの子に何もしてあげないで……母親失格どころじゃないよね……本当なら無視されて……ううん、もっと直接的になじられて暴力振るわれても仕方ないのに……それでもあの子は……」


 そう呟きながら霧島は実の娘が自分の為に作ってくれたであろう料理を見て……椅子に座るとゆっくりとそれを食べ始めた。

 おかずだけの料理をご飯抜きで……まるでそこに籠っている娘の感情を読み取ろうとするかのように一口一口味わいながら食べ続けるのだった。


「むぐむぐ……んく……はぁ……あの子の料理、凄く美味しいね……私こんな美味しいの食べたの初めてかも……」

「はは……確かに上手には出来てるけど、流石に大げさじゃないか?」

「ううん、間違いない……世界一だよ……私もこれ以上の料理をあの子に食べさせてあげなきゃ……ううん、食べてもらいたい……ねぇ史郎、今晩もまた……持って行って良いかな?」

「直美ちゃんが何て言うか次第だけどな……嫌がったら断るけどもしそれで余ったら俺が弁当にしてでも食べてやるよ……料理だけじゃない、他のこともそうだ……出来る限り俺がフォローしてやるからお前はお前なりの方法で直美ちゃんとの距離を縮められるよう努力して見ろ……もしかしたら無駄だったり直美ちゃんに酷い言葉を掛けられるかもしれないけど……それでも本気で拒絶されるまでは諦めずに頑張れ」

「うん……頑張る……あの子にこれ以上失望されないように……そしてありがとう史郎、いつもいつだって……こんな私を見捨てずにいてくれて……そんな史郎に私……ううん、何でもない……お仕事遅刻しちゃうよ……準備手伝う?」

「いや、大丈夫だ……それよりお前はお前で頑張れ……やることも多いだろうけど時間をかけていいからゆっくりと焦らず、な?」

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― 新着の感想 ―
[一言] おお、小さな一歩だけれど、大きな一歩だったか。 やっぱり、母の手料理は初めてだったのね。
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