史郎と亮とオタク少女な直美ちゃん㉗
「……っ」
「な、直美ちゃん……大丈夫?」
急な霧島の来訪に驚く俺の傍で、直美は何やら口元を噤み湧き出す感情をかみ殺そうとしているかのように顔を歪めて見せた。
そんな直美を気遣って一度窓から頭を引っ込めると優しく声をかけてあげる。
しかし直美はうつむいたかと思うと、俺の身体に頭をグリグリと押し付けてくるばかりだった。
「し、史郎……や、やっぱり邪魔しちゃった……かな? ご、ごめんね余計なことして……い、いらないなら持って帰るから……」
俺の顔が見えなくなったことで霧島が自らの行いが浅はかであったと思ったのか、オドオドと声で謝罪を口にし始める。
(この様子だと悪気があったりしたわけじゃないんだよな……多分、霧島なりに少しでも直美との距離を縮めようとして……)
そこでふと先ほど帰ったばかりの亮が、俺の部屋から出て家の外に出るまで少しばかり時間が掛っていたことを思い出す。
恐らくは居間を通りがかったところで霧島に呼び止められて……直美が夕食どうするかとか、今なら食事を持って行っても俺たちの邪魔にならないかとか聞かれたりしていたのだろう。
(霧島の気持ちはわからなくもないが……だけど直美ちゃんが苦しんでるようじゃ……悪いけど持って帰ってもらうしかないな……)
「……悪いけど霧島、俺たちはこっちで食事……っ!?」
「ぁ……っ」
だから霧島の提案を断ろうと口を開いたところで、何故か直美が俺の服を一掃強く引っ張った。
反射的に其方へと顔を戻すと、どうやら直美自身も意識していない衝動的な行動だったようで俺を見上げながらもどこか呆気にとられたような顔をしていた。
「そ、そっかぁ……う、うん分かった……ご、ごめんね邪魔して……じゃ、じゃあ私戻……」
「ちょ、ちょっと待ってくれっ!! 直美ちゃん……どうする?」
「……」
俺の問いかけに直美はまたびくりと身体を震わせると、俺に抱き着きその顔を俺の身体に押し付けてくる。
そしてそのまま……どんな顔をしているのかもわからない状態で、服に口を押し付けたままくぐもったような声を発した。
「……時間もお金も無駄になっちゃうから……」
「え?」
「……史郎おじさんの家の食材勿体ない……ご飯作る時間も勿体ない……だから……」
あえてぼかしたような表現をする直美……それがどんな気持ちで発せられているのか顔も隠されて声もぼかされているこの状況でははっきりとは分からなかった。
ただ直美も直美なりに頑張っているのだと……霧島の行動を全否定しているわけではないと分かり、それだけで俺は少しだけほっとしてしまった。
(直美ちゃん……俺達に甘えてばかりだと思ってたけど、自分なりに問題と向き合って……少しずつ立ち直ろうと努力してるってことだよな……本当に、良い子だ……)
そんな直美が一層愛おしく思えて、その頭をいつぞやの様に優しく撫でてあげながら俺は直美の意志を代弁するように外へ向かって声を張り上げる。
「霧島……せっかくの料理……いや食材を無駄にしたくないし、今から食事を作るのも面倒だから……二人で頂くよ……いいか?」
「えっ!? あっ!! う、うんっ!! お、お願いしますっ!!」
俺の言葉を聞いてどう思ったのか、霧島は一瞬驚いたような声を洩らしたかと思うと少し涙声で叫び返してきた。
「じゃ、じゃあ玄関の外に置いておくからっ!! す、好きなだけ食べてねっ!!」
「ああ、頂くよ……取りにいこっか直美ちゃん?」
「……うん」
そして霧島は直美を気遣ってか、顔を合わせないよう玄関先に鍋を置くとすぐに俺の家の中へと戻っていったようだ。
それを音で確認したところで俺は直美とくっ付いたまま、ゆっくりと部屋を出て玄関先へと向かった。
果たしてドアを開けたすぐのところに蓋で閉じられた大きめの鍋があり、早速手に持って中に戻ると中身を確認して見た。
「……カレーだな、だけどこれ……」
「…………最悪」
蓋を開けた途端にカレーと思わしき料理の匂いが広がるが、そこでチラリと鍋の中を見た直美がぼそりとそう呟いた。
(流石に最悪は言い過ぎ……だけど具がなぁ……香りもなんか弱いしなぁ……)
中に入っている具材はどれもこれも不器用に切り刻まれていて、小さすぎたり大きすぎたり……中には皮らしきものが残っているようにも見えた。
また全体的に水っぽいようにも見えて、本来感じるべき美味しそうな匂いもまたどこか薄いように感じられた。
(考えて見れば俺と一緒にいたころから、あいつ料理どころか包丁すらろくに握ってすらいなかったもんなぁ……だからたまに俺の家に来ても俺が料理を作ってあげてばっかりで……そりゃあ下手糞なわけだよ)
尤も市販のカレールーで煮込まれているであろうし、それならば触感はともかく味の方は食べれないほどは酷くないだろう。
それでも直美にこれを食べさせるべきかは迷ってしまう。
(あんまり変なのを食べさせたくないって気持ちもあるけど……仮にも霧島なりに直美ちゃんへ歩み寄ろうとしている行動のはずだからなぁ、下手に不味いもの食べさせたら逆効果になりかねないし……だけどなぁ……)
「……どうする直美ちゃん?」
「……嫌だけど……炊飯器に残ってるご飯食べちゃいたいから……」
「そっか……じゃあ支度していただこうか?」
「……ん」
俺の問いかけにまた食べたほうがいいという別の理由を口にする直美。
恐らく霧島への複雑な想いからして素直に頂くという気にはなれなくて、それでも母親の手料理を食べてみたいという気持ちが内心捨てきれずこんな言い方をしているのだろう。
もしくは優しすぎるから霧島の気持ちを思い図って……一応は善意で用意してくれたであろうモノを粗末に扱うわけにはいかないと思い、食べるべき理由をでっちあげているのかもしれない。
どちらにしても直美本人が霧島の作った料理を食べるつもりでいる以上は止めるべきではないだろう。
「直美ちゃん、カレーどれぐらいかける?」
「……少しでいい」
「了解……じゃあ食べようか?」
ご飯を装ったお皿を直美の前に並べ、そこへお鍋に入っているカレーをご飯の四分の一ほど掛けてあげる。
そして俺の方は半分ほどを埋めてから、改めて二人で並んで食卓の椅子に座り手を合わせた。
「いただきます……もぐ……んぅ……んんぅ……」
「いただきます……はむ…………うぇ……不味……」
果たして霧島の作ったカレーは見た目通り全体的に水っぽく、殆ど味がしない代物だった。
おまけに乱雑に切られた具材が口の中でゴロゴロして噛みきり悪くて……美味しいとはお世辞にも言えないものに仕上がっていた。
だから直美など露骨に顔をしかめてはっきりと不味いと呟いて……それでもスプーンを止めようとはしなかった。
「はぁぁ……直美ちゃん、無理して食べなくても良いからね?」
「はむ……うぇ……ぱく……うぅ……不味い……不味すぎるよぉ……こんなさいてぇの料理より史郎おじさんの作ったご飯の方がずっとマシだもん……料理も出来ない奴なんか……奴なんか……もぐ……もぐ……」
「……直美ちゃん」
直美は何度も何度も霧島の作った料理を不味いと貶し、途中からは涙を流し始めて……それでも絶対に食べるのを止めようとはしなかった。
それどころかまるで少しでもおいしい場所を探そうとしているかのようにカレーの入った鍋を掻きまわし自らのお皿に掛けて口に運んで……そのたびにまた不味い不味いと漏らし続けるのだった。
「うぇ……うぇぇ……おいしくないよぉ史郎おじさぁん……全然おいしくなかったよぉ……うぅ……」
「……俺の知る限り霧島は料理なんかしたことなかったからなぁ……俺が幾ら言っても……多分彼氏ができてからも……料理しようなんて気になったことがなかったんだろうね……」
(逆に言えば霧島はようやく誰かのために何かしてあげたいって思えるようになったのかもな……やっぱり本気で直美ちゃんや俺に悪いと思って変わろうとしてるのかもな……)
「これならもぉ直美の方がずっと上手に……もぐ……うぇ……不味い……本当に不味すぎるよぉ……だけど……だけどぉ……うぅ……っ」




